ヒチコックは屋根裏部屋で目覚める

第88話 朝ごはん抜き


 ロレックスの屋敷は、古都ラムザの奥まった一角にあった。

 見晴らしのいい高台に、広大な敷地と荘厳な邸宅。大勢いるNPCのメイドたち。そして、使役されているプレイヤーたち。


 4階にあたる屋根裏部屋で目覚めたヒチコックは、顔も洗わず歯も磨かず、いやーゲームは楽でいいねえ等と思いながら、コスチュームをチェンジして1階の厨房まで降りると、メイドのお姉さんに質問した。


「朝ごはんは何時からですか?」

「そんなもんないわよ。ゲームだから、食べなくても死なないでしょ」

「えー、朝ごはん抜きぃー?」

「いいから、早く旦那様のところに行きなさいな。呼ばれてるんでしょ」

「はーい」


 仕方なく言われた通りに大広間を目指す。

 なにせ、ヒチコックはポーカーで負けてしまって、ロレックスに100万Gの借金がある。それを返すために、彼の指示するクエストをこなさなければならないのだ。それにしても借金、なんと100万Gである。


「ギャラルガーを2匹倒さなきゃならないなぁー」

 あくびをしながら、ドアをあける。


 すっごく広い部屋にいたのは3人だけ。

 ロレックスと、護衛のダイブスと、もう一人知らない人。

 その知らない人は背が高く、紺の背広を着て、上着の下には同じ色のチョッキを着て、カーボーイが被るようなつばの広い帽子を深く被って顔を隠していた。


「おはー」

 軽く言ってみたが、無視された。

「おはようございます」

 きちんと言っても無視された。言い直さなければよかった。


「ロレックスさん、なんですか? この砂利ジャリは?」

 背の高い男が言う。


「ああ、これが今回お前とコンビを組んで仕事をしてもらうヒチコックだ。若いが、凄腕のガンナーだ、……と思う」

「なんですか、それ」

 カーボーイ・ハットの男が呆れ声をあげる。

「バカも休み休み言ってください。こんなジャリとコンビなんか組めませんよ」

「いやいや、バカにしたもんでもないぞ、コヨーテ」ロレックスが取りなす。「このヒチコック、ちびだが、これでもドラゴン・スレイヤーとヴァンパイア・ハンターの称号をもっているんだ」

「ほお」コヨーテと呼ばれた男は、ちょっと顔を上げて、帽子のつばの下からヒチコックの姿を確認する。「で、こいつのLVは?」

「LV4だ」

「はっ」馬鹿にしたような声。「LV4で、ドラゴンやヴァンパイアなんて狩れるもんですか。ロレックスさんは実戦の経験が少ないから、そんな嘘を信じちまうんですよ。さしずめ、クエストに参加して、味方に倒してもらってトドメだけ刺したってだけの話でしょう。でなければ、LV4でドラゴンやヴァンパイアが倒せるわけがない」

「えっへん、実はですね──」

「で、今回のターゲットは?」

 ヒチコックが武勇伝を語ろうとしたら、またまた無視された。

「ブローバックの三銃士だ」

「ほお」

 コヨーテと呼ばれた男は興味をそそられたように顔をあげる。


「居場所は掴んでいるんですか?」

「捕捉できている」ロレックスは紙片をコヨーテに渡した。「すぐに出発してもらいたい。昼過ぎには着くだろうから、夕方までには始末できるな?」

「わかりました。で、あのジャリを連れていかないと駄目ですかね?」

「たのむ。あれの実力を見極めてもらいたいし、人材育成も兼ねてだ。お前さんがもうすぐ去ってしまうから、うちとしても優秀な新人を探す必要があるんだ」

 コヨーテは再びため息をついた。

「わかりました」

 諦めたように彼が言うのと同時に、ヒチコックの視界のすみにアイコンが点滅し、クエストに誘われたことが通知される。

 ヒチコックはしっかり見て、ぱちりとウインクし、クエスト・ボードを開いた。


『賞金首討伐 悪質なプレイヤー・キラーを討伐する任務です。ターゲットとなるプレイヤー・キラーは以下の三人。


     チェリー・ブローバック

     ゴーマ

     ミタラシ


 いずれも生死は問わず。一人当たり7500Gの報酬。

                                   以上』



「ふうむ」ヒチコックはブローバック三銃士の名前を見て考えた。「チェリーって、桜って意味ですよね。となると、桜、ごま、みたらしで、こいつらは、だんご3兄弟だ!」


 笑ったのはロレックスだけだった。



 そして、その数分後には、ロレックスの屋敷に呼ばれた駅馬車で、ヒチコックとコヨーテは、だんご3兄弟が潜んでいるという宿場町に向けて出発していた。


 馬車は2頭立ての立派な物。座席は4人掛けで、二人ずつ向かい合って座る形式。そこに、ヒチコックとコヨーテの二人が対角線上に離れて座っていた。

 がたがた揺れる馬車のシートで、二人は無言で揺られている。


「おい、ジャリ」

「ヒチコックです」

「ジャリはなんで、ガンナーを選んだ?」

「最強だからです」

「へっ。んなことあるもんか。それは対人戦の場合だろ? ドラゴンやコングやクラーケンに拳銃でどうやって立ち向かうんだ。ガンナーなんてな、対人戦すなわち、プレイヤー・キルくらいにしか役に立たないくそ職業さ。プレイヤー・キラーどもを始末するようなダーティーなゴミ掃除屋。それが俺たちガンナーだよ」

「そんなことありません! ……って、俺たちってことは、おじさんもガンナーなんですか」

「誰がおじさんだ」

「あ、じゃあ、お兄さん」

「……いや、やっぱ、おじさんでいいや」

 諦めたようにため息をついて、コヨーテは頭のテンガロンハットを壁のフックにかける。

 中途半端なリーゼントの茶髪が帽子の下からでてきた。無精ひげの残る細面な素顔。皴が深く、眉は太い。眩しそうに細めた焦げ茶の目はしかめた眉の下でオオカミのように光っている。


 そして、ヒチコックは、腕を伸ばした拍子にちらりとのぞいた、コヨーテの上着の中に吊るされた銀色の拳銃を確認していた。ショルダー・ホルスターに収まった大型拳銃。ヒチコックのガバメントも大型だが、コヨーテの銃はもっとずっと大きい。


 その視線に気づいたコヨーテが、左手でゆっくりとスーツの襟をひらき、上着の中に隠された銃の姿をヒチコックにさらす。

 そうしておいてから、ゆっくり右手をのばし、ショルダー・ホルスターの中から銃を抜き取った。


 ヒチコックは目をみはった。

 それは、巨大なマグナム拳銃だった。美しい銀色の、大砲みたいなリボルバだった。



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