現代怪奇

疲労コンパイン

1.バックドア

 ──以下はTさんの体験談である。


 つい何日か前の夜のことだったと思います。大学のレポートの作成に追われて私は栄養ドリンクを片手にパソコンの前に張り付いていました。目は疲れて肩も酷く凝っていて、早くすべきことを終わらせて寝てしまいたいという一心でひたすらタイピングに打ち込んでいました。工学部というのはレポートの提出がバカみたいに多いもので、毎晩をレポートの作成のために時間を割かねばならず、朝早くからの講義に出ないといけなかったために睡眠時間は全くと言えるほどに取れていませんでした。


 徹夜が続くと人はおかしくなっていくものです。ストレスを自覚してはいましたが、そのころ既に私はだいぶ限界が来ていたように思います。なにせ、レポート作成が楽しくて仕方なく感じていたのですから。もういっそ、もう一晩眠らないで行ってみようとまで考えていました。明らかに異常でした。


 ハイになっていたためかもしれません。その日は意外と早くレポートが完成したのです。ボーカロイドの楽曲を聴きながら作業をしていると、不思議といつも早く完成しているように思っていましたが、その日は本当に早かったのです。ええ、大体40分くらい早かったかと。テンションこそおかしいくらいに上がっていましたが、終わったと声を出すと同時に自身の体に限界が来ていることに気付きました。これはもう早く寝たほうがいいな、そう思ってパソコンの電源を落としたとき、それがあることに気付いたのです。


 暗転した画面に映る私の姿、その後ろに明らかに自室の内装から浮いている意匠の開き扉。それは緑あるいは黄色をしていて、異様な存在感を放ちながら背後にそびえていました。それに、どうにもそれは少しだけ開いているように見えました。いえ、その場に扉だけがあるのに開いているという表現は少々おかしいかもしれませんが、そうとしか形容できなかったのです。しかも開いた隙間から、何かが覗いていました。


 黒い画面に映ったものしか見ていないのでそうだとは言い切れませんが、その覗き見るものは、どうにも男のようでした。目を大きく開いて、こちらを凝視していました。目が合いそうになりましたが、防衛本能が働いたのか目をすぐに背けることに成功しました。


 私は一瞬、疲れから変なものが見えたんだろうと思いました。冷静に目薬を差しイヤホンを耳から外したところで、背後から唐突にバタン!という扉が勢いよく閉まる音が聴こえたのです。心臓が口から飛び出たかと思いました。恥ずかしながら、私は大声を上げながら椅子から転げ落ちてしまいました。


 背後をすぐさま振り返りましたが、そこには何もありませんでした。本当に、何もなかったのです。先ほどまで異常な扉があったようには到底思えませんでした。その日はびくびくと直前の恐怖体験に怯えながら、すぐに眠ることにしました。


 翌朝、私のベッドのすぐ横に心当たりのない黄色にペンキが塗られた木の破片が大量に落ちていました。眠っている間に、あの扉と男が現れていたのかもしれません。そう思うと怖くて怖くて、私は朝食を食べもせず急いで家を飛び出して大学へと向かいました。


 恥ずかしながら、この経験以来私は家で一人で居られなくなってしまいました。いつあれが現れるのかがわからないので、怖くて仕方ないのです。今は近所の友人の家に寝泊まりしています。おかげでだいぶ心が楽になったように感じています。


 ただ、友人の家に見覚えのある黄色い扉があることだけが、今の唯一の気がかりです。

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