赤いランドセルの少女は、いつもどこか遠くへ行きたいと思っていた。

丸山千冬

第1話 丸山家の長女である馬鹿娘、私について少しだけ。

 豪雪地帯の田舎のそれはそれは寒い日に産声を上げたのが、丸山家長女である私。

里帰り出産だった為病院に付き添った祖母は二男一女を産んでいるが、娘の初出産に緊張し過ぎで具合が悪くなり院内の空きベッドをお借りし自分が寝込む。

頭が小さかった為、胎内に居るときには低出生体重を心配されたが生まれてみれば全くそんな事はなく、体はデカかった。

以降は特にこれといった心配もなく無事退院するが、退院後が母にとっての地獄の始まりであったーー。


 まずは、とにかく神経質。

首も座らぬ頃から母以外の人間に抱かれる事を拒み、特に男性が嫌いだったらしく相手が男性だとギャン泣き。

無論、眠るときには母の抱っこでしか眠らず、ベビーベッドに寝かせるといつまでも目を開けたまま空を見つめ続ける気味の悪い赤子で、母曰く「アンタは抱っこしてないと寝ないから母ちゃんなん常に片チチ出したままソファーで寝てたわ」とのこと。


 物心ついてくる頃には神経質さに加わり、異様な警戒心を発動。

天敵は母の弟①(当時20代半ば)。ひもグミ(2mほどの長ーい紐状のグミ)を食べていたら向こう側から咥えて私の口の直前までチュルチュルチュルッ、と食べられた事がトラウマ。

そしてもう一人の天敵、曾祖父ちょーじ。

声がデカい+短気+急に怒鳴る=恐怖でしかない。

余談ではあるが弟②当時20代前半のお兄ちゃんと呼んで差し支えない若さでありながら子供好きで、プレゼントやお菓子、お絵かき等で可愛い姪っ子を釣ろうとするも撃沈。

しかし実は母と祖母の次に信頼を置いていた奇跡の男性である。

天敵ちょーじの栽培するサボテンに尻から突っ込み棘だらけの私のお尻からいっぽん一本、ちょーじに見つからない内にピンセットで抜いてくれたという恩がある。

当時私はいつも母から離れず、人見知りで、知らない人は皆敵だと思っていた。

幼稚園には2年保育で入園をしたものの、毎朝ニワトリよりもうるさい鳴き声ーーもとい泣き声を上げて通園バスに乗車拒否。

上記のように男性が苦手であったが、ここに来て子供も苦手な事が発覚する。

母、頭を抱える。

生まれてから21歳になるまでを団地で過ごしてきた為、団地の皆がお知り合い。

今でもその凄惨な状況は、当時同じ幼稚園に通っていた幼馴染みたちのお母様方の語り草となっている。


 そして小学校入学。

ここで事件が2つ起こった。

1つは隣に並ばされた男子がちょっかいを出してきて式中大乱闘に発展。

いまでもアルバムに残る集合写真はまるでチビ般若の面の私と隣で揉みくちゃの男の子。

2つ目はたまに家に居るオジサンが入学式についてきたこと。

 ーーこの人物とは、父親である。

それも正真正銘、血の繋がった。

これには訳があり、当時父はある自動車メーカーの営業マンをしており、帰りは遅く早朝に出勤し、休日は不定期で土日祝日も出勤で殆ど顔を会わせる事がなく、私は父をたまに家に居るオジサンだという認識しか無かった。尚且つ、こちらから話しかけることも少なかったし、父から話しかけることも又少なかった。

そしてこの頃転職したオジサン(父)は、毎日家に帰ってくるオジサン(父)になる。


 そんな様子で、私の小学校生活は不穏な雲行きの中始まる事となる。

入学早々、2カ月ほどで登校拒否。

理由は“小学校に通うなんて知らなかったし聞いてないから”。

幼稚園にしてもそうだったが、何も知らずに入園し卒園式、また何も聞かされず今度は小学校というまた訳の分からない小学校とかいう所へ入れられた!!とパニック状態。

おまけに担任の先生が熱血で、どうにも好きになれなかったのだった。

母は毎朝泣き叫ぶ娘を引っ張って通学路を歩き、道中に住んでいるおばさん(私はざくろのおばちゃんと呼んでいた)まで庭先に出てきては「帰りはざくろの実もいだげるから頑張って行っておいで!」と説得されながらも、校門まで送り届けていた。

そんな日が続くにつれて、朝に母娘と担任の先生とで三者面談が開かれる事となる。

「千冬ちゃんはどうして学校に来たくないのかなぁ」 

先生のその優しい表情と声音と母の言ってみなさい、と言うように私の背に添えられた手。私は今なら言っても大丈夫、と確信した(バカ)。

『…先生がきらいだからです!』

先生、笑顔が引き攣ってました。

“はぅぁぁぁぁ~~~”と奇声を上げ、母、恥ずかしさと絶望に膝から崩れ落ちる。

結局、私は登校拒否を諦めて仕方なく毎日通学するようになりましたが、その後もやらかしまくりの日々。

授業は上の空、宿題しない、すぐに物を紛失。遂にはランドセルすら忘れてくる。

それでも低学年~中学年までは友達も多く、学校の何が嫌かと問われれば、集団行動がとにかく苦手な子供だったのです。

そんなスタートから数年が経ち、高学年になるとついに、私の知らない所でイジメが起きていたのです。

 その被害者というのが、なんと私?

       (…?!)

確かにあるグループの女子は私のことちょっと良く思ってないんだろうなーとか、そのグループのボス女子と仲良い男子たちによく突っかかられるなー、と思ってはいたのですが、友達(そんなに仲良くはなかった記憶)らしき子に『千冬ちゃん、なっちゃんにいじめられてるんだよ?!』と謎にキレられてようやく「私いじめられてるんだ?!」と気がつきました。完全なる馬鹿。

そしてその友人(?)らしき子も又、最近件の女子グループに標的にされかけれいたらしく、曰く“これからは一緒にいてあげる”らしい。

それ以来どこかその言い回しにモニョっとした感覚をおぼえつつも、その子と一緒に行動を共にするように。

少女千冬、あぶれた女子はあぶれた女子同士で徒党を組む、というシステムを知る。

 人間レベルが1up。


 そんな小学校生活を経て多少の社交性を身につけた私は、人生の転換期(転落期とも呼べる)である、中学校へ進む。

都会と違い所詮田舎なので、私の住む地域では中学受験をする人は学年に1,2人程度。

それに加えて少子化が進みきったお陰で学校はどんどん統合され、私は超マンモス校中学へと入学した。

無事中学ではボス女子とクラスが離れ、いくらか友達も増えて楽しく過ごしていた矢先の事だった。

ある日の夜お風呂に入ったあと、私は突然気を失い倒れた。

とはいえ気を失っていたのは倒れた瞬間とたかが数十秒程度で、むしろ焦った母に鼻を抓まれてその力加減の強さと息苦しさに目が醒めた事の方がよほど生命の危機を感じさせられた。

それからというもの、とにかく脈絡なく、学校でも倒れる事が頻繁に起こるようになる。

そして夜良く眠っているのに、とにかく日中も朝起きてからしばらく経っても体が寝起きの倦怠感から抜けず、毎日毎日眠くて仕方がない。

体育の中距離走も運動音痴だが走るのだけは速かったはずの自分が、途中でどんどん追い抜かれていく。そして2周め、3周めの顔ぶれが私をまた更に追い越してゆく…。

途中で私の異変に気づいてくれた友人が先生に報告してくれた為、私は最後まで走らずにご容赦頂きました。

面白がった男子から机で寝コケている時に叩かれようが大声出されようが、もう相手にするのすら面倒で寝たふりするほどにとにかく全身が怠くて眠いのだ。

遂には起きているのが苦痛で、午前中は保健室で寝ている事の方が多くなる生活に。

心配して保健室に訪ねてきてくれる友人たちにも、何が原因かが分かっていない為どうにも説明がつかず、それがその頃一番の苦痛になっていた。

養護教諭の先生と面談し、一度内科と精神科、つまり体と心の両面から診て貰いましょう、と言われ私は初めて、精神科の門を叩く事となりました。


 それから半年かけて総合内科で脳波(てんかん)の検査、血液検査、階段昇降検査、エコー検査、など数え切れない程の検査をした。

ーーが、異常はナシ。

強いて言えば低血圧と貧血が見つかった程度のこと。

続いて、緊張の精神科。

《以下、悪意のない偏見が含まれております。ご注意下さい》

 精神科というのは映画やテレビで見るような、どことなくうらぶれた重々しい雰囲気と、暗い表情の人々のいるどちらかというと良いイメージのひとつもない所、という偏見があり、正直抵抗感がありました。

…が!ここで驚いたのがまず、精神科にも“こども診療科”という科があり(各都道府県によると思いますが)、待合室には絵本や漫画、申し訳程度ではあるもののおもちゃの類が置いてあって、待合室で待つ人々も多くが10代の子供も連れた父母であり、そこに時々まだ幼稚園~小学校低学年くらいの幼い子供も居たことが印象的でした。

《以上、偏見的とも思われる部分については終わります》

そこで私は絵を書かされたり、ジオラマを作りされたり…と良く分からない作業療法をさせられて、帰宅。

後日より医師から、「それが原因とは断定仕切れないが、少なくとも貴方は大きなストレスを抱えているように感じる。今現実問題困っていることをどう解決していくか、一緒に考えながら治療してみませんか」と告げられた。

私は正直な所必要ないと思っていましたが、どちらかというと母の不安感の方が上まわってしまっていて、母は通院を希望したため、それで母が安心するなら…と、私も通院に同意し月に一度の通院が決定しました。


 それから何度か転院し(私が担当医を拒否したり等はございません)、県内のあらゆる市を、ある病院は片道1時間半もかけて、通院をしていましたが、最終的に訪れた小児精神科で、ある事が発覚します。

何やらインクのシミの様な物が描かれたカードを何枚も見せられたり、医師の出すお題に沿って絵を書かされたり、おかしなマークシートをやらされたり。

それから、WAISといういわゆるIQテストも受けました。

そこで私についた病名は、

 別名ASというものでした。


 今現在は又はと呼ぶそうです。

こちらの呼び名での方が、近年メディアでも紹介される機会が増えているようなので、ご存知の方も居られるかと思います。

専門家でもなければ独学で勉強した訳でも無い私がざっくりと説明するとADHD(注意欠如、多動)、LD(学習障害)、AS(アスペルガー症候群)の3つが有名であり、これらは全て知的な障害を持たない障害ではあるものの、社会性において問題点が目立つという点が症状となっています。

専門知識のない私には、この説明が精一杯。

(申し訳ございません…)


 上記のうちADHDとASはとても関係性が深く、重複して持っている方も多くいらっしゃるようですが、わたしはアスペルガー症候群のみに限られるとのこと。

そしてアスペルガー症候群は、男女比でいうとASらしいです。

同じアスペルガー症候群でも軽度から重度まで様々な上、全ての症状に当てはまる訳ではないため今回は私の症状と合致する物のみ、参考までに記載しようと思います。

 ・記憶力が並外れて良い

 (但し、嫌な記憶も鮮明なまま)

 ・記憶を映像でおぼえている

 (普通はエピソードとして覚えている程度

 というのをその時初めて知った)

 ・人の言外の意を汲み取る事が下手

 (なので嫌味を言われても気付かないとい

 うある種幸せな人間)

 ・善悪の価値観が独特

 (これは育った環境からの影響もあるかも

 しれません)

 ・何かに没頭すると寝食すら忘れる(過集中)

 (1ヶ月狂った様に勉強し漢検2級取得等)

 ・人付き合いが下手

 ・痛覚が鈍い

 (小学校1年生の時に足を骨折するも

 あ、折れたな?と思い、友人に先生を

 呼んできて貰って『多分折れました』

 のひと言でケロリとしている)

 ・運動音痴

 (自転車も乗れないしスキップすらでき

 ない)

中には音感に非常に優れた人、驚異的なIQを持つ人もいるようですが、私の場合はからっきし(むしろ音痴)。

診断された際、どうせなら役立つ症状がよかったでなぁ、と嘆く私であった。


 しかしそう診断がつけば、丸山家親族きっての馬鹿娘17年の人生にも説明が着くってもんで。

しかしその事実は、この時は父には報告しませんでした。又、鬱病と睡眠障害を併発していた為そちらのみを報告。(因みにASの人は鬱病を併発、正しくは二次障害として持つ人は多いそうで)


 そんなこんなで、全貌が分かるまでに4年の月日が流れており、私はいつの間にか高校に進学しておりました。

中学時代の私は、幸い学校にも友人にも恵まれていたと、本当に思います。

倒れても冷静に担架に乗せて保健室までドナドナしてくれたクラスの男の子軍。

人に深入りされるのが苦手な私を程よく放任しておいてくれた担任gottsu先生。

特に、休んだ日のノートをとっておいてくれて、テスト前には要点を纏めた対策ノートを受験まで渡し続けてくれたC.Kさん。未だに頭が上がらず尊敬の意を表してさん付け。

お蔭様で一応、学力は中の下を維持していたので希望の全日制の内何校かを選ぶ事ができました。

実は体調不良で学校に通えない事で、父にある衝撃的なひと言をぶつけられたのですが…ざまぁみろ、父よ!

 ※お下品な発言申し訳ございません


 高校生活は、自由でした。

相変わらず体調不良が続き途中でストレス性の突発性低音難聴にかかったり、転じてメニエール病になったり、どうしても単位が足りなくなりそうで無理を押して登校するも授業の合間、果ては通学路の脇の側溝にゲロ吐く事もありましたが、そういった事情は全て体が弱いの、のひと言で周囲からは可哀想な子なんだと思って貰っておいて一線を引き、トラブルにならない範囲で1人行動していました。

又、余り褒められた友人づきあいをしていたので、学校に来なくても遅刻しても、ある意味上手く紛れられていたのもあるかもしれません。

とはいえ、勉強だけはノイローゼかと思うほどしていました。学年上位5位以内に入っていれば父は満足げ。前のように私に怒鳴り散らすことも少なくなりました。

裏では自分の娘が品のない女子高生だなんて、それはもう夢にも思わずに。


 そんな子供時代を過ごし出来上がった大人が、丸山家長女である私。

身長163cm体重42kgの現在22歳、

丸山千冬という人間でございます。

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