ヒチコックは朝起きると射撃の練習をする

第94話 宿屋『ウィドウ・メーカー』


 コヨーテがとった宿は、宿場外れの一軒。その名も『ウィドウ・メーカー』。宿の主人のNPCはミセス・ハドソンというちょっと色っぽいお姉さんで、旦那さんとは死別したという話だった。


 『ウィドウ・メーカー』はほかの建物からちょっと離れた場所に建っており、それが突然の敵襲から身を守ることにつながるとコヨーテが考えてのチョイスである。

 宿の目の前を街道が走り、昼間は少し埃っぽい。街道の向こうには低い岩山。山というより丘という規模だが、岩石と砂でもりあがったその丘から吹き下ろす風は、陽が落ちると急に冷たくなった。ぎざぎざしたシルエットと、青い月がつくる陰影が、とても冷たい不気味な丘であった。


 建物は傾きかけた木造二階建て。でも中は綺麗に掃除され、女性らしい飾りつけも多く、ヒチコックはこのあったかい雰囲気の宿がすっごく気に入った。コヨーテはいまひとつの反応だったが。

 遅い時間にチェックインして、2人とも二階の部屋で早めに就寝。結局晩ご飯はあのバッファローシチューだけだった。



 翌朝、夜明け前に目覚めたヒチコックは、いつもの軍服に着替えると、ポンチョを着て、宿の裏庭にでた。

 そこはなんにもない砂地だが、木の柵で囲われた射撃場だけはちゃんとある。

 いつもの日課の射撃をするために、射撃台についたヒチコックは、ポンチョを跳ね上げて抜いた拳銃を、10メートル離れたターゲットに向けた。

 ターゲットは大きな丸い鉄板。的は描かれていない、ただのあちこち凹んだ鉄板が、木枠からブランコみたいに紐で吊るされているだけの簡素な物。


 腕を伸ばし、狙いをつけて、トリガーを絞る。

 ガンっ!という小気味よい音を、朝焼けにふんわり染まる夜空へ響かせて、コルト・ガバメントが跳ねる。

 初弾が命中し、鉄板がパコンという間抜けな金属音を響かせる。


「うーん、朝の射撃は、気持ちいいねえ」

 照星と照門を合わせ、じわりとトリガーをしぼる。唐突に銃が吠え、跳ね上がると同時にスライドが稼働して空カートが飛んで行く。一瞬遅れてパコンという命中音。

 まだ暗い朝焼けの空に響く軽やかな銃声。


「朝っぱらから、うるせえな」

 大してうるさそうでなもい声を背後から掛けられて、ヒチコックは射撃台のうえに愛銃カスピアン・カスタムを置いてから、振り返る。

 ワイシャツにノーネクタイのラフなスタイルで立っているコヨーテがそこにいた。肩から吊った茶色いショルダー・ホルスターのなかに、銀色のバフバスターが納まり、腋の下から黒い巨大なラバーグリップが突き出していた。


「距離10メートルで、ターゲットの直径50センチってところか」

 目を細めてターゲットを見る。

「この距離でスチール・ターゲットを単発で撃っても練習にはならねえ。やるなら、複数のターゲットをつぎつぎと撃ち倒すフォーリング・プレイトって練習法がいいんだ。的は大きく当てやすい。が、全部正確に当てようとすると、とたんに難しくなる」


 言うや否や、コヨーテはショルダー・ホルスターからバフバスターを抜き放ち、撃発! 

 衝撃波と熱風が吹きつけ、空気がふくらむ。

 コーン!と小気味よい音をたてて、スチールプレートが大きく跳ね上がる。そして、それが戻らないうちに、コヨーテはダブル・アクションでトリガーを引き、第2撃。さらに第3撃。

 分厚いターゲットが身をよじるように踊り、コーン! コーン!と着弾音を響かせる。

 強烈な454カスールの熱波が走り、遠くの山までとどいた銃声が空に木霊している。


「そんな強烈な銃弾、よく連射できますね」

 ヒチコックは素直に感心した。が、コヨーテは「へっ」と鼻を鳴らす。

「リボルバは、ダブルアクションで撃つものだ。長いストロークの重たいトリガープルと、強烈な反動リコイルで跳ね上がる銃口を制御し、連続で弾をターゲットに撃ち込む。速く、精確に。それが射撃だ。覚えておけ。近い距離でゆっくり狙って的に当てられても、実戦では役には立たねえよ」


「ふうむ」


 ヒチコックはシリアスな表情で腕組みする。


「おい、そろそろ戻るぞ。朝飯の時間だ。今朝は早くに出立して、昼過ぎにはラムザに戻りたい。次のクエストが待ってるし、プレイヤー・キルした場所に長居は禁物だからな」



 宿屋『ウィドウ・メーカー』での朝食は、ミセス・ハドソンの提案により、テラスで食べることになった。

 正面のテラスは南向きで、屋根があるから昼間でも快適。やっと朝日が顔を出した時刻ではあるが、すでに周囲は昼間のような明るさ。でも、風は、正面の岩山から吹き下ろすため、肌に心地よい冷たさ。

 木の丸テーブルに、白いエプロン姿のミセス・ハドソンが運んでくれる皿が、つぎつぎと並べられてゆく。

 湯気をたてるスクランブル・エッグ。かりっかりのベーコン。でっかいマグカップのコーヒー。バケットには山盛りのパン。小皿に盛られたバターとジャム。カボチャの入ったポテトサラダ。


「うわー、おいしそう!」とヒチコックが目を輝かせていると、椅子の背もたれに深く身をあずけたコヨーテが「早く喰っちまえよ」と言ってくる。


 が、ヒチコックはそんなの無視して、パンにバターを丁寧に塗り始める。


 コヨーテは「ちっ」とか舌打ちしつつも、マグカップに口をつける。目を細めながら、モーニング・コーヒーを啜った次の瞬間、彼の胸からばっと血が噴きだした。


「えっ!」


 ヒチコックは目をみはる。

 銃撃を胸に受けて意識を失いかけたコヨーテは床に倒れ込みながらも、ホルスターからバフバスターを抜いている。そして、口から血を吹きながら叫ぶ。


「逃げろ、ヒチコック!」


「でも!」

 銃を抜いて、セイフティーを外しながら周囲に目を走らせるヒチコック。だが、敵の姿はどこにもない。ミセス・ハドソンが悲鳴を上げている。


「逃げろ! 狙撃だ!」コヨーテのHPゲージが、7割まで失われている。「狙撃手スナイパーだ。レベル20以上のガンスリンガーだけが成れる上位職だ。おまえのかなう相手じゃない」


 ばしゅっと音を立てて、コヨーテの胸が小さく爆ぜた。第2撃、着弾。彼のHPが残り1ドットになる。

「隠れろ、はや……く」

 コヨーテが苦し気に呻く。



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