第11回 〇〇〇メーターの恐怖!
――それは、当事者たちを除けば、誰にとってもありふれた出来事でした。
どこにでもある街角の、いつどの瞬間を切り取っても変わり映えのしない人と車の往来風景。それが突然けたたましいブレーキの金切り声とタイヤの悲鳴に切り裂かれたかと思うと、ガチャンという荒々しい破砕音とともに、もう全ては終わっていました。
交差点での自動車とバイクの、いわゆる右直事故。ちょうど四つ辻を右折しようとしていた乗用車に、対向車線を直進してきた中型二輪が派手にぶつかったのです。
当然オートバイは転倒し、ライダーは空中に投げ出されました。自動車の方もフロント部分をかなり凹ませ、ランプカバーが粉々に砕け散りました。
居合わせた人々が、ハッとして立ちすくんだのも無理はありませんでしたが、幸いライダーはさほどの傷を負わなかったらしく、多少よろよろとしながらも立ち上がりました。
どうやら双方、命に別状はないとわかったとたん、そそくさとその場を立ち去りかける歩行者もありましたが、何人かは心配そうに、あるいは単に好奇心にかられて立ち止まったままでした。
そんな中、いちはやく行動を起こしたのは、この近くの高校の女子制服を着た二人連れでした。
「お、おい、早く一一九番!」
そのうち、明るく髪を染め制服を着崩した、いわゆるギャル風の方が、連れの肩をたたきながら言いました。
「わ、わかった」
言われた側の黒髪ロング、地味子とあだ名されるほどではないけれど、普通すぎるぐらい普通のスタイルに身を包んだ子が、あわててスマホを取り出します。するとその間に、
「ちょっと見てくる!」
ギャルの方がそう言いざま、車道に飛び出して行ってしまいました。
連れの方は「ちょ、ちょっと待ってよマキちゃん!」と呼び止めましたが、ちょうどそのとき最寄りの消防情報通信センターが出たものですから、
「あ、一一九の方ですか? 今、交通事故があったので通報しようと思って……はい、はい。場所ですか? えーっと……」
何とか説明を終えたところに、ちょうどマキが衝突現場からもどってきて、
「幸い大したことなかったよ。じゃ、行こうか、ジュン」
そう言われたものの、ジュンと呼ばれた方は困り顔で、
「そんなこと言ったって、僕――じゃないや、わたしの
「そっかぁ。ちょっと早まっちゃったかな」
とマキは頭をかいて、でもあまり悪びれてはいないようすで、
「あたしら警察とかに身元詮索されると、ヤバいもんな。ま、人助けしたんだし、あとは何とかなるっしょ」
「えぇ……」
ジュンこと榎本潤は、相棒の風早マキ――本名・槙のノンシャランとした調子にあきれたり苦笑いしたりしながら、言いました。
この時点では、たったいま目撃した交通事故が、新たなミッションにつながろうなどとは、想像すらしていない元男子高校生のJKスパイ二人なのでした。
「こういう場合って、どっちが悪いってことになるのかな。この場合、青信号のときの事故だから、どっちも信号無視をしたわけじゃないし」
行きがかり上、その場で救急車の到着を待つことになった潤が、ふと訊きました。すると、マキはこういう方面に明るいらしく、
「うーん、交差点で右折するときには、向こうから直進してきたり左折しようとする車の進行妨害をしてはならないという決まりがあるから、やっぱり乗用車側に大きな過失があることになるんだ、でも、ぶつかられたバイクにも安全な速度で走る義務があるし、無過失とはいかない。一割かそこらは責任を負うことになるんじゃないかな」
「ふーん、そうなんだ」
と潤は答えましたが、実際、マキの話はほぼ正しかったのです。これまでの実例に照らし合わせると、乗用車の過失が85パーセント、中型二輪が残り15パーセントといったところが相場なのでした。
二人がそんなことを語っているとき、救急車とパトカーがほぼ同時に駆けつけました。
救急隊員は、すぐにバイクのライダーを収容しようとしましたが、パトカーから降りてきた二人組の警官が、それを押しとどめ、事故った双方から事情を聴き出し始めました。
早く病院に行けばいいのに、と潤は思いましたが、それほど重傷ではないようですし、まぁそれはわからなくはありません。ただ変なのは警官の一人が、ちょっとバーコードリーダーに似た、あるいはプロカメラマンが使う露出計のようなものを手にしていて、相棒が事情聴取をしている間、その先っちょをドライバーとライダーの体のあちこちに、ピッ、ピッと押し当てていることでした。
「何をやってるんだろう」
「さあ……危険なものを持ってないか金属探知とか?」
などと二人が小首をかしげ合ううち、さらにおかしなことになりました。
警官たちが、ふいに態度を一変させたようすでバイクのライダーの方に向き直り、何か高圧的に言い始めました。しゃべっている内容はわかりませんが、態度や声の調子でわかるのです。
ライダーは自分が被害者なのにとあっけに取られているようでしたが、突然警官たちに左右から肩をつかまれ、思わず抵抗の姿勢を見せました。それがいけなかった。公務執行妨害現行犯とばかり、警官たちはライダーに飛びかかり、路面にねじ伏せてしまったのです。
遠目にもはっきりと殴りつけているのがわかり、ライダーの顔に赤いものがはじけるのが見えました。
「ねえ、あれはいくら何でも……」
「ああ、やりすぎってレベルじゃないな」
潤とマキは唖然と、そして憤然としてなりゆきを見つめましたが、とっさに手出しもできずにいました。
ライダーの片腕が高々と持ち上げられ、その手首のあたりで銀色にキラリと輝いたのは手錠に違いありません。ライダーはそのままパトカーの中に連れ込まれ、荒々しくドアが閉じられました。
警官たちはそれから、あっけに取られて成り行きを見守っていた乗用車のドライバーに駆け寄ると、ペコペコと頭を下げ始めたではありませんか。
すると、さっきまではひどく恐れ入っていたドライバーが急にそっくり返り、態度もがらりと変わりました。そのようすを呆れ半分、疑問半分で見ていた潤たちでしたが、
「やべぇ、
マキがいきなり潤の腕をつかむと、事故現場にクルリと背を向け走り出しました。
「えっ、なになに、いきなり?」
いきなりのことに驚くやら痛いやらで、とまどう潤にマキは、
「面倒なことになるまえにずらかろうぜ。さっきも言ったけど、あたしら、あれこれ詮索されていい身の上じゃないだろ?」
「そ、それはそうだけど……えっ、何あれ?」
マキに引っ張られながら、ふと背後の警官をふりかえった潤が、けげんな声をあげます。
「どうかした?」
「お巡りさんたち、あの変な機械を持ってる。あれをわたしたちにも使うつもりかな?」
見ると、確かに警官たちはバーコードリーダーのような、もしくは露出計のような機械を手にしていました。どうもあれがヤバいらしいと直感した二人は、彼らが何か言いかけるより早く、
「お巡りさん、あたしたちちょっと用があるので……」
「またね。さよならっ!」
そう言うなり、ダッと駆け出したのでした。
その場はそれですみ、幸い警官にそれ以上追いかけられることもなかったのですが、この奇妙な逆転劇はこの事故現場だけではすまなかったのです……。
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