ロレックスはそれを見逃さない

第98話 黒いカラスを白だと証明する


 ロレックスが死織を呼び出したのは、ウィスティン・ホテルのカジノだった。先日死織にしてやられた借りを返すのなら、この場所しかないと思ったからだ。


 彼女は意気揚々とやってきて、そのくせ努めて平静を装っていた。さも興味なそさそうに。


「で、買う気になったのか?」


「ああ。だがひとつ、確認したい」ロレックスは不機嫌な顔をつくって死織に告げる。「あれは本当に、エクスカリバーなのか?」


「もちろんさ」

 さらりと答える死織。だが、彼女の口角がかすかに上がるのをロレックスは見逃さない。死織はいま、笑いを堪えた。


「しかし、カテゴリーがユニークではなかった」


「そもそもがユニーク・ウェポンではなかったのだろう」残念そうにうなずく死織。「ただ単に発見されていないという理由から、ユニーク・ウェポンにちがいないと言われていただけの話だからな」


 一理ある。が、彼女は嘘をついている。ロレックスはそれを見破っていた。こいつは、詐欺師としては二流だと、彼は気づいていたのだ。


「俺のことを話そう」ロレックスはかすかにほほ笑む。死織は駆け引きの相手。ゲームの敵である。だが、ロレックスはある程度のシンパシーを彼女に感じていた。


 2人してテーブルに着き、シャンパンのグラスを傾ける。すこし離れた壁際からダイブスがこちらを見ているが、奴にはこの話は聞かせたくない。


「俺は、いま、詐欺罪で服役している身だ。実刑判決を受けた俺の身体は、刑務所内に設置されたコフィンの中にある」

 ロレックスが語り始めると、死織の目がかすかに驚きに見開かれる。


「俗にいう『ハルマゲドン詐欺』だよ。あれで荒稼ぎした。知っているだろ、ログアウトしたプレイヤーと組んで、精神障害や記憶ロストが起きたと政府に訴え、補償金をせしめる手口だ。死織、おまえさん、リターナーだろ? LV7のクレリックにしては、目押しが鮮やかすぎる。素人じゃねえ。過去にこのゲームに参加しているな。だったら、お前さんも、ログアウト時になんらかの障害が出たとか何とかいって、ちょっとした補償金、もらったんじゃないのか?」


 死織は答えなかった。図星だろう。

 しかし、過去に『ハゲゼロ』にログインしていたのなら、記憶や精神に障害が残らない方が珍しい。それに対しての政府の、口止めをかねた補償金の額はかなりのものだ。こいつがそれを貰っている可能性は高い。ただし、ロレックスがプレイヤーたちと組んで行った、過大な申告をして大金をせしめる詐欺を死織がしたかどうかは、また別の話だが。


「で、その『ハゲゼロ詐欺』で捕まったおれだが、刑務所に服役していてもつまらねえし、どうせならってんで『ハルマゲドン計画』に参加したってわけさ。3年間ゲームしてれば退屈なムショ暮らしからも逃れられるし、おまけに無事ログアウトできれば、ゲーム内で稼いだGは、現金報酬として俺のものになる。こんなうまい話は他にない。そこで俺はこのゲームに参加し、死ぬかもしれない冒険は一切せず、システムを理由してうまいことGを稼ぎ、ひと財産築くことにしたんだ。つまり、俺のゲームは『ダーク・レギオン』と戦うことじゃない。いかにGを貯め込むか、その一点なんだよ」


「それでプレイヤーを騙して借金させ、負債システムから自主クエストに参加させて利益をあげているというわけか」

 死織はシャンパンに口をつけて、冷笑した。

「上手い手だ。自主クエストは報酬の半分がシステムからの補助だ。クエストをクリアしたプレイヤーはお前に借金があるから、報酬はまるまるお前の懐に入る。つまり、クエストにつぎ込んだGが倍になって返ってくる計算だ。なかなか商売上手だな」



「他の奴らとは頭の出来がちがう」ロレックスはにやりと笑った。「なあ、死織。ユダヤの商法というのを知っているか? そして、それを使って、日本マクドナルドを大きくした初代会長の藤田でんという男がいることを知っているか?」


「いいや。俺はお偉いさんは、ゲームの開発者しか知らない」


「藤田氏はよくこういうことを言っていた」

 ロレックスはしずかにグラスをあける。

「『黒いカラスを白だと証明することができないと、商売はできない』と。どうだ、死織。ひとつ俺に、黒いカラスを白いと証明してみてくれないか?」


「無茶言うな」死織は不機嫌に口をとがらせる。「俺は詐欺師じゃねえ」


 ロレックスはふっと笑った。そして語りだした。

「色とは光の波長だ。人間の目の奥には光に反応する細胞が三種類あり、それぞれが赤い光、青い光、緑色の光の波長に反応する。光の三原色だな。人間はこの細胞からの電気信号により、物の色を判断するんだ。赤の波長に反応する細胞だけが刺激を受けたら、それは赤い光。赤い光を反射するものは、赤い。そういう仕組みさ。で、この赤、青、緑のすべての光を反射するものがあったら、それは人間の目にはどう見える? ……そう、それは白く見えるのだ。すべての可視光線の波長を反射する対象物は白いのさ」


 ロレックスは一息ついて、シャンパンのおかわりを手ぶりでオーダーする。


「では、黒とはどんな色だ? これはすべての波長を反射せず吸収してしまうときに、人間の目が認識する色だ。だが、そこにあるものが黒く見えるということは、吸収するといってもある程度で、やはり光はいくらかは反射されている。そしてそれは、赤と青と緑の波長すべてに及ぶ。ということはどうだ? 白も黒も、程度の差があるだけですべての波長の光を反射しているということだ。つまり、明るいか暗いかの差でしかなく、白も黒も、色としての根本は同じであるということになる」


 ロレックスは運ばれてきた新しいシャンパンのグラスに口をつけた。


「──つまり、黒いカラスは、あれは実は、白なのだ。そういうことになるのだよ」



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