第141話 女性の画面なんて勝手にのぞくもんじゃないぜ
「なぁに、勝手にいただくまでだ」
そういって劍禅が取り出したのは、直径三十センチほどの金属の円盤だった。いっけんお盆に見えたそれの表面には精緻な彫金が施され、高貴な美術品であると容易に推測できたのだが、死織には一瞬その用途がわからなかった。
だが、劍禅がその金属盤をひっくり返し、表面を向けてきたとき、死織はその正体に気づく。
金属盤の表面は完全にフラットな平面で、異様なまでに磨かれたそれは、鏡のように牢内の死織の姿を映していた。いや、それこそはまさに、鏡だったのだ。
「こいつは『三種の神器』のひとつ、『封魔の鏡アマテラス』さ」
劍禅はにやりと笑う。
「そして、こいつには、こういう使い方がある」
言った瞬間、死織のステータス画面が勝手に開いた。
「なに!?」
さすがの死織も目を疑った。
拘束の効果がある手枷を嵌めらているため、彼は自分でも画面操作が出来ない。にもかかわらず今、自動的に画面が開き、ウィンドウが開いてゆく。装備画面が開き、カーソルが勝手に動き、ついでアイテム画面が開く。
「おい、なにしてる!」
さすがに、立ち上がりかけて思わず叫ぶ死織。
「きさま、なに勝手に人の画面を操作してるんだ!」
叫んでも劍禅はどこ吹く風である。冷たい口元で笑いつつ、死織の所持アイテムをスクロールしてゆく。
「大した物はもってないな。ガラクタばかりだ」劍禅は自分の目の前に表示されているはずの死織の所持アイテム一覧に目を通しながら告げる。「この『封魔の鏡アマテラス』は、システム・ツールでもある。このように、他人のデータに侵入し、その設定を操作したり、アイテムを使用したりできるのさ。たとえば、こんな風に」
美しい金属の音色を響かせて、死織のまえに黄金色の小判が撒き散らされた。死織の所持金である。
「ずいぶん持っているな。だが、ここでは使い道がなかろう」
さらに、つぎつぎと死織の衣装が、床の上に転がる。
赤いチャイナ服、青いチャイナ服、白いチャイナ服。チャイニーズ・ボンテージ、水着、体育着、探検隊のコスチューム。
「ひどい、服のセンスだ」
嘲笑うような、劍禅の声。だが、彼の表情は次第に凍り付く。
「おい、神器はどこだ? おまえが手に入れたはずの三種の神器のひとつ、『破邪の勾玉ヨミ』はどこにある?」
「さあてね」
死織は散らばった衣装と小判の山の中に、もう一度あぐらをかいた。
「よく探せよ。どっかにあると思うから」
「なんだと、そんなバカな」
死織のアイテム画面が、もう一度一番上から高速でスクロールされる。
だが、そにこは、神器である『破邪の勾玉ヨミ』の文字はない。
ぎろりとに睨む劍禅の瞳を、死織はにやりと睨み返す。
「残念だったな。お目当てのアイテムは見つからないらしい。かわりにいま表示されているアイテムでもどうだ。魔法杖カルスっていうんだが、インチキ・ポーカーをするときに凄く役に立つ。持ってて損はないぜ」
「おい、どうゆうことだ」
劍禅の怒りはすぐさま真冬に向いた。
いきなり怒鳴られた真冬はびくんと飛びあがって、おろおろと言い訳する。
「いえ、たしかに三種の神器は、死織さんが……」
「まさか、おまえが持っているのではないだろうな」
劍禅は『封魔の鏡アマテラス』を真冬に向けて、彼女のアイテム画面をスクロールする。
「もし俺を裏切っていてみろ。ただでは置かんからな」
「おいおい、やめろよ」死織は揶揄するように声をかける。「女性の所持品なんて、男が確認するもんじゃないぜ」
だが、聞く耳もたずに、怒りに血走る眼で画面をスクロールさせた劍禅は、真冬のアイテムをすべて確認し、やっとその疑いを解く。
「どういうことだ。なぜ、『ヨミ』がない」
聞かれても答えられない真冬は、怯えてうつむくのみ。
「さては、誰かに渡したか?」
劍禅は死織を睨む。
が、死織はとぼけて横を向く。
「おい、真冬。こいつが『ヨミ』を手に入れたとき、だれか他に人はいたか? そいつに死織はアイテムを渡したのではないか?」
「いえ」
真冬は必死に首を横に振る。
「誰もいませんでした」
「どうだかな。隠れていたのかもしれん」そこで劍禅はやっと冷静さを取り戻したらしい。ふうっと笑うと、死織の方を振り向いた。
「よかろう。おまえが持っていないというのなら、おまえの仲間にもってきてもらおう。おまえのことを公開処刑にすると発表してやれば、どうせおまえの仲間が神器をもって駆けつけてくれるだろうからな。すぐにその手配をしてやる。待ってろよ」
捨て台詞みたいに言い放って、劍禅は踵を返した。
すさかず、供侍の二人が、付き従う。
大目付が二人のお供ともに遠ざかると、ふたたび牢屋は薄暗がりにもどる。外の蠟燭と、真冬が手にした燭台の明かりだけ。巫蠱神劍禅らが去り、周囲から物音が消えたのち、真冬はしずかに口を開いた。
「ごめんなさい、死織さん。でも、あたしにとってこの街は大切な世界なの。ここを守るためなら……、ここにいるためなら、どんな奴が相手でも、あたしは全力で戦うつもりなんです」
仲間を後ろから刺すことが、彼女のいう「戦う」という意味なのか?と死織は苦笑したが、口には出さずにいた。
かわりにこんな話をする。
「真冬さん、俺は格闘ゲームが好きでさ。自慢といったらそれくらいしかない。で、その格ゲーには、『嵌め技』ってものがあってさ。まあ、嵌め技にはいろいろな種類があるんだが、特にダウンした相手に入れるやつが、えげつなくてさ。一度入るとそのまま、相手が死ぬまで入れ続けることが出来るんだ」
真冬は黙って聞いている。
死織は続けた。
「そりゃあ格闘ゲームだから、だれだって勝ちたい。そのために手段は選んでられねえよ。だが、その手の嵌め技で負けたやつは、だいたい嫌になってそのゲームをやめちまう。すると、真っ当に戦う奴がどんどん少なくなって、残るのはえげつない嵌め技を使う奴と、すげー強い奴の二種類。えげつない嵌め技なんてしょせん大して強くない奴しか喰らわないから、さいごには嵌め技で勝ってきた奴ら自身も、勝てなくてそのゲームをやめちまう」
死織はあきれたように肩をすくめた。
「まあ、これは格闘ゲームの嵌め技の例だが、RPGの改造データによるチートアイテムなんかもそうだよな。本来はなかなか出ないスーパーレアのアイテムを、偽造データで大勢のプレイヤーが簡単に手に入れるようになると、真面目にやるのがバカバカしくなっちまう。つまんなくなって、結局みんなやめちまう。みんなやめちまったら、偽造データのレアアイテムを持っている奴らも、見せびらかす相手がいなくなって、結局やめちまう」
死織はそういうプレイヤーたちをいろんな場所で何人もみてきた。
どんな手を使ってでも自分が勝つことだけを優先した奴らは、結局おのれの愚行のせいで、自分自身の息の根までも止めてしまうのだ。
「そうしてゲーム自体が崩壊するのさ。ゲームって所詮はプレイヤーの容れ物なんだ。そこに詰まっているプレイヤーが、結局はそのゲームを作る。本当に面白いゲームっていうのは、メーカーが作るもんじゃない。そこにいるプレイヤー同士が作るものなんだ」
真冬はだまって聞いていた。
「だから、真冬さんがこのお江戸を守りたいって気持ちは、俺もよく分かる。だれだって自分の居場所は大切だ。簡単に他人に奪われたり、穢されたりしたくはねえ。このお江戸が好きなら、そりゃあ当然だな」
死織はそれ以上は語らなかった。
「どっこいしょ」
と、横になり、コスチュームの山を枕に目を閉じた。
「じゃ、また、あとでな」
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