第37話 知恵と勇気


 死織の心に電撃が走った。

 ──これは、フラグだ。いま、俺は、フラグを立てたのだ!


 試しに、ヒチコックに顔を向けて訊ねてみる。

「おい、ヒチコック。おまえはなにか、ギャルラガーを倒す方法を思いついたりしないのか?」

「えー、あたしぃ?」

 首をひねるヒチコックを無視して、ジェームズが言葉を紡ぐ。


「100年前、この村には伝説の勇者がおりましてね。彼は知恵と勇気でドラゴンを倒したのだという言い伝えが残っております」


 死織はかすかにうなずく。

 間違いない。『ギャラルガーを倒す方法』というキーワードでフラグが立ち、ジェームズがヒントを与えているのだ。

 死織は今度はジェームズに尋ねる。

「お前は何か、ギャラルガーを倒す方法について、知っているのか?」

「いえ、わたくしは」ジェームズは否々と首を横に振る。「戦いの事はとんと理解できませんので」

「100年前の伝説の勇者は、どうやってギャラルガーを倒したんだ?」

「言い伝えでは、知恵と勇気だったという話です」


 死織は唇に拳をあてて考え込む。

 知恵と勇気? なんだそれは? 勇気は、そりゃー必要だろうが、知恵ってなんだ?


 カウンターから立ち上がり、フロアの中央に立つ。腕を巨乳のしたで組み、チャイナ・ドレスの裾を割って両脚を肩幅に開いた。

 慎重に店内を見回す。


 ここにはジェームズしかいない。もっとなにか、別のキーワードを言えば、彼は新しいヒントをくれるだろうか?


 ……いや、それはないな。


 死織はもう一度店内を見回す。

 シックな内装だ。もしこの店内に、なにかまだヒントが隠されているとするなら、それなりの『何か』が置かれているはずだ。が、店内にそれらしい物、すなわちヒントにつながりそうな物は、なにひとつ置かれていない。


「ありがとう、ジェームズ」

 死織はにっこり笑って手を挙げた。

会計チェックをたのむ」

「かしこまりました」


 事情の呑み込めていないヒチコックとエリ夫が、きょとんと死織の事を見上げている。

 死織は二人に、「今日はもう、お開きにしようや。作戦はまた明日、練ろうぜ」と告げた。

「でも、ギャラルガーが出たとなると、この村は危険な場所になってしまったわけで……」エリ夫は困惑した表情を見せる。「ぼくらは、このままここで絵を描いてたりするわけには行かなくなるわけで……」

 まあ、こいつの本音はそんなところだろう。

「安心しろよ」死織はにっこり笑う。「俺たちがこの村を出ていけば、ギャラルガーは来なくなる。きっと奴も、俺たちが討伐クエストを受けたことに気づいているから、案外旅に出た俺たちの後を追ってくるかもしれないぜ」


 これは、冗談ではなく、よくある話なのだ。

 ダーク・レギオンは、人間に対して強い恨みを持っている。復讐や意趣返し、そういったことを結構な確率でしてくるというのは、このダーク・アースではよく聞く話だ。


「まあ、それなら……。でも、だとすると死織さんたちが危険なのでは?」

 悲痛な表情をつくるエリ夫の目は、安堵に緩んでいた。

「なあに、気にするなって」

 死織は軽く手を上げると踵を返す。時間がもったいなかったのだ。ギャルラガーはすでに襲ってきている。時間がない。ここで軽口を叩いている場合ではないのだ。

 死織は、カウンターの上に銅貨を並べると、酒場『勇者の背中』をあとにした。


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