類は友を呼ぶ!

おべん・チャラー

四月一日-午前十時半、HR-

 「改めまして。おはよう、一年D組の諸君」

 薄く青みがかった爽やかなスーツを着た担任は、スーツに似合う爽やかさで教室の全員に言った。


 入学式後のHR。

 中学時代などの知り合い同士が多いのか、登校初日だというのに生徒達はお互いに緊張も無く和気あいあいとしている。そんな中、担任の先生が教壇で白い真新しいチョークを手に取り、自分の名前を黒板の中央に大きく書いた。


 「改めて、このクラスの担任になった香取親鸞かとりしんらんだ。よろしくな」



 「よろしくー」と、クラス中から気さくな声が返ってくる。親鸞は肩を落とした。

 「お前ら…初日くらいは敬語使ってくれ」


 すると、ここでお約束の質問が飛んできた。一人の女子が、手を上げる。

 「先生ー、お歳はいくつですかー?」

 「…歳は、二十四だ」      

 「え、若くね?」

 あっと言う間にどよどよとクラス中に広がる波紋。特にこの年頃の女子は食いつく食いつく。


 香取親鸞かとりしんらん、二十四歳。独身。彼女なし。教員免許を取得後、この青嵐高校にて全学年の数学教諭を担当している。

 よく童顔だと言われ、未だにスーツを着ていても新卒学生に見られる事が、ままある。

 因みに顔は比較的「イケメン」の部類に入るが、モテた試しは二十四年間まるで無い。


 「そんな彼を人はこう呼ぶ…幸せを待つ新任教師-」

 「藤森、お前、内申減点」

 「えっ、あれ!?入学したばかりの生徒に何を!」


 勝手にナレーションを付け始めた、後ろの方の特に目に付く席に座る女子・藤森風菜ふじもりふうなに、彼は辛らつな一言で斬りかかった。

 そんな二人のやりとり-と言うより、親鸞を無視して、風菜の右隣りの流暢に関西弁を使いこなす女子は笑っている。

 「風菜、詳しすぎちゃう?ってか、もうそこまで調べててん?」

 風菜は彼女に親指を突き立てて見せる。というか勢い良く彼女の頬に押し付けた。

 「あったりまえじゃないの、光!この藤森風菜十五歳、身の回りにいる全てのE→男の情報はリサーチ済みよ!」

 「「言い回し古っ!」」

 思わず言った親鸞と女生徒のツッコミが、綺麗にハモった。


 次の瞬間、光と呼ばれた女生徒とは反対隣りに座っている男子が黄色い声を出した。

 「じゃあ、俺のプライバシーも全て筒抜け!?いやぁん!」

 風菜はそちらを向かずに答える。「日向、安心なさい。全てのE→男にアンタは入ってないわ」

 「ぎゃふん!」

 そんな一連の流れにクラスの中が更に賑やかになった。


 風菜の両隣りは、女生徒が樹山光きやまひかるといい、男子生徒は日向翔ひゅうがかけるという。三人は同じ中学校の出身である。

 「あはは…ミーハー風菜は健在やねんなぁ」

 光が笑うと、風菜の前の席の女子が彼女を振り向いた。

 「うわ、久々に聞いたわ、ミーハー風菜!」

 少し赤みがかった、特徴的な黒髪の毛先を金色に染めたその生徒の名前は、風月里良かざつきりら。彼女も風菜や光と同じ中学校の出身であり、その時代は悪ガキとして随分その名を轟かせた経歴を持つ。


 その隣り、光の前の席も男子生徒も話に加わった。

 「なんだ、お前ら。なんっにも変わってないなぁ」

 その生徒-十川涼とがわりょうの目元には校則違反のサングラスがかけられている。

 十川も彼女達と同じ中学の出身だ。入学式前に初めてこの教室に入って来た時にも、この五人で騒いでいたのは、親鸞の記憶にも新しい。


 「何よ、十川。人なんて春休み期間の一ヶ月ちょいで、そんなに変わんないわよ」と風菜。

 「いや、お前の場合は、もうちょっと大人しくお利口になってるかと思ったんだがな」

 風菜の言葉を、十川は肩を竦めて鼻で笑った。

 「キーッ!悪かったわね、頭悪くて!」

 「んな事ぁ言ってねぇだろ」「んなっ、くぅぅ…言ってなくても侮辱には変わらないわよ!」


 風菜が十川の方に乗り出して、まさに一触即発といった雰囲気になったその時だった。「いい加減にしろ、お前ら」

 五人とは少し離れた窓側の席から、一人の男子が喝を飛ばした。


 決して派手ではない控え目な茶髪は、地毛だという申告が朝の時点で本人からあった。

 真直ぐ風菜を睨み付けるその眼光には、八つ年上の親鸞でさえ怯んでしまうものがある。

 -森谷結城もりやゆうき。端整な顔立ちとその雰囲気から、入学初日にして早くも校内全ての女子生徒達の間で噂になっている男子だ。


 二十四年間一切モテた試しの無い親鸞は、ぶっちゃけあまり面白くないというか好ましくないというか可愛さ余って憎さ百倍である。

 「な、何よ…」

 少し窘められた感じになっただけに、風菜が怯む。結城はただ一言、言った。

 「うるさい」

 冷たい一瞥で放たれた言葉に親鸞の背に若干の冷ややかな物が走った。

 彼の話し振りを聞くと、少なくとも藤森風菜とは知っている仲らしい。だのにその応対は見ているこっちが寒気を覚える程冷めきっている。

 つい先日まで尻の青い中学生だった奴が、ここまでの威圧を人に出来るものなのか。


 -何だかこのクラス、苦労しそうだな…。



 この時から、数学教師・香取親鸞(二十四)と一年D組の生徒による騒々しい日々が、幕を開けたのである。

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