第4話

 一目惚れした、人だった。

 入学したての数日間は、大学内どこを歩いていても、何かしらの部活やサークルの勧誘を受けた。だから人に見られたり、人から声を掛けられることにも特に何も思わなかった。のだが。

 その時は自分に向けられた視線を、やけに感じた。それもそのはずだ。

 相手はカメラの画面越しに、行幸を見ていたのだから。

 ――画面の中で女の子は、カメラに気付いたのか足を止めた。こちらを振り向いた彼女と画面越しに目が合って、青年は思わず息をのんだ――。

 カメラの後ろから顔を出したのは、柔和そうな地味な青年だった。背恰好も平均並み、服装もこれといって印象に残るようなものでもない。

 それなのに、というか、だからこそ、というべきか。行幸はなんとなく、その青年から目が離せなくなった。

「ごめんごめん、きみが画面に入ってきたとき、なんか思わず、カメラで追っちゃって」

特徴のないその青年が、懐っこく親しみやすそうな声音と笑顔で一歩こちらに近付いてきたことに、行幸の心は思わず少し躍った。屈託がないというのはこのことをいうのか、と一人勝手に納得した。

「あ、俺たちは映画研究会っていって、映画を作るサークルです」

「映画研究会……それで、カメラ」

「そ。ちょっと見て行ってよ」

「あ、でも……」

私、映画とか全然詳しくないし。特別興味があるってわけじゃ……。

 というか、そういえば何のサークルに入るかなんて全然考えてなくて、どこかのサークルに話を聞きに行くというのはこれが初めてだった。最初から大学ではこれをしたいというものがあって入ったわけでは勿論なく、漠然と何かのサークルに入った方がいいような気はするが、これといって興味を惹かれるものもこれまで見つかっていなかったのである。

「僕は井岡(いおか)っていいます。2年だから、1個上、やね」

井岡も東京生まれではないのか、どこのものかは分からないが、少し訛っている。

「私、は、伊東、行幸、です……」

「きみも、東京じゃないよね?」

「え、分かるんですか?」

……なんだ、私、一目で分かるほど、そんなに野暮ったかったかな……。

 映研のブースには他にも何人か先輩がいたけれど、気づけばずっと井岡と話していた。

 ――私みたいな話しても何の面白いものも出てこなそうな新入生より、もっと他の明るそうな子と話せばいいのに、なんだか悪いな。

 でも、楽しかった。誰かとこんなに長い時間話すのは久し振りだった。引っ越しを手伝ってくれた親はさっさと帰ってしまったから早速家では一人だし、友達と呼べそうな相手が出来なかったわけではないが、このバタバタした時期に常に一緒にいられるわけでもなかった。

 行幸は自分のことを、寂しいという感情はあまり持ち合わせていない人間だと思っていたし、事実自覚の中には寂しさはなかったが、無意識の中には、ぼんやりとして捉えきれない寂しさがきっとあったんだと、今から振り返れば思う。

 井岡の気さくさが、そういう寂しさを埋めてくれた。ただ単にタイミング的な問題だったのかもしれない。

 それでも、家に帰って布団に入ってからも、井岡のことが頭から離れなかった。それは井岡のことを好きになったからだと気が付くまでに、時間はいらなかった。そんな、一目惚れに近いような、初めて会ったような人を好きになることなど、これまでになかったから、自分もこういう恋に落ち方をすることもあるんだなあと自分のことながら意外に思った。

 行幸は映画研究会に入った。その理由がこの人だったなんて、本人に明かす時は来るのだろうか。

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