第2章 『伝説の村のモンスター・ハント』
その少年は槍ではなく絵筆を握っていた
第28話 風景画を描く少年
その少年は、LV3。エリ
彼がいつも手にしているのは、絵筆。それとスケッチブック。
彼はもともと争いを好む性格ではない。自分のゲーム・キャラクターも、金髪碧眼の美少年であり、剣士には到底見えないものだった。
この『ドスレの村』には教会があり、その教会の特殊クエストに『絵画納品』というものがある。スケッチブックに絵をかいて持っていくと、いくばくかのGになるのだ。
エリ夫はこの村に来てすでに数か月。この『絵画納品』というクエストをこなして生活していた。
朝起きて、村の鉄柵の外、お気に入りの岩のうえに腰を下ろし、ドスレの村の豊かな田園風景を見下ろしながら、悠然と草を食む羊や、その羊を追う羊飼いの少年のピーターや、わんわん走り回る牧羊犬を描くのだ。夕方までに1枚書きあげ、教会にもっていってGをもらう。そうすれば、一泊の宿代と日に3度の飯代にはことかかない生活が送れる。いまのエリ夫には、十分幸せな毎日であったのだ。
ドスレの村は、えんえんとつづく田園地帯の中にあった。
黄金の小麦畑がひろがり、街道の周囲には、膝にもとどかない背の低い草の絨毯が、なだらかに波打ちながらどこまでも続いている。
エリ夫は今日も、この豊かな草の絨毯の上で、ゆったりと群れている羊たちを眺め、絵筆を動かしている。が、彼ははっと気づいて、ピーターへ大声で叫んだ。
「ピーター! 翼竜だ! いったぞ!」
岩から立ち上がり、声を張り上げる。
遠くの森から飛来した黒い悪魔が、羊を狙って急降下してきたのだ。
「ピーター、逃げろ!」
ドスレの村は、平和な場所だ。だが、ここにもダーク・レギオンは現れる。翼竜は、だいたい昼すぎ、3匹から4匹の群れで飛来してきて、急降下から羊に襲い掛かる。場合によっては、人間も襲うのだ。ピーターのようなNPCはもちろん、エリ夫のようなプレイヤーすら、ときとして襲われる。
「ヒチコォーーーーク! 来たぞぉーーー!」
大声をあげて草原を駆け下りてくるのは、赤いチャイナ・ドレスのお姉さん。最近この村に到着したプレイヤーの死織さんだ。クレリックである。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁーーーー! 遠ぃぃぃぃぃぃーーーー!」
その後ろを、黒い軍服のスカートを跳ね上げて全力疾走する女の子はヒチコックちゃん。珍しいガンナーというジョブの子。
「ヒチコック! 早くしろ! 逃げられちまう!」
「死織さん、魔法、魔法! ストロンかけてくださいよ!」
「もうかかってるから、早く撃て!」
ヒチコックちゃんが、銃を構えて引き金を引く。
パン、パンと乾いた音が丘陵に響き渡り、羊の背中に噛みついていた翼竜が、背中から血しぶきをあげて、倒れた。
翼竜は、巨大なコウモリに似た怪物である。翼を広げると約2メートル。が、翼にくらべて身体は小さく中型犬くらい。そんなに手ごわい敵ではないのだが、空を飛ぶので捕まえるのが大変なのだ。
ヒチコックちゃんは、羊の背中に齧りついた1匹目の翼竜を確実に仕留めると、逃げようとする2匹目の翼を撃ち抜いた。
翼竜の翼は、皮の膜である。翼膜というやつだ。これを撃ち抜かれると、空を飛ぶことが出来ない。空を飛べない翼竜は、ただのオオカミだ。といっても、その口は異様に大きく、犬なんかに比べると危険な動物なのだが、ヒチコックちゃんは、的確に銃を撃ち、これも仕留めた。
ピロリロリーン! というファンファーレが響き、彼女のLVが2にあがったことが、エリ夫の視界のすみに表示された。
「ヒチコックちゃーーーーん!」エリ夫は大きく手を振って、声をあげた。「レベルアップ、おめでとうーーー!」
こちらに気づいたヒチコックちゃんが、大きく手を振ってくれた。遠くてその表情まではよく分からないが、ぴょんぴょん飛び跳ねる彼女は全身で喜びを表現していた。
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