ロレックスは勝利を確信する

第85話 ツーペアVSワンペア


 ロレックスは死織の言葉が聞こえなかったふりをして、笑顔を崩さなかった。

 相手はクレリック。ここでいきなり武器を取り出したりはしないはず。回復職であるため攻撃魔法も使えない。使えたとしても、魔法は味方にはダメージがない。

 やるとしたら、せいぜい殴りかかってくる程度だろう。


 だが、ロレックスの予想は、すこし外れた。死織の反撃は意外な方向からきた。


「仕方ねえ。そういうことなら、別の方法だ。おい、ロレックス。俺とポーカーで勝負しよう。俺が負けたら、なんでも言うことを聞いてやる。だが、もし俺が勝ったら、ヒチコックを返してもらう。それでどうだ?」


「話にならん」ロレックスは肩をすくめる。「俺にメリットが全然ない。やるんだったら、ベット・システムを起動させて勝負しようか」

「いいだろう」

 意外にも死織は勝負に乗って来た。まあ、乗ってくれるなら乗ってくれるでいいが。


「イガラシ、来てくれ」

 死織はすこし離れた場所にいたナース服の女を呼び寄せる。茶髪の長い髪が綺麗な、ミニスカートのナース。そういえば、あのヒチコックという少女ガンナーと一緒にいたのが、この女だったことを、ロレックスは思い出す。


「よかろう」死織は受けて立つとばかりに、両腰に手を当てた。「ベット・システムを起動して、ポーカーの勝負。一発勝負でどうだ?」


 ロレックスは、両掌を上に向けると、さも呆れたと言わんばかりに、肩をすくめてみせる。

「わかった。それでいこう。で、いくらで勝負する」

「100万G」死織は不敵に笑う。

「俺は構わないが、死織さん、あんたそんなにGを持ってないだろう。現状俺は、クレリックは要らない。あんたの所持金からして、10万Gくらいが適当なんじゃないのか?」


 死織は、ちょっと考えたようだ。

「よかろう。10万Gで勝負しよう。ただし、ジャッジにNPCは使わない。プレイヤー3人に判定してもらう。NPCの中に、おまえの配下が紛れ込んでいないとも限らないからな」死織は有無を言わせず押し切り、イガラシの肩をどん、と叩いた。「うちからは、このイガラシをジャッジにだす。おまえはその怖い顔の剣士さんをジャッジに出せ」


 ロレックスは苦笑した。慎重なことだ。NPCに配下を紛れ込ませるなんて、一体どうすれば出来ることやら。


「よかろう。だが、ジャッジは3人。あと1人はどうする?」


「ああ、なら、彼に頼もう」死織は、バーカウンターに腰かけていたプレイヤーに声をかける。「おい、君! そこの金髪の君! 君だよ、君っ! ……そうそう、君。すまないけど、ベット・システムのジャッジ頼めるかな?」


 金髪碧眼の美少年がきょろきょろしながら、こちらに近づいてくる。死織が事情を説明し、ベット・システムのジャッジになってくれるよう頼んでいる。美少年の胸のバッチには、「エリ夫」と表示されていた。この辺りでは見ない顔だ。旅人だろうか。


「じゃ、始めるか」

 勢い込む死織を制して、ロレックスは彼女をテーブルへ誘う。

「カードゲームは、座ってやるものだ。こちらの席へどうぞ。いま飲み物を注文するからさ。で、ジャッジの方たちには申し訳ないが、公平を期すために、テーブルのそっち側に立っててくれ。飲み物は君たちの分も用意するが、すまない、席はない」


 ロレックスは、黒服のボーイに手を上げて合図し、シャンパンを5つオーダーする。


 死織と2人、対面するようにテーブルにつき、ベット・システムを起動した。そこに何人かの名前が表示される中から、『死織』を選択し、招待する。


 テーブルの向こうで、死織が微動だにせず、視線も動かさずに参加承諾してきた。さすがはクレリック。目押しに関してはプロだ。


 次いで、ジャッジを選択。これにはNPCも入れることが出来るから、表示される名前が多い。右上の「プレイヤーのみ」ボタンを押して数を減らす。『エリ夫』『ダイブス』『イガラシ』を選択。「ベット」の項目から『G』を選択して、金額「100,000」を入力。『OK』を出した。


 ついで、死織も「100,000」Gを入力。『OK』を出してくる。こいつ、目押しが異様に速い。この能力、なにかに利用できないかと考えてしまうが、いまは勝負に集中するとき。おかしなミスはしたくない。


「よし、じゃあ、諸君。これから俺と死織さんで、ポーカーの勝負をする。勝負がついたら勝った方の名前をクリックしてくれ。インチキは無しだぞ。正直にやってくれ。といっても、ポーカーの勝負だからな、嘘のつきようがないから、そこのところはよろしく頼む」


 そう宣言すると、ロレックスはNPCのディーラーを呼んで席についてもらった。同時に黒服のメイドが、シャンパンを運んでくる。


 シャンパンが置かれるのを待って、ディーラーがカードを配り始めた。裏向きに、5枚のカードが、ロレックスと死織の前に並ぶ。


 ロレックスは自分のカードを確認するふりをして、カード越しに死織の表情を読む。

 愛らしい美貌のチャイナ娘は、むすっと口を引き結んでする。いい手ではないらしい。それを確認したのち、自分のハンドを確認する。



   ♦5 ♥7 ♥9 ♠9 ♣k



 1ペア。いい手ではない。


 3枚交換する。

 ベット・システムを使っているので、本来のポーカーとはプレイの流れがちがう。カードを交換し終えたら、そのままオープンして勝ち負けを競うことになる。細かい駆け引きはできない。



   ♦2 ♥8 ♣8 ♥9 ♠9



 3枚変えて、ハンドは2ペア。


 対面の死織は、4枚交換する。


 ロレックスは、細身のグラスの中で泡を立てているシャンパンを飲み乾した。

 すかさず、黒服のメイドが新しいグラスを運んできて、ロレックスの前に置く。その拍子に彼の膝の上に紙マッチを置いて戻っていった。


 あの黒服メイドは、一見NPCに見えるが、実はプレイヤーである。選択画面に出て来ないよう、今まで奥の部屋に隠れていてもらった。そして、当然ロレックスに多額の借金がある。


 ロレックスは内ポケットからシガレットケースを取り出すと、中から一本抜いて口に咥える。

 紙マッチを開き、一本折って指でこすり火をつける。しゅぼっという燐の燃える音と匂いがして、ちいさな炎が灯る。


 眉をしかめて、咥えた紙巻きたばこで火を吸い込み、紫煙をくゆらせながら、紙マッチの裏に書かれた細かい文字を見る。



   ♥2 ♥4 ♣5 ♠3 ♥J

       ↓

   ♣A ♠8 ♠7 ♣J ♥J



 死織は1ペア。


「どうする。もう一回交換するかい?」

 死織が不敵に笑って提案してくる。なかなかの女優だ。だが、交換の手には乗らない。このハンドで、ロレックスが勝つから。


「いや」ロレックスは首を横に振った。「何度も交換してたら、キリがない。ここで勝負しようぜ」


 ロレックスは、言うや否や、カードをテーブルの上に広げた。

 ハンドは2ペア。


 死織はそれをみて、口を尖らせる。残念だが、今回はカードが配られる前にベット・システムを起動したのだ。インチキはできない。カードの引きの強さが勝負を分けたわけだ。つまり、死織より、ロレックスの方が運が強かった。


 死織は不機嫌そうにカードを広げた。



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