死織、目覚める

第68話 ヴァンパイアの姉妹、推参


 びゅうびゅうと冷たい風が吹いていた。


「びぇっくしゅぅぅぅん!」

 盛大なくしゃみをして、死織は目覚める。

 なんだここは?と辺りを見回し、自分がほぼ全裸で鍛鉄の十字架に磔にされていることに気づいた。

 両手首とウエストを革ひもで縛られ、十字架に固定されている。おっぱい丸出し。パンツは、武士の情けで取り払われてはいないようだった。


 視界のすみのスタートボタンを目押しするが、反応しない。

 ははーん、さてはこれ、『拘束紐』だな、と自分の手首に目を走らせる。


 拘束紐とは、敵やプレイヤーを縛るためのアイテムで、これで手足を固定されると、画面のボタンを目押しすることができず、魔法もアイテムもまったく使えなくなってしまうのだ。

 誰だか知らないが、悪趣味な奴に捕まったらしいと気づき、そういえば……とふと思い出す。たしか、女湯でカゲロウに会ったんだっけ。まさかあいつの正体が女だとは思わなかった。われながら迂闊なことだ、と自戒し、シニカルに唇を歪める。


「やっとお目覚めですか? 死織お姉ちゃん」

 足元から声を掛けられ、死織はぎょっと目を剥く。


 さっきまで誰もいなかった場所に、小学校低学年くらいの女の子が立っていた。

 裾の広がった黒いワンピース。ひっくり返したカーネーションの花のように広がるスカートからは、白いパニエがのぞいている。三角襟には白いレース、胸にはピンクのリボン、袖にはフリルと、過剰かつ華美にデコレートされた、騒音のように五月蠅いゴスロリ衣装。

 星柄のストッキングに、厚底ブーツ。手には、テディーベアのゾンビのぬいぐるみ。


 赤茶の髪を縦ロールにした小柄な女の子は、片眼を黒い眼帯で覆っていた。中二病……なのではなく、片眼がないのだろう。


「おまえがノスフェラか? 片眼のヴァンパイア、ノスフェラ?」


「あたしのこと、覚えていてくれたの、死織お姉ちゃん? それ、すっごく嬉しいよ」


「いや、全然」死織は肩をすくめた。「すまねえが、綺麗さっぱり忘れている」


「はあ?」とたんに少女の声が裏返った。「ふざけるなよ、この地球人、低能な下等動物めが」


「その地球人にまんまと狩られたのが、おまえのお姉ちゃんだったらしいな。カーミラとかいったか? その隻眼も、もしかして俺にやられたの?」

 死織の嘲りの言葉に、ノスフェラの隻眼が怒りに燃える。

 片眼のヴァンパイアの怒りは、一瞬で沸点に達すると、こんどは逆に急冷したように目を細め、くつくつと喉の奥で笑った。

「どうやらあたしに、そのおっぱい、切り落とされたいらしいね」



「おやめなさいな、ノスフェラ」

 クリスタル器が打ち鳴らされるような澄んだ声が響き、ノスフェラは、はっと振り返る。

「お姉さま」


 死織は目を向けた。

 姿を現したもう1人の女。白いベールに顔を隠した背の高い女性。たしか昼間、この教会に馬車で乗り付けてきた聖女。彼女のうしろには4人の神官が付き従っている。

 女はベールを頭から剥ぎ取り、ながい赤毛を背中に垂らす。鮮血のように鮮やかな赤い目で死織を見上げ、乳のように白い頬を綻ばせた。唇を割って、長い牙が覗く。


「良い恰好ですわね、死織さん」

「お褒めにあずかり、光栄しごく」死織は微笑む。「あんたがモルガンかい? 待っていたよ」


 蝋のように肌の白い女は、すこし残念そうに眉をしかめた。

「がっかりですわ、死織さん。あなたに見せたいものがあったのに、記憶を失ってしまっているなんて」


 モルガンは白い聖衣の袖から指をだすと、ぱちんと弾いて背後の神官たちに合図した。

 4人の神官の壁が割れ、背後に隠されていた黒装束の姿が露わになる。

 黒装束は四つん這いであったため、その姿が隠されていた。神官のひとりが、その黒装束の首に繋がれた縄を手にしている。神官によって首に縄をつけられ、犬のように四つん這いで前にでる忍び装束は、カゲロウ。頭巾の中の目が、死んだように地面を見つめていた。


「せっかくお友達に会わせてあげようと思い、お仕事中のところを呼び出しましたのに」


 モルガンが手を伸ばし、カゲロウの頭巾を取り去る。

 茶髪が流れ落ち、腰までの長さがあるポニーテイルが地に垂れた。うつむき、意志なきごときその美貌は、大浴場で死織に襲い掛かったあの女。やはりあの女が陽炎カゲロウで間違いないらしい。


「やっと、皆さんそろってくれたわけだ」

 死織は笑った。

「待ってたぜ、モルガン。そして陽炎。おまえたちが揃ったところで、全員ブッ倒す。俺に恨みを持つノスフェラを倒し、前回はまんまと逃げおおせた長姉のモルガンを仕留める。そうすれば、敵の手に堕ちた陽炎も帰ってくるという寸法さ。おまえたちは、俺のことを捉えたつもりでいるんだろうが、逆だよ。俺は俺を囮に、おまえたちをおびき寄せたのさ。まんまとその罠にかかって、ここに勢ぞろいしてくれたお前らは、全員大間抜けというわけさ」


 モルガンが、銀器を揺するような澄んだ笑い聲をあげる。

「死織さん、よく状況をごらんあそばせ。あなたは捕らえられ、この古都ラムザはすでにわたくしたちヴァンパイアの手に落ちています。この状況で、どうやってわたくしたちを返り討ちにするというのでしょうか。死織さん、寝言は、寝てから言うものではなくて?」



 ボウッ!と音をたてて、オレンジ色の火球が夜空を走った。

 振り返ると、隣のビル、ホテルの屋上を、ウィザードが放った魔法『ファイヤー・ボール』が飛んでいる。

 そして、その火球に呼応するように響く銃声。屋上の一段高い場所から、拳銃のマズル・ファイアがぱっぱっと上がっている。



「そうかぁ?」

 死織は片眉をあげて、にやりとモルガンを見下ろす。

「俺の相棒は、いまだ健在みたいだけど?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る