ヒチコックはそのとき、トリガーを引いた

第19話 きっとオオカミなんか撃てなかった


 ヒチコックは憔悴していた。

 馬を殺すのは、すごくつらかった。これがゲームで、それが実物の馬ではないと分かっていても。

 しかし、死織の話では、馬を殺さないと、みんなを助けられないという。そして、馬も殺せないガンナーでは、ゴブリン100匹の集団を相手にしても戦えないと。


 たしかにそうだと思った。

 今朝、森に行ったときも、いまの自分がオオカミなんか撃てないことを、ヒチコックはなんとなく気づいていた。もし万が一オオカミに出会ったとして、自分は恐怖から、あるいは躊躇からトリガーを引けず、また死織に助けられたか、あるいは食い殺されるかしていたことだろう。なんとなく、それがわかっていたのだ。

 死織はそこまで読んで、ヒチコックに馬を殺させに行った。



 厩に行き、ぶるるっと鼻を鳴らしてヒチコックの匂いをかぎにくる、愛らしい澄んだ瞳の大きな動物へ、彼女は心を鬼にして銃を向けた。

 この馬に罪はない。自分がしようとしていることが、清く正しく美しいことでないのは十分承知している。

 しかし、彼女はここへ、戦いに来たのだ。銃で敵を撃つためにきたのだ。



 ヒチコックが生まれる前。いまから20年前に、地球と空間座標が重なるが相互作用はしない『アナザー・ブレイン』から、ゲートをくぐって突如『ダーク・レギオン』が侵攻してきた。


 そのとき開孔されたゲートは世界で3つ。フランスのパリとオーストラリアのシドニー。そして日本の宇都宮だった。

 当時は大変な被害が出たらしい。生まれるまえのことなので詳しく知らないが、宇都宮で暴れる巨大な8足の魔獣『ケルベロス』という怪物に対して、通常の兵器はいっさい通用せず、日本はとうとうフランス、オーストラリアにならって市街地での核兵器の使用に踏み切った。


 いま現在でも、当時の核攻撃による残留放射線物質の影響を考慮し、宇都宮一帯のエリアは立ち入り禁止であり、疎開した栃木県民は、疎開先で、栃木県出身であることを必死に隠しているという。


 ゲートをくぐって攻めてきた、たった3匹のダーク・レギオンによって、地球はめちゃくちゃにされたのだ。


 その直後、『ハルマゲドン計画』が発動され、アナザー・ブレインのダーク・レギオンは電脳世界に構築されたダーク・アースに封じ込められた。だが、もしこのダーク・アースでヒチコック達ゲーム・プレイヤーが敗北すれば、ゲートをくぐって大量のダーク・レギオンが地球に攻め入ることになる。そうなればもう、地球に彼らを止める力はない。ここで、ヒチコックたちが食い止めないと、ダーク・レギオンは地球上の人類をすべて喰い尽くしてしまうことだろう。



 ヒチコックは愛らしい馬に銃を向けると、目をつぶってトリガーを引いた。

 ばんっ!という銃声が厩の中に響き、どすんと音をたてて馬が地面に倒れる。いななきひとつ上げなかった。

 横倒しになった馬は、すぐさま細かい光の破片になって崩壊し、きらきらと舞い上がり、昇天してゆく。

 ヒチコックは唇を噛み締め、2頭目の馬に銃を向け、トリガーを引く。次からは、しっかり目を開けて撃った。自分のしたこと、していることから、目を背けないために。


 3頭の馬を殺し、残り1頭を残した。怯えて足踏みしている生き残りの1頭に背を向けると、ヒチコックは重い足取りで歩きだす。手にした銃のセイフティーをかけ、ホルスターにもどした。いつもの銃、45オートがこのときはひどく重く感じられた。


 もどって、馬を殺したことを死織に報告すると、彼女は「おっぱじめるぞ」と告げて酒場に向かった。

 そして入り口のドアを勢いよく押し開け、中で大騒ぎしているキャラバン隊相手に大声で叫んだ。


「大変なことになったぞ! ゴブリンが忍び込んで馬を殺して逃げた! ゲート囲いだ! この村はすでに、ゴブリンの大軍に包囲されている。もう逃げ場はないぞっ!」



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