戦国時代風
「兎吉! 言わせておけばっ!」
「まことのことであろう。そなたの歩みの遅きにて、先だっての進軍に多いに支障を来し、我が殿の武勇の妨げになったことは明白。亀蔵、おぬしも武士ならば、腹を切って詫びを入れぬか!」
「そこまで言うのなら、おぬし。覚悟はあるのだな。拙者と勝負をいたせ!」
「勝負とな」
「おう。あの山の頂まで、駆けくらべよ」
「笑止! 受けてたつぞ」
言うが早いか、兎吉は草履の紐を締めなおし、まさに脱兎のごとく駆け出して行く。亀蔵の方はというと、初手から大差を付けられ、さらにその差は見る間に広がっていった。
未の刻になる頃には、兎吉からは亀蔵の姿はまったく見えなくなった。
「勝負あったな」
そう呟くと、兎吉はごろりと道端の草むらに横になった。5月の風が心地良い。ふもとの田の、稲の緑が揺れている。
いかほどの時間が経ったのであろうか。兎吉が目を覚ましたときには、あたりはすっかり夕闇に包まれていた。朱色に染め上げられた空を鵺が飛んでいる。
「すわ! 遅れたか」
兎吉が山の頂を見やると、そこには亀蔵と、その家紋が染め上げられた幟があった。
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