異世界転生課を辞めたい女神様

置田良

仕事は三年は続けなさい?


 人間界の視察と称し、駅前の居酒屋で、その女神様は先輩と共に酒に溺れていた。

 個室で周りから見えず、なおかつ周囲は大学生の集団と思しい騒ぎ声が満ちている場所でこそ、彼女たちは自由に話ができるのだという。


「辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい辞めたい。転生の仕事なんかしたくねぇっつーの! ああもう、配属ガチャ外れ引きましたわぁ……!」 


 見てくれだけは良い女神が、両腕にビールジョッキを抱えながら、荒い言葉遣いで捲し立てる。

 その女神に先輩と呼ばれている方が答えた。


「わかったわかった。三年。まず三年配属された部署で頑張ってみなさい。それでもまだ別の部署に行きたいって言うのなら、私の方から人事に掛け合ってあげるから」

「うおー! さすがコネ入社先輩! 女神訓練学校のときからお世話になってますう!」

「コネ入社言うな。とにかく辞めたいなんて話、異世界転生課の人たちにいっちゃあ駄目よ?」

「当たり前じゃないっすかー。ああ、唐揚げおいしーい!」



   ◇



 ――そして、三年が経った。正確には、二年と十一ヵ月が経った。


 三年前騒ぎ立てた女神は、今や一人の女子高生を前に引継ぎの説明を行っていた。耳を傾けているのは艶やかで長い黒髪が特徴的な少女だ。


 穏やかな日射しが降り注ぐ見渡す限りの平原、天国の最下層でのことである。


「わかりましたか? つまり、貴女を独り立ちさせれば私は晴れてこの課からおさらばできるのです」

「はい。質問です」

「どうぞ」

「なんで人間わたしが引継ぎ相手なんですか?」

「一言で表すと人材不足です。今年、天界では新卒採用を行わなかったらしくて、当然異世界転生課ウチにも新人はこなかったのよ。でもどうしてもここを辞めたかった私が、引き継ぎ相手として、学校の屋上からフォールダウン中の貴女をキャッチ&キッドナップしたというわけ」


 女神はいつの間にか、古典的な泥棒が着ける渦巻き模様っぽい緑のバンダナで体をグルグル巻きにして答えた。少女はそれをガンスルー。


「もう一ついいですか?」

「どうぞ」

「なんで異世界転生課がそんなに嫌なんですか? わたしたち位の年代だと、異世界転生したいって言ってる人がリアルにいるレベルなんですけど」

「……これから言うことを復唱してごらんなさい。『異世界転生する皆様をご支援する、とてもやりがいのある仕事です! 異世界転生する方からのという言葉が何よりのご褒美です!!』――どう思った?」

「『異世界転生する皆様をご支援する、とてもやりがいのある仕事です! 異世界転生する方からのという言葉が何よりのご褒美です!!』――ブラック味に溢れてますね……」

「でしょう? 下手な人間を転生させると、転生したやつにもクレームを付けられるからね。やれ能力がしょぼいとか、やれお母さんに会いたいだとか。もっと面倒なときは向こうの世界の神様からクレーム来るし。だからといって、優秀なやつを送っちゃうと、今度はこっちの世界の神様お上から『なぜあの人材を流出させたのじゃ!?』とかいわれんのよ? やってられないっしょ」


 二人はそろってため息をついた。


「言っておくけど、こんな話聞いたからって辞めようとしないでね」

「どうせ文字通りの意味で拾われた命ですし、従いますよ。それに……それこそわたしは、クレームレベルに取り柄のない、つまらない人間ですから。わたしなんかいてもいなくても、世界は誰一人変わりません」


 女神はそんなことを言う少女のことを、冷めた目でしばし見つめた。けれど特に何を言うわけでもなく、もう一度ため息をつくと、仕事に必要な道具を手渡した。


「それじゃあ、はいこれ。水晶よ。これを使って下界のことを遠見できるようになりなさい。それが終わったら、異世界転生候補者の見分け方を教えるから」



   ◇



 人間界の視察と称し、駅前の居酒屋で、その女神様は先輩と酒に溺れていた。


「で、その女の子には逃げられちゃったと」

「辞めたいと言われても、ホントは先輩みたいに三年は続けてみろって言うつもりだったですけどねぇ」


 この女神たち、今日はしっぽりと日本酒を嗜んでいた。


「でも遠見の練習中、自分の眠ったままの体を見つけて涙ながらに『もう一度生きさせてもらえませんか?』って言われちゃったら、断れないじゃないですかー」


 連日、彼女の体のもとには見舞いが来ていたのだという。


「どーせそれもアンタの狙いだったんでしょう?」

「……まあ、どっちに転んでも私にとって後味が悪くないようにはしたつもりですけど」

「そういうところ、なんだかんだ転生課に向いてると思うわよ?」

「えー……」


 そんなことないとブツクサと言う後輩のことを、先輩は温かい目で見守った。


「ま、ともかく。配属されて三周年、おめでとう」

「ん。どーもです」


 二人は再びおちょこを掲げ、ちびちびと酒をなめる。


「石の上にも三年、とはよく言ったものよねー」

「石なんざ暖めた覚えはないですけどねぇ……」

「なに言ってんの。女神わたしたちは天界から暖めてるでしょう? 地球いしを」

「……先輩、そのオチは苦しいっす」

「酔ってんのよ、ほっときなさい。あ、でも人のを暖めてるという――」

「先輩、もう止めましょうって!」


 後輩の成長に、先輩は酒が進んでいたとかなんとか。


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