死織は腹を抱えて笑っている

第87話 トリックの種明かし


 カジノを後にしてウィスティン・ホテルのエントランスから出たあたりで、死織は我慢できずに笑いだしてしまった。

 一度堰を切ったように吹き出した笑いは、なかなか止まらない。つられて、一緒にいるイガラシも笑い出し、追いついてきたエリ夫も笑い出す。


「おっかしい! あのときのロレックスの顔と来たら!」

 堪えきれずにイガラシは膝をばんばん叩いている。


「ほんとですよ。まんまと騙されていた!」

 エリ夫も満足そうに肩を震わせている。


「いやー、痛快だったなぁ」死織は頭の上で腕を組んだ。「今夜のギネスはぜったいに美味しいな」


「えっ、えっ、でもでも?」イガラシが死織のチャイナドレスの裾をつかんで引っ張る。「なんでトランプの絵柄から変わってたの? あれ、どうやったの?」


「ははは、イガラシにはわざと説明しなかったんだ」死織は周囲を見回して、誰もいないのを確認すると、装備画面から武器を選択し、ストレージから『カルス』を取り出した。

 死織の指のあいだに、5枚のカードが出現する。


「え? トランプ?」

 驚くイガラシに、死織は説明する。


「これは、カードの形をしているが、魔法杖カテゴリーの武器なんだ」死織は指で弾いて、カードを飛ばした。手裏剣のように回転したカードは高速で飛翔して、そばの建物の壁に突き刺さる。「こうして飛ばして攻撃する。ダメージは小さいが、これが当たるとMPゲージが少し回復する。攻撃用というより、MP回復用の武器だな。で、このカルスをオリジナル武器で作成した場合、裏と表に好きな絵を描けるんだ。そこでエリ夫に頼んで、おまえに盗んできてもらったカジノのカードとおんなじ柄の絵を描いてもらい、それをカルスの表面にテクスチャーとして張り付けた。すると、あーら不思議。カジノのトランプと同じカードができあがるというわけさ。もちろん武器だから、装備を選択すればどこからともなく姿を現す。ほら、裏側はこう」


 死織がイガラシに見せたカルスの裏には、♥10や♣10といったおなじみトランプの数字とスートが描かれている。ちなみに、ロレックスの手札と被らないよう、このカルスのセットは9からKまでの5種類が用意されていた。


「すっごーい! 死織さん、天才じゃないですか!」

「へへ、いまごろ気づいた?」死織は慎重に周囲を見回すと、素早くカルスをしまった。「ここからは、ロレックスの監視や刺客が俺たちに付きまとうと思うから、みんな注意しろよ。いいか、これからが本番だ。みんな、油断するなよ。きっちり仕掛けて、あのロレックスのやつをギャフンといわせてやろうぜ」


 死織は壁に刺さったカルスを抜き取る。カルスは基本5枚セットで、全部最後まで投げるか、あるいは一定時間が経つと消失して手の中に再出現する。だから、いちいち引き抜く必要はないのだが……。


「ほお」死織は建物の壁に貼られた紙を見て、感嘆したような声を上げる。「見てみろよ、イガラシ。このポスターを」


「なに?」

 イガラシとエリ夫が、興味をそそられて近寄ってくる。


 その貼り紙にはこう書かれていた。


『求む、名剣! このたび、ある高レベル・プレイヤーの依頼により、当方では攻撃力の高い剣を探しています。もし、あなたの手元に優秀な武器があるのなら、是非お譲り願いたい。破格の金額で買い取りいたします。ご連絡はウィスティン・ホテル1階カジノもしくは、ロレックス邸まで』


「どういう意味でしょう?」

 エリ夫が首を傾げるが、死織はにんまりとした笑みを湛える。


「ロレックスの奴が、攻撃力の高い剣を欲しがっているってことさ。エリ夫、さっそく明日からアギトの工房に入り浸って、作ることになるぞぉ。攻撃力の高い剣をさ」

「え? 、そんなん作ってどうするんですか?」


「決まってるだろ」死織は不敵に笑う。「たっかい値段で、あいつに売りつけるんだよ」

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