第36話 フラグ


「えっえぇー、ドラゴン倒さないのぉ?」

 ヒチコックは不満そうな声をあげる。

「倒さねえよ」

 死織はきっぱり言い切っておいてから、訂正する。

「だいたいあれは、ドラゴンじゃなくて、ワイバーン。飛竜だ。さっきのあの飛竜は、『光撃飛竜ギャラルガー』ってやつで、自由に空を飛べるうえに、口から生体レーザーを放つ強敵だ。俺はかつて、あいつ1匹によって8人編成のパーティーをわずか10秒で全滅させられたことがある。記憶ロストで詳しい経緯は思い出せないんだが、その恐怖の記憶だけは鮮明にフラッシュバックしてきやがったよ。……てか、それよりお前、そもそも『翼竜』と『飛竜』間違えたろ。それ、大違いだから! 全っ然、違うからっ!」


「でもでも、倒すと50万Gだよ」

「…………」

 死織は、ちょっと黙った。

 たしかに、それはおいしい。

 ……いやいや!


「だからって、倒せねえだろ。拳銃とか拳法とかで、どうにかなる相手じゃないってのは、おまえだって見てわかるだろ」

「そうだけどぉ」と不満げなヒチコックは、すかさず反対側のエリ夫を振り返る。「エリ夫さん、恐竜に詳しいんですよね。なんかあいつの弱点知りませんか? 唾液に弱いとか、まんじゅう怖いとか」

「昔話と落語をいっしょにするな」


「うーんと」エリ夫は、苦笑しつつもヒチコックの問いに一生懸命答える。「恐竜と飛竜はちがう生き物みたいだけど、似たところもあるね」

「え? そうなの?」死織は驚いた。


「はい。たとえば、あの翼。プテラノドン……あ、これはジュラ紀の地球にいた翼竜なんですが、それとあの飛竜、ギャラルガーでしたっけ、の翼膜は、酷似してますね。あと、あの尻尾。2足歩行の際に、尻尾と頭でバランスを取るのは肉食恐竜とおんなじです。たとえば、最大最強の肉食恐竜ティラノサウルスは、ゲームなんかとは違い、尻尾を切り落とされると死ぬといわれています」

「へえ」

 死織は、興味深くエリ夫の話に聞き入る。

「なんでまた、尻尾を切られると、死んじまうの?」


「バランスが取れなくて、歩けなくなるんです」ジン・トニックで喉を湿らせながら、エリ夫は語る。「2足で立って、長い尻尾と重い頭でバランスを取るんです。ティラノサウルスの頭部は大きくて重いのですが、ギャラルガーの場合は長い首で、尻尾とのバランスを取ってますね」

「じゃあ、尻尾を切ればいいんだ!」

 ヒチコックが閃いた!とばかりに声を上げる。

「なにを使って切るんだよ」死織は口を尖らせた。「俺の格闘スキルか? おまえのガバメントか?」

「ぶー」

 ヒチコックは不機嫌に口を尖らせる。



「尻尾を切り落とすのは、たしかにそれ専用の大剣が必要ですね」

 エリ夫が大真面目にうなずく。

「が、そんな武器は、ここの村のLVでは売ってないし……。あと、翼竜の翼膜に穴をあけるって方法もあるんですが、ヒチコックちゃんも使ってたけど、あれは合理的ですよ。翼竜は翼膜に穴が開くと飛べないんです。これはコウモリなんかも同じですが、現代の鳥のように、羽ばたいて上昇するということはできません。高いところから飛び降りて滑空します。なので、地面に着陸することはないです。が、ギャラルガーは着陸して、あの頑丈な2脚で疾走し、その勢いで飛び立っていました。あのあたり、普通の有翼動物とはちがいますね」


「ふうむ」

 死織が考え込んでいると、ジェームズがオーダーを取りに来た。死織たちのグラスが空であることに気づいたらしい。


「次はどうされますか?」


「いや、やめておこう。違約金を稼がなきゃならないし」

 死織は肩をすくめた。


「飲めばいいじゃないですか」エリ夫が笑う。「ぼくが奢りますよ。XYZエックスワイジーとかどうですか? あれが、最後に飲むカクテルなんですよね」

「よせよ、XYZとか最後とか」死織は苦笑した。「あとがないみたいで、縁起がわりいや。んなもん飲んでる暇があったら、ギャラルガーの倒し方でも考えるよ」

 死織は軽い気持ちで軽口を叩いたのだ。しかし、そばにいたジェームズは大真面目に答えた。

「100年前、この村には伝説の勇者がおりましてね。彼は知恵と勇気でドラゴンを倒したのだという言い伝えが残っております」


 その瞬間、死織ははっとジェームズのことを振り返る。雷に撃たれたような衝撃が、死織の心を走った。そう、これは……。


 フラグだ。今、死織はフラグを立てたのだ!!


 フラグが立って、ジェームズは今、さっきと同じセリフを繰り返したのだ!



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