第169話 三種の神器、集合


 死織は、金太郎から金属の分厚い円盤を受け取った。

 円盤の直径は三十センチほど。裏側に精緻な彫金がほどこされた、渋みのある銀色の金属製。そして、その表面は、完璧に磨き上げられたフラットな金属面。完全なる鏡面である。

 これこそが、三種の神器のひとつ、『封魔の鏡アマテラス』。


 金太郎はずしりと重い金属の円盤を死織に手渡しながら、重々しく告げる。


「こいつは、このお江戸のシステムの力を行使できるキーアイテムだ。プレイヤーしか使用できないから、お前さんに任せるぜ、死織ん。こいつを使えば、いま空を飛んでいるあの怪物を地上に撃ち落とし、その位置を固定し、強大な妖力を奪うことが出来る。こいつと、『斬魔刀オロチ』、そして『破邪の勾玉ヨミ』が揃えば、あの妲己狐を倒すことは決して不可能ではない。だが、あいつは強いぞ。いまのおまえたちのレベルで倒すのは難しい。大学受験の模試の判定風にいわせてもらえば、おめえらの合格率は、20パーセントE判定というところだ。だが、安心しろ。俺はこのお江戸ともども、おめえらとともに討ち死にしても、わが生涯に一片の悔いなしだ。思い切って、強敵に挑戦してくれ」


 死織は手の中で、『封魔の鏡アマテラス』の重さを確かめるようにそれを弄ぶと、にやりと笑い、不敵な目で金太郎のことを見つめた。


「任せておけって。合格率100%の受験なんて、挑戦する意味がない。そういうゲームを俺たちゲーマーは『くそゲー』って呼ぶのさ。たった2割しか勝算がないからこそ、挑む価値がある。絶対無理をひっくり返してクリアする。それこそが、ゲームの醍醐味ってやつさ」


 死織は周囲に集まってきた仲間たちを見回した。

「おい、みんな。あのS級ダーク・レギオンをとっとと倒して、あとはド派手な宴会と洒落こもうや。今回は、幕府の奢りだそ!」

 プレイヤーたちがどっと湧き、いっせいに「オォォーーー!!」っという歓声を上げた。


「いやぁ、死織さん」ヒチコックが、にへらぁという笑顔を見せた。「なんかいま、死亡フラグ立てませんでしたか?」


「へっ」死織は不敵な笑顔で言い返す。「ゲームにバッド・エンドはあっても、死亡フラグなんてものは存在しねえ。だいたいピコの村でおまえと出会ってからこっち、勝ち目のない戦いばかりじゃねえか。立ちたいフラグがあるなら、立たせときゃいいさ。そりゃそーと、ヒチコック。おまえが手に入れた神器。おそらくは『斬魔刀オロチ』のはずだが、それを出せ。おまえが刀を持っていても、どうせ役には立たねえだろ?」


「ああ、これですね」

 ヒチコックは装備画面から特殊アイテムを選択すると、『斬魔刀オロチ』を実体化させた。つぎの瞬間、彼女の手に、黒く光る、異形の刀剣が握られていた。

「うわ、重っ」


 周囲のプレイヤーたちが、一様に息をのむ。死織も、意表をつかれて思わず目を見開いた。

「それが、オロチか……」


「おおー」真冬が嬉しそうに笑う。「七支刀なんですね」


 オロチは、反りのない直剣で、その刃の途中から、枝分かれするみたいに小さな刃が突き出し、鹿の角みたいにくいっと曲がって、壁掛けフックのように小さな切っ先を先端方向へ伸ばしている。その数、六つ。


 七支刀とは、本体の切っ先と、枝の切っ先を合わせて、七つの切っ先をもつ刀剣なのだが、見ようによっては幼児の描いた「枯れ木」の落書きみたいだし、そのデザインから、そもそも刀剣としての実用度が怪しい。祭礼用であると考えられている。


 よって、そのデザインを踏襲したこのオロチも、いっけん実用性があるようには見えないのだが、まあ『三種の神器』のひとつだから、きっと大丈夫だろう。


「じゃあ」死織はざっと周囲を見回した。「これ。真冬に使ってもらおうか」

「え!? あたしですか?」

 素っ頓狂な返答が返ってきた。


「だって、ここにいるプレイヤーの中に、他に剣士はいねえし、アイテムだからプレイヤーしか使えねえし」


「そうですね」ヒチコックは、手にした七支刀オロチを、真冬に差し出した。「他の剣士だとエリオさんって人もいるんですけど、いまはここにはいませんしね」


「いや、いてもあいつに使わせるほど、俺は酔狂じゃねえ」死織はちらりと金太郎を振り返る。「で、勾玉はどう使う?」


「『破邪の勾玉ヨミ』は、平たく言えば相手に一撃死を与える神器なんだが、相手があの妲己狐ではその効果は発揮できまい」金太郎はあごに手を当てて考える。「まあ、いまここにいるメンバーなら、ヒチコック殿に任せんのがいいんじゃねえの?」


「よし」

 死織は目線でスタート画面を操作すると、アイテム一覧から神器『破邪の勾玉ヨミ』を取り出した。

 きらきらと光るアイテムが死織手のひらに出現する。


 オカリナほどもある大きな勾玉を、黒衣のガンナーに手渡した。

 月の光をうけて複雑な色合いに輝くエメラルド・グリーンの勾玉は、まさに玉虫色の宝玉だ。ただし丸くはない。人の魂魄をもした胎児のように丸まった勾玉の形。


 ヒチコックは両手で『破邪の勾玉ヨミ』を大事そうに受け取る。


「これ、どう使うんですか?」

「ふつうに持っていればいい」金太郎が静かな口調で説明する。「アイテムとして所持しているだけで、おまえさんの銃弾は、強烈な破魔属性を得ることになる。ただでさえ狐は鉄砲玉には弱いものだが、これが封魔の銃弾となると、かなりの効果があるはずだ。といっても、もともとの効果が一撃死だから、本来の効果はまったく発揮できていないことになるけどな。たぶん、十分だろう」


「よし、みんな。用意はいいか?」

 死織は夜空を見上げて鏡を構える。その視線のさきには、お江戸の上空をテレポーテーションを交えて亜音速で飛翔する巨大な怪物の姿がある。イオンの炎を吹いて飛翔する異形の怪物をこれ以上好き勝手に暴れさせるわけにはいかない。


「それじゃあ、いよいよボス戦と行こうか!」

 

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