スーサイド・アニバーサリ
加湿器
スーサイド・アニバーサリ
アタシが一仕事終えて戻ると、同居人は小さなドーム型遊具の下で、もっと小さく丸まっていて。
その膝には、少し小さめな洋菓子屋の箱が、保冷剤と共に抱えられていた。
季節外れの寒空の中、毛布がわりのカーディガンからちょこんとはみ出した指先が、赤く悴んでいるのが、暗がりの中でも見てとれる。
あたしは、どさりと荷物を地面に降ろすと、遊具の入り口の上辺に手をかけて、しばし彼女の寝顔を見つめてみる。
すうすうと規則正しい寝息とともに、小さく丸まった体がわずかに上下している。
こんこん、と、ドーム遊具の入り口をノックすると、同居人は、昼寝から目覚めた猫のようにのんびりと顔を上げ、こちらを見てにんまり微笑んだ。
「や、お帰り。早かったねぇ?」
「ただいま。のんびりおやつタイムとは、いいご身分だな?」
そう言うと、同居人はぷぅと頬を膨らませて抗議する。
「酷いや、キミのために買ってきたんだよ。」
「アタシの?」
そうそう、と同居人がうなずく。彼女の体が揺れるたび、金糸のように細やかなブロンドが、街頭の明かりを受けて、きらきらと煌く。
アタシが狭いドーム型遊具の反対側にもぐりこんで、彼女の顔を覗き込むと、彼女は、洋菓子屋の箱をぱかりと開けて、中身をずいと差し出した。
箱の中にたたずんでいたのは、小ぶりなイチゴのショートケーキ。チョコでできたプレートには「みすずちゃんへ」と文字が飾ってある。
良く見ると、保冷剤と一緒に三本のロウソクが添えられていた。
「おめでとう!今日はキミが死んで三周年の日だよ!」
「……それ、世間一般では「三周忌」って言わない?」
そーともいうー、と、彼女は笑う。
一度出したケーキをまたいそいそとしまって、彼女はまたカーディガンを方から羽織る。
「……三周忌は満二年だよ?」
「マジか。」
そんなちょっとした小ボケをはさみつつ。
彼女の言葉に、この生活がもう三年も続いていることへのちょっとした衝撃をアタシは受けていた。
「カーヤ、火、ある?」
「ん。」
懐から煙草の箱を取り出して、彼女にそう尋ねる。
彼女……カーヤは、ケーキのために買ってきたのだろうチャッカマンをこちらに向けて、ぼ、と火をつけた。
「あはは、みすずちゃん、不良じぇーけーだ。」
「もうJKじゃないでしょ、お互い。」
くゆり、とドーム型遊具の中に、薄い煙が満ちる。カーヤも三年間の同居でなれたもので、煙を気にすることも無く、だらりと遊具の内壁にもたれかかった。
ちらり、と、彼女は遊具の外に置かれた荷物に目をやって、抱えたひざに鼻先を埋める。
「仕事のほうは、どうだった?」
「そこそこ。とりあえず、当面のホテル代にはなるよ。」
「じゃあ、ここでケーキは食べずにすみそうだね。」
そっかそっか、とつぶやいて、彼女は荷物から目をそらす。
先ほどまでの上機嫌はどこへやら、どこか寂しげにひざを抱える彼女の碧い目が、ふるふると、涙を纏っているのが見えた、
「……みすずちゃんは、後悔してる?」
「何、急に。」
だって、と彼女がどもる。キミが煙草を吸うのは、いつもショックを受けているときだよ?と。
そう言われて。自分の単純さにちょっと呆れる。と同時に、三年前、ちょうど三年前の光景がフラッシュバックした。
自分の名前と、遺影が掲げられた式場。空の棺を前に、呆然と心神喪失のまま献花する母親の姿。
アタシが、「人間として死んで」三年。処理を任せた「組織」がどう動いたかは知らない。でも、アタシは。きっと誰よりも親不孝なのだろう。
「……ま、気にしてないよ。親を泣かせたのは初めてじゃなかったし。」
カーヤに向かってそう言うと、またまたぁ、と言って、泣きそうな顔のまま彼女は笑う。にっと微笑んだ口元からは、犬歯と呼ぶには少しばかり長く鋭い牙がちらりと光る。
――三年前のあの日。アタシたちは出会った。
かたや、ごく普通に生きてきた女子高生として。
かたや、神祖吸血鬼の眷属として、長い放浪の果てに。
アタシたちは出会って。
アタシは人として生きることを捨てて、彼女の眷属となり。
彼女は、神祖を討って半端モノの吸血鬼となった。
人としても、吸血鬼としても。生きる道を捨てたアタシたちは。
人間社会の裏で、同じく半端に生きるものたちの手を借りて。
世界でただ二人。このドーム遊具のように、狭く心地よい巣で、肩を寄せ合って生きてきた。
「ケーキ、ここで食べよっか。」
アタシから提案する。センチメンタルなんて、似合わないのはわかっているけれど。
アタシ達の小さな世界への祝福は、この小さな遊具の中が、ふさわしいような気がした。
カーヤは、ほんの少しだけ面食らうと。また、にっと微笑んでケーキを取り出す。
立てられたロウソクに、ぼ、ぼ、ぼ、と火がともされて。
遊具の中は、まるで寝物語で見た絵本の一ページのように、暖かく、柔らかい光に包まれた。
「おめでとう、みすずちゃん。」
「おめでとう、カーヤ。」
どちらとも無く、お互いを祝福して。
ふうっ、と、二人同時にロウソクを吹き消す。
遊具の中はまた、薄暗闇に包まれて。
彼女の金糸だけが、暖かな夢の残滓のように、煌きながら漂っていた。
幼い吸血鬼たちの、
スーサイド・アニバーサリ 加湿器 @the_TFM-siva
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