第4章(3)

 〇


 何とか待ち合わせの場所に到着した私は、停留所のそばにあるベンチに座って彼を待った。

 約束の十五分前。

 少し、早すぎたかな……。

 ちらつく粉雪が、クリスマスの札幌の夜を彩る。光に混じる白の結晶は、とても幻想的だった。

 道行く人々は皆、ホワイトクリスマスを思い思いに楽しんでいて、その中には若い男女二人組もチラホラと見えた。

 幸せそうに手を繋ぎながら歩く彼らを見て、私と峻哉もそうなれるのかなと、少し想像してしまう。

 会う前から、顔が火照ってしまった。

 やっぱり、早く着き過ぎたかな。

 彼を待っている間、結構身震いするくらい気温が下がって来た。というか、まだこの氷点下の温度に私が馴染んでいないから、どうしたって寒く感じてしまう。

 きっとこれを峻哉に言ったら「卒業するころには慣れているよ」なんて言われるんだろうけど。

 腕時計をチラリと見ると、約束の時間まであと少し、といったところだった。内回りの市電が発車していったのを見送ると、約束の八時半になった。

 あれ……? おかしいな?

 姿を現さない峻哉に少し不安になった。

 時間も場所も、ホームも間違えていない。

 つまり、来ていないんだ。

 とりあえず、私は峻哉に「今どこ?」「何かあった?」「大丈夫?」などと送ってみて、反応を待つ。

 私が送ってから少しすると、着信を知らせるメロディが鳴った。

「もしもし峻哉……あれ?」

 画面に雫石峻哉とあったのを見た瞬間に出た電話は、彼の声を聞くことがないまま、切れてしまった。

「……峻哉?」

 電話が切れたことで、私の中の不安が、少しずつ大きくなっていった。

 ……来るよね? 大丈夫だよね?

 私が最初に送った三つのメッセージには既読が付いている。でも、着信があってから送ったメッセージには既読がついていない。

 何かあったのかな……。

 未だ来ない彼を待ちぼうける私の手は、どんどん冷えていく。手袋もあまり、役には立ってくれない。

 そういえば、こんなふうに、峻哉を外で待ったこともあったな……。

 ゼミの飲み会に誘うために色々考えていた時期に、いつものベンチで座って彼を待った、あのとき。正確には、待ち伏せていた、が正解だけど。

 私を見つけた彼は、手が真っ赤になっているのを見て、温かい飲み物を買ってきてくれた。

 いたって普通のココアだったけど、いつも買うココアより、ちょっとだけ美味しく感じたんだ。

「――はぁ、はぁ……ごめん、ほんと、ごめん……待ったよね、そうだよね?」

 やっぱり駄目なのかなあと、半分諦めかけたそのとき。

 私の目の前に、顔を真っ赤にして、息を切らせた彼が現れた。


 〇


 走った。とにかく走った。

 一分一秒でも早く、彼女のもとに着くために。

 大通駅で降り、人垣を縫うように駆け抜けて地下街を抜け、階段を駆け上がったその先に。

 僕が待たせた彼女の姿が見えた。

 暖かそうな手袋越しに息を吐いている彼女の姿が、目に入った。

 僕は、彼女の座るベンチの前に駆け寄って、

「――はぁ、はぁ……ごめん、ほんと、ごめん……待ったよね、そうだよね?」

 そう、声を掛けた。驚いたように顔を上げた彼女の頬は、寒さのせいかもう赤く染まっていて。

 そのことが、とても申し訳なくて。

「ごめん、こんなに待たせて。バイトが長引いて、電話しようと思ったんだけど、バッテリーがやられて……ほんとごめん!」

 だから、僕はただひたすらに、彼女に頭を下げ続けていた。首筋に感じる雪が冷めたい。

「……よかった、来てくれて」

 僕の頭の上から、そんな声が雪と一緒に降りかかる。

「……もう、来てくれないかと思っちゃったよ」

 ハッと彼女の顔を見ると、濡れた顔を向ける北上さんの姿が。

 泣き笑い、というべきなのだろうか。

 そんな顔をしていた。

「っ……ちょ、ちょっと待ってて!」

 そんな彼女の顔を見て、僕は近くにあるコンビニに入った。

 買ったのは、やはり温かいココア。僕はそれを冷えた彼女の手に渡す。

「ココア買ってきた。こんなんじゃ足りないかもだけど……市電のなかで飲もう? ちょうど電車来たし」

 僕は彼女の手を取って、停留所に来た電車に乗ろうとした、そのとき。

 北上さんは僕の耳元に顔を近づけ、囁いたんだ。

「……もう、離したくない」

「え……?」

「……今日は、もう離したくない」

 彼女は、僕の手を強く握りしめ、至近距離に顔と顔を近づけた。

「ちょ、近いよ栞」

「……だって、だって……! 怖くて……」

 潤んだ声を漏らす彼女は、僕の胸の中に顔をうずめた。

 息遣いから体の感触まで、普段感じることないものが僕の体に触れている。

「……もう、来ないのかって不安で」

 両手を宙に浮かせたまま、突然の北上さんの行動に何もできない僕。

「し、栞……」

「……峻哉君は違うよね?」

 涙声で問うたその質問の意図は。

 きっと僕と元彼さんのことだ。

「……違うよね?」

「……うん、違う」

 すると、彼女は僕の胸から顔を離し――でも手は繋いだまま――ニコッと笑みを浮かべた。いつもの、屈託のない笑顔だ。

「……落ち着いた。ごめんね、びっくりさせて。電車乗ろう?」

「そ、そうだね」

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