ヒチコックが引っ掻きまわす
第158話 チャージ・ショット
能楽堂の屋根に着地したヒチコックは地面に飛び降りて、一直線に死織のところまで駆け寄った。
「いやー、すんません。風がなかなか吹かなくて遅くなっちゃいました」
遅刻の言い訳をしながら、唐山左之介に銃弾を浴びせる。唐傘妖怪は、ふたたび
そのヒチコックの周囲に、燃え立つオーラのようなエネルギー・チャージのエフェクトがかかる。
「チャージ・ショット!?」死織が瞠目する。「そうか、おまえLV5か!」
たっぷり半秒息を止めたヒチコックは、狙いすましたチャージ・ショットで唐山の隻眼を撃ち抜いた。
ぎゃっと叫んで、妖怪がその正体を現す。片足、片目の傘のお化け。ダメージを受けた唐傘がぱっと開く。
「内側から斬ってください!」
ヒチコックの叫びに、闇奉行が応じた。
油が塗られ、防水加工の施された傘の表は、銃弾を弾き返すほど頑丈だった。だが、内側から斬られた傘は、ただの古びた道具でしかない。ばさりと裂かれて、そのまま転がり、ぼっという熾火を放って唐傘は燃え上がった。
「ヒチコック、イガラシがやばい。あいつのフォローにまわってくれるか?」
死織が鋭く指示を出す。
「えー、あたしたち、コンビ解消したんじゃなかったでしたっけぇ?」
「そんなこと言わずに、お願いしますよ。スーパー・ガンナーのヒチコック様ぁ」
死織の懇願に、にんまりと応じるヒチコック。
「あれ? それより、ヒチコック。おめー、どうして銃が使えるの?」
「ふぉーふぉっふぉっ。これはですね。いわゆる裏技というやつです」
その裏技をすごく聞きたそうにしている死織だが、説明している暇はない。それは死織も承知の様子。
「とにかくたのむ」
「でも、あの剣術指南役は、すごく強そうですよ。あの人の相手は、おなじ剣士の真冬さんに頼みましょうよ」
「だめだ。あいつは、ぬっぺっぽうの相手で辛いんだよ」
「え?」
そこで初めて周囲を見回したヒチコックは口を尖らせる。
「なんかみなさん、めちゃくちゃな感じで戦ってませんか?」
「分かってる。が、いまは手が足りねえ」
「えーと」ヒチコックはない頭を回転させる。「とにかくぬっぽっぽーを何とかして、真冬さんをフリーにしましょう」
「賛成だ。真冬のフォローには俺が向かう。そのあいだ、イガラシの援護をたのむ」
「ぬっぽっぽーには、死織さんが行くんですか?」
不満げなヒチコック。だが。
「俺が行く。おそらくそれが、今の、ベストの選択だ」
死織がにやりと笑うのを見て、ヒチコックはうなずいた。
「死織さん、なにか思いつきましたね」
「まあな」お得意の不敵な笑顔を見せる死織。彼がこの顔をしたとき、倒せなかった敵はいない。100匹のゴブリンだろうが、ビームを吐く飛竜だろうが、二郎のラーメンだろうが。
「じゃ、そっちは任せたぜ。あと、ぬっぽっぽーじゃくなて、ぬっぺっぽうだからな」
言いながら、くるりと踵を返して走り出す。死織。
ヒチコックも、銃の残弾を確認すると、苦戦するイガラシの方へ駆けだした。
走るヒチコックの前方で、白銀の毛皮を流血に赤く染めたイガラシの人狼の巨体が、赤いオーラを燃え立たせた。
「超獣化!」イガラシの声が、なぜか悲痛に響く。「ビースト・キャノン!」
赤い流星となったイガラシの身体が、砲弾となって撃ちだされた。その先、わずか3メートルの距離には、血に濡れた刀を引っさげた巫蠱神劍禅がいる。
この間合い、このタイミングでは、亜音速で撃ちだされるビースト・キャノンは躱せない。ヒチコックはそう判断した。
だが……。
ビースト・キャノンが直撃したと見えた瞬間、イガラシの放つ焔のような赤いオーラの向こうに、刀を斬り上げた劍禅の背中が一瞬見えた。
ぼっと燃焼音を放ったイガラシのオーラが、水をかけられた炎のように消し去られ、脇腹をざっくりと斬られた魔獣が、撃墜された戦闘機のように地面の上に墜落してごろごろと転がる。
「イガラシさん!」
ヒチコックは一声叫ぶと、怒りに任せて銃をあげ、味方を傷つけた剣士の背中に銃弾を浴びせかけた。
だが、ヒチコックは「えっ」と絶句さぜるを得ない。
背後から撃たれたにもかかわらず、巫蠱神劍禅はこともなげにヒチコックの弾を躱していた。
銃弾をかわす敵に合うのはこれが初めてではない。
ヴァンパイアの娘、ノスフェラ。
彼女もヒチコックの銃弾を、5メートル圏外では躱して見せた。脅威の反応速度と、人外の身体スピード。それが、亜音速で飛翔する拳銃弾を回避するパフォーマンスを生み出していたのだ。
だが、巫蠱神劍禅による回避は、あきらかに違った。身のこなしは速い。だが、それ以上に、動き出すタイミングが異常だった。
巫蠱神劍禅は、ヒチコックがトリガーを引く直前のタイミングで、彼女の射撃を躱していたのだ。つまり、銃弾が発射されてから回避したのではない。
ヒチコックが「撃とう」と思い、彼女の指がトリガーを引くまでのほんの一瞬。その心の動き、あるいは気配を察知し、ヒチコックの指が動いてハンマーが落ち、銃弾が着弾するまでの、その一瞬の時間のながれの中で、劍禅はヒチコックの射撃を躱した。
──やばい。この人は、やば過ぎる。
ヒチコックはすさかざ、劍禅の恐ろしさを悟った。
さっと銃を肩口まで引き、すぐに動ける体勢にチェンジする。このままこちらへ間合いを詰められたら、おそらくのこの怪物には勝てない。いまはまだ距離があるから互角だが、接近戦ではヒチコックなんぞあっという間に斬り捨てられてしまう。
巫蠱神劍禅は、倒れて動かないイガラシを放置して、ヒチコックの方へ向き直る。
ヒチコックはすかさず、腕を伸ばして銃口を劍禅へ向けた。
単発をかわせても、連発ではどうか? さすがにかわせまい。それがヒチコックの判断だった。
だが、劍禅は応じるように、刀を身体の正面に立てて構える。そして、その形のまま、腕を伸ばし、身体を
「えっ!?」
ヒチコックは思わず声を上げた。
劍禅を狙うヒチコックの射線が、劍禅の愛刀「甕割刀」に隠れて完全に塞がれてしまっている。刀の、たった三センチとかせいぜい五センチしかない身幅が、この構えでは劍禅の身体をすっぽり隠してしまって、撃つところがないのだ。
劍禅は、刀身の中に身体を完全に隠しながら、ぎらりと光る刃の向こうで不敵に笑った。
「これは馬庭念流『矢止めの術』。矢が当たらぬのだから、とうぜん鉄砲の弾も当たらぬのう」
ヒチコックは銃を構えながら、じりじりと下がった。
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