第60話 大浴場で大爆発
「むう」
カエデの人間復帰に、カゲロウが唸り、ふたたび突入してきた。
ヒチコックは反射的に銃を忍者に向ける。が、忍者の突進は速い! あっと思ってトリガーを引き、銃が反動で跳ね上がる。その距離、優に3メートルはあったはずだが、忍者は残像を残して左右に転じながらヒチコックの銃弾をかわすと、あっという間に距離を詰めて横をすり抜けた。え?と思った時には鋭く跳躍してカエデに飛び掛かっていた。
「え? え?」
ヒチコックが振り返ったときすでに、カゲロウはマスクをずらして、鋭いその牙をカエデの首筋に突き立てていた。少し先に、蹴飛ばされてひっくり返ったイガラシの足が見えている。
「迅い!」
ヒチコックの驚愕は、吸血されるカエデの苦し気な嗚咽に掻き消される。
「あ、あああああぁぁぁぁーっ」
せっかく味方にもどってくれたと思ったカエデは、がくっと四肢を垂らしてくずおれると、次の瞬間のっそりと身を起こした。そして、赤い光を放つ両眼でヒチコックの方を睨んでくる。
「そんなぁ」
これじゃあ、シルバーチップで1人や2人、人間に戻しても、全っ然意味がない。あっという間に吸血しなおされて、ヴァンパイアにもどされてしまう。
「カエデ」カゲロウは、頭巾の奥の赤い眼を細めて命じる。「奥のボイラー室を爆破暴走させろ。この浴場ごと、全員吹き飛ばしてしまえ」
「かしこまりました」
カエデは、マジック・バトンから特大の火球を生み出すと、それを右手でむんずと掴んだ。
「げっ」
ヒチコックはうめく。
もしボイラー室が大爆発を起こせば、ヴァンパイアではないヒチコックとイガラシは助からない。絶体絶命である。
ヒチコックがどうすればいいか考えるよりも早く、カエデはセットポジションからバスケット・ボールサイズの火球を、ボイラー室がある方向へサイドスローで投球している。
「うそーん」
ヒチコックは駆け出した。
イガラシが、頭のてっぺんを押さえながら「あ痛てててててて」と立ち上がろうとするところへ、ヒチコックは全速力でタックル! イガラシの身体を抱いたまま、浴槽にダイブした。
もがいて抵抗するイガラシを力任せに湯に沈める。
ごぼごぼと泡を吹くイガラシを抱えたヒチコックは、地震のようなずーんとくる震動を遠く聞き、ついで周囲のお湯が重たく揺れて身体が揉まれるのを感じた次の瞬間、頭上の水面がかぁっと赤く染まるのを確認した。
驚いたイガラシが水中で目を見開き、ヒチコックを驚愕の表情で振り返る。そしてふたたび襲ってくる震動。
ヒチコックは浴槽の底に膝をつくと、イガラシを抱えたまま立ち上がる。
お湯を割って、身を起こし、銃を構える。浴室はほんの1秒かそこらで完全に様変わりしていた。タイルやシャワーノズルがすべて煤で黒く汚れ、火災のあとの廃墟みたいだ。
ランプが吹き飛び、辺りは暗い。
そんな闇の中、外の月明かりに照らされて2つの影が見える。これほどのガス爆発を受け、衣服を黒焦げにされながらも、いささかのダメージを受けた風もないカゲロウとカエデ。彼らは壁際から、赤い眼でこちらを睨んでいる。
ヒチコックは、シルバーチップが装填された銃を向けた。
窓がすべて吹き飛んだらしく、風が吹き込んできている。湯に濡れた軍服が、急速に熱を奪われ冷たくなってゆく。
銃口を向けられたカエデは反撃の体勢を取ろうとするが、カゲロウがそれを止めた。忍者の、頭巾の中の目が笑ったようにみえた。その瞬間、ヒチコックの隣でイガラシが「ぎゃっ」と小さく悲鳴をあげた。
「えっ」
イガラシにつづいて、ヒチコックも声を上げた。
腰まであるお湯が、すーっと流れていたのだ。
最初は心地よい温流であったものが、次の瞬間、苛烈な激流となってヒチコックとイガラシを捉えた。2人は声をあげる暇もなく、ズドドドドドッと音を上げて流れ出す浴槽の湯に押し流されて、窓際の壁に開いた大穴から、濁流とともにあっという間に外へ飛び出していた。
えっ!と思った時にはもう、ヒチコックの身体はイガラシとともに、回転しながら古都ラムザの夜空に投げ出されていた。
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