第8回 続・都会のエアポケットに巫女は踊る
「おいお前、こんなところで何してるんだ!」
いきなり体をホールドされ、その声を聞いた瞬間、潤は息が止まるかと思うほどのショックを感じました。
(しまった、誰だかわからないが捕まってしまった!)
およそこの状況から考えれば、相手が誰であれ自分に友好的であるはずはありません。何しろ潤は侵入者です。相手の目的が何であるにしろ、自分を敵対者として解釈したことはまちがいありませんでした。
唯一の救いは、潤の見かけかせただの女子高生であることですが、だからといって先方が自分を優しく取り扱ってくれる保証はなかったのです。いや、むしろ想像するもおぞましい事態が――。
「こっちを向け。ゆっくりとだぞ」
言われて潤は、おそるおそる首を後ろにねじ向けました。
次の瞬間、彼の目は驚きに大きく開かれました。一度ならず二度までも息が止まるようなショックに見舞われて、頭は酸欠状態になったよう。それでも、自分と同様驚きの目で見返してきた相手の顔を見忘れるはずはありませんでした。
「風早……さん?」
かすれた声でようやく言ったあと、潤はついつい男の子の声にもどってしまいながら、叫んでしまいました。
「えーっ、何でなんで君がこんなとこに? それに今のその声は……ムググッ!」
「しっ、静かに!」
風早マキは、とっさに潤の口を押えながら、やはり少年そのものの声で言いました。でも、その姿は今日学校で見かけたギャルスタイルそのままでした。
(でも、今の、今のあの声は……)
混乱する潤を見かねてか、マキはすぐ手を離してくれましたが、そのときにはもうトイレで出会った際の女の子の声にもどっていて、
「何だ、あんたのことだったのか。あんまりびっくりさせないでよね」
「何のこと?」
と聞き返したときには、潤も女子高生ジュンとしての声にもどっていました。一瞬、素に返ってしまったのは不覚でしたが、このあたりはさすがにJK化特訓(それについてはいつか語ることもあるでしょう)のたまものでした。
でも、潤にできることなら、ほかの人間にだってできるはずです。それに今のまぎれもない男声、潤のことを聞きかじっていたような口ぶりは、いったいどういうことでしょう。
「風早さん、ひょっとしてあなた、いや君は……?」
にわかにわき上がった疑問に、潤は問いかけました。けれど、マキは苦笑まじりに軽く受け流して、
「まぁ、そのへんの話はあとあと。とりあえず今は、あたしのミッションを邪魔しないでほしいな」
「ミッション?」
潤がきょとんとして訊くと、マキはあきれたように、
「そんなこともわかんないで、ついてきてたのかい? あの子を奴らから守るために決まってるじゃないか。ほら、これで見なよ」
そう言うと、中字のフェルトペンほどの大きさの円筒を潤に渡しました。うながされるまま、その一端を女にあてがってみてびっくりしました。
一つはこれが高性能のテレスコープらしく、おもちゃのように小さく見えた神楽の舞台が、すぐ間近に引き寄せられて見えたこと。そして二つ目の驚きは、遠目にはどうにもはっきりしなかった巫女さんの顔が視認できたことでした。
「あ、あれは――同じ学校のお
そう、それは学校で、ワヤワヤキャイキャイという歓声まじりに見かけた上級生らしき女生徒でした。あのときは、ほんのちらりと見ただけですから気がつかなくてもしようがありませんが、とはいえ一目で印象づけられた高貴さや神々しさは、確かにあの巫女さんと共通するものでした。
十分押し殺していたはいえ、頓狂な声をあげかけた潤に、
「そう、中條世梨子だよ」
風早マキは、深くうなずいてみせました。続けて、
「彼女はこの天弦神社の一人娘であり、あの歳と見た目に似合わない高位の神職であり……そして『会議』と『本省』が広告塔として、のどから手が出るほどほしがっている美少女でもあるのさ」
「『会議』は帝国会議のことだろうけど、『本省』って?」
潤にはそれが疑問だったのですが、マキは軽く笑って、
「それも知らないで、ここまでくるとは大胆だね。本省といえば神祇本省――といっても官庁でもないただの民間団体だけどね。おっと、始まったみたいだよ」
始まったとは何のことか、神楽舞ならさっきからずっとやっているのでは――と見ていると、眼下の神事ににわかに変化が生じました。それも俗っぽいというか場違いというか、何より罰当たりな変化が。
もともと巫女さん――中條世梨子が舞っている白いステージの周りには、何十人かの観客というか参拝客たちが身じろぎもせず、ひたすら静かに見守っていたのですが、突如それらをかき乱す形でワッとばかりに飛び出したものたちがいたのです。
驚いて飛び出した、この神社の関係者らしき白装束に袴姿の人々をいともあっさりと蹴散らし、舞台に駆け上がろうとしました。
瞬間、神楽鈴をシャラン! とひときわ高く振り鳴らしたかと思うと、世梨子は何ごとか声高く一喝しました。
どうやら、「無礼者!」とか「慮外者!」とか叫んだようですが、確かにそう呼ばれてもしかたのない連中――そろいもそろって黒スーツに黒眼鏡というスタイルでした――は、その声に一瞬ひるみはしたようでした。
そして、また古風な叱声の、何と彼女に似合っていたことか。さすが天弦神社の一人娘にして、高位の神職を持つ〝お
しかし、そんなぐらいで引き下がるような無礼者ないし慮外者どもではなく、たちまちプロレスのリングへの乱入さながらに、舞台の上で巫女さんを取り囲みました。
それでも彼女は、少しも恐れるようすを見せませんでした。それどころか、鈴を持たない方の手で操っていた、鞭のような長い羽根のような神具で黒スーツの男たち次々と打ちすえ、あるいは腕や足をからめ取って転倒させ、なかなかなことでは近づけようとはしなかったのです。
しかし、しょせんは多勢に無勢。いくら巧みに鞭を振るっても、男たちに決定的なダメージを与えることはできず、今にも四方八方から取り押えられ、手捕りにされるところまで追いこまれてしまいました。
と、そのときです。手に汗を握り、むなしく彼女の戦いを見守るほかなかった潤のそばで、マキがニッと白い歯をのぞかせ、こう言ったのです。
「よしっ。そろそろ、ころあいかな」
マキは、え? と、とまどい顔の潤をしりめにスクールバッグから奇妙な形をした箱のようなものを取り出しました。それはゲームのコントローラーにディスプレイをつけたような装置で、潤がどこかで見覚えがあるなと思うまもなく、いくつもあるスイッチやボタンを手際よく操作し始めました。
とたんに近くの草むらで、ブンブンと巨大な虫たちがいっせいに鳴き出したような音がして、これまたいっせいに枝葉をまき散らしながら飛び出した物体がありました。
「!」
びっくり仰天しつつも、その異形なものどもの正体に気づいたとき、潤は思わずその名を叫んでいました。さて、果たしてそれは――?
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