第28話 灼熱の吹雪



 エースの想いがこもった拳により、森の中で最後の戦いの幕が開けた。


 風による速度のブーストを受けた攻撃は、先ほどの戦闘よりも遥かに速い速度で一発を入れていた。そのため、その拳を受け身を取る暇もなく受けたエアードが、幾本かの木々を通り過ぎながら吹っ飛んでいく。



 しかし、今相対しているのはエアードだけではない。1対2であることの利点を生かし、隙の出来たエースにフォーティスの凶刃が迫る。剣を構えてエースを殺すべく迫る姿は同じだが、先ほどとは勝手が違う。


 反応が間に合ったエースは振り向きざまに高速造形した剣を振るい、そのまま鍔迫り合い状態となる。重なり合う剣を挟んで、言葉が交わされる。


「また殺されてぇみたいだな!」


「殺されるつもりはないな!」


 両者が一度今の状態を解除し、剣と剣が離れる。次の行動に移ろうとするエースよりも早く、フォーティスがエースの右側に回り込もうとするが……


「読めてるよ」


 そんなセリフを言ったエースの体当たりが、剣を構えたことにより隙の出来たフォーティスよりも速く入る。


 エースの剣を振り上げたモーションは、わざと隙を作ってフォーティスを誘導するためのフェイク。それを見抜けずにエースの攻撃がクリーンヒットし、フォーティスは受け流せずに後ずさる。


「『リオート・ヴィント・フルバレット』」


 そこに追い打ちをかけるようにして、容赦ない氷の雨がフォーティスへと降り注ぐ。風によってさらに速度を増し、加えて途切れない攻撃は1本の剣では防ぎきれず、フォーティスをそのままさらに後ろへと押していく。


「隙だらけですねぇ……!!」


 その間に、いつの間にか吹き飛ばしたはずのエアードがエースの背後に回る。発言から魔法発動までの間の時間はほとんどなかった。


「ほらよっ!」


 だがしかし、その攻撃はそちらを振り向くことなくエースが形成した氷の厚い壁で簡単にシャットアウトされた。エアードが何度も魔法を打ち付けるが、そう簡単に壊れるような様相は見せていない。


 エースの操る氷属性は、地属性に次いで防御力の高い属性とされる。造形をある程度極めれば壁の高速造形など容易く行えるからだ。炎に弱いという点から次点に甘んじているものの、操作性では地属性など軽くしのぐ。


 そんな属性に対して、一発に難のある風属性魔法は相性が悪い。季節が夏であるが故に耐久性にはやや不安が残るが、元々数撃って当てるタイプになら十分な効果がある。


「この攻撃ならどうだ!!」


 予想より早く復帰したフォーティスが、氷の雨を凌いだ後にエースへと迫る。


「くうっ……!?」


 先ほどと同じ勢いに任せた攻撃は、軌道としてはこれまた同じく単調。しかしながら速度のせいで勢いがつき、加えて少し反応が遅れたエースは、完全に衝撃を流しきれずにそのまま後ずさる。


 そしてフォーティスの向こうからは、魔法を発動しようと構えているエアードが見える。


――まずい……っ!


 確実にロックオン状態となっているが、フォーティスのせいで避けようと思っても避けられない。


「ぐはあっ!?」


 フォーティスが開けた道筋から来る魔法を、エースはまともに食らう。叩きつけられた風の刃に切創を作りながらも持ちこたえたが、目の前にはまだ2人が残っている。


 早めにどちらかを潰さなければ、長引いて根負けするだろう。ミストの魔力はもうほとんど残ってないことから、仮に誰かを呼びに行くにしても相当時間がかかる。せめてその間だけでももたせなければならない。


 アドレナリンが出ているのかあまり痛みを感じないまま、エースはさらに戦いを挑む。


「せああああっ!!」


 先にエースが狙いを定めたのは、近接戦闘を担当していたフォーティスの方である。剣を投げ捨てて、拳に氷を纏い、剣撃をかいくぐって撃ち込もうとする。


 対するフォーティスはエースを切り伏せようと振りかぶる。互いに風の力を纏うため、速度は元々早い方が上回る。


 その結果、速度で上回ったのはエースだった。全体重と風の力を乗せて放ったボディーブローが、フォーティスの身体をぐらつかせる。剣は振り下ろされることなく落ち、フォーティスがふらつく。


「俺が負けるわけねぇだろうがぁっ!!」


 火事場の馬鹿力とでも言うべきものを発揮するかのように、フォーティスのアッパー攻撃が繰り出される。振り切った体勢であるために、エースは避けられずに一発もらい、そのまま後ずさりをする。


 そこに、待っていたと言わんばかりに背中へ突き刺さるエアードの魔法。背中へと刺さったのは、先ほどミストの使用した『ヴィント・ソニックファイア』。


「おらぁぁっ!!」


 しかしエースは倒れることなく、自分を中心にして強烈な風を巻き起こし、そこに氷の礫を混ぜてエアードとフォーティスを同時に攻撃する。追い打ちをかけるようなエースの攻撃を2人が浴びた後、些細な行き違いが起こる。


「おいエアード、貴様しくじんじゃねぇ!」


「しくじってませんよ!! ちゃんと当てました!」


 どうやら、相手の方は当たったかどうかの認識の齟齬があるらしいが、実際はきちんと当たっている。回避も防御もせずに当たっているので、それによるダメージは確実にある。


 ただ、そのダメージをかき消すほどのアドレナリンが出ているために、エースは動けていた。死力を尽くししてでも叶えたい願いと、やらなければならない償いが今のエースを動かしている。


 言葉の投げ合いによって出来た一瞬の隙は、今のエースにとっては十分すぎた。フォーティスへと急接近し、そのまま攻撃を繰り出す。


「ぶっとべ!!」


 フォーティスの右横の位置から、風を纏った拳を繰り出すエース。全体重を乗せて隙だらけの身体に放つ拳は、肉の感触をダイレクトで伝えるが、そんなものはすでにお構いなしの領域に入っている。


「ふぐおっ……!?」


 横っ腹を殴られたフォーティスはついにダウンの兆候を見せ始めた。よほど深く入ったのかふらつきながらどうにか踏みとどまっている様子である。


 当然のことながらその隙を狙っているエアードの魔法の詠唱がもう終わりへと来ていたが、掌に生成した小さな氷クナイをエアードに投げつけることで一瞬だけ気をそらさせて、発動はファンブルさせる。


「ぐううぉぅ……」


 容赦ない攻撃の雨に、必死にこらえるフォーティスだったが、終わらない攻撃には反撃の糸口がつかめなかった。エアードも狙いを定めているが、あまりにも位置が細かく変わるために照準が定まらない。


 

「何だよテメェ……悪魔か何かかよ……」


 止んだ拳の雨の後にあったのは、息絶え絶えとなったフォーティスの姿。氷で殴られたことで破けたローブがその攻撃を物語っている。エースも魔力を相当使ったが、元々手加減して勝てる相手ではない。


「『リオート・ツインキャノン』!!」


 ラストアタックとした攻撃も容赦はせず、エースの生成した氷塊が2つ、それぞれ1つずつフォーティスとエアードの方へと発射する。ダメージの蓄積により避けることの出来なかったフォーティスは、その勢いのまま森の中を吹っ飛んでいった。


「……ぐほぁ」


 そしてそのまま、地面に倒れこむ。容赦なく叩きのめされて、現実を一瞬見た後に、その意識を切り離した。



「ぐああああっ!?」


 それを見届けるように見てしまったことが、エースに出来た明確な隙であった。飛んできた魔法が、エースの魔力を奪っていく。


「1人倒しただけでいい気になってるからですよ」


 直撃を避けていたのかダメージの増えていない様子のエアードは、自分の魔法が当たったことを見てやや明るさを帯びた声でそう言い放った。


 エアードが唱えたのは、先ほどミストにも猛威を振るった魔法『ヴィント・ダウンバースト』。『ヴィント・ドレイン』と同じく相手の魔力を奪う魔法だが、ドレインと違って相手の魔力を周囲に霧散させるだけである。しかし、戦闘中において効果は高いことに変わりはない。



 攻撃を受けたエースは、一度に魔力を大量に失ったことで急激なめまいと吐き気に襲われた。たまらず地面に膝を突き、胃の中のものを吐き出すように咳き込む。視界に映るものが歪み始め、さらに視界がぐるぐると回り、攻撃を受けたのか身体が宙を舞う。


 再び揺らぐ視界の先に、エアードの姿。何か分かった瞬間に、エースの意識は覚醒し、開幕した時よりもさらに早い一発をお見舞いする。


「なんだこの力、でたらめじゃないか……っ!!?」


 先程までふらついていたはずの相手が、自分の目の前にいる。本来なら属性の関係上速度では圧倒出来るはずのエースが、今はアドバンテージを持っている。


 その2つの事実が、どうやらエアードの視界に映るエースを得体の知れないものに変えていたようだった。


「この忌み子が……悪魔がぁっ!! 『ヴィント・テンペスタ』!!」


 それが言葉として、詠唱と共に口から吐き出される。相手を近づけまいと放った魔法は風の渦を大量に発生させ、辺りの木から葉っぱを根こそぎ吹き飛ばしていく。


 しかし、エースは全く動じることなく、全く同じ魔法を逆向きの風で放っていた。数秒後に吹き荒れながら重なった2つの魔法は、打ち消し合って綺麗に消滅する。思い通りにならない現状に、エアードは苛立ちを吐き捨てた。


「僕の思い通り、いなくなればいいんだよ……。お前がいなくなるだけで、世の中はもっと幸せになれる……!」


 それは、この世の中の3割ほどが信じており、それらを加えた9割近くの人が伝記や絵本で教えられてきたあろうことを、都合よく言い換えただけ。本来は、『同い年の兄弟が争いによって国土を荒廃させた』という、権力争いを描いただけのこと。それが一家の安寧を願うが故に作り出されてしまった、妄信になっている。


「それは、お前の妄想だろ」


 だからこそ、エースがこう言い放てば、その慣習の中疑うことなく生きてきており、現状に不満を持つものは苛立つしかない。安寧の地を奪われるも同然なのだから。


「口答えをするな不幸の塊がぁぁ!!」


 正直言って言葉を吐き出すのすらも辛く感じる中で、エースはエアードの言葉をバッサリと切り捨てた。


「お前がどう思ってるとか、何がしたいとか、はっきり言ってどうでもいい」


「ならば、僕の前に立つなぁぁぁっ!!」


 フォーティスが取り落とした剣と自らが持っていた剣を振り上げ、風の勢いと共にエアードが突進をする。


「断る!」


 エースは、再び生成した二振りの剣で応戦する。氷と鉄がぶつかり合うのを挟んで、両者の視線がぶつかる。傷だらけでぶつかり合う両者は、一歩も譲らない。


 一方は、世界が信じる考えを、己の欲望に織り交ぜて。もう一方は、ただひたすらに、未来にある己の欲望だけを見て。


 ただひたすらに、自らの願いを叶えようとしている。


「お前がいなければ……お前さえいなければぁっ!!」


 思考のリミッターが外れたのか、叫びながらエアードが迫る。


「僕の想いは、フローラさんに届いたかもしれないのにィッ!!」


 それがきっと、自分に刃を向ける本当の理由なのだろう。双子に、ではなく、エース・フォンバレン個人に対しての恨み。


 エースのことを嫌う生徒の中には、何故フローラが親しくしているのかを理解できない、という考えの人もいる。エアードもそのような考えを持っているからこそエースに対して、このように激情しているのだろう。


 だが、分かったところで、動きを止めることはない。今のエースにも、叶えたいものがあるのだ。


「俺だって伝えたい想いがあるんだよ!!」


 慣れ親しんだ武器を手にしたエースの高速で奏でる剣舞は、付け焼き刃の技能で太刀打ちできるものではなかった。エアードの持つ二刀を破壊し、エースも吠える。


「ならばまだです! まだ終わりませんよ!! 『ブラム・エクスプロージョン』!!」


 もちろんエアードも本気である。ポケットに隠し持っていたのであろうマジックペーパーを1枚握りしめ、1回限りの炎魔法をエースに当てる。


「がふあっ!?」


 爆発に巻き込まれたエースは、衝撃で手の中の二刀を手放し数メートルもの距離を転がっていく。地面によって汚れ、血を吐き、衝撃に顔をしかめながらも立ち上がる。



 そして、風属性魔法による高速移動と、氷属性による攻撃力のブーストをもって、エースの拳が再びエアードに炸裂する。勢い十分の拳がもたらした衝撃が、相手の身体を突き抜け、エアードも傷だらけの身体を悶えさせる。


「ぐほぁ……!?」


 振り切った体勢から数秒間動かないエース。一発一発を、命を削りながら撃つ気分である。


 正直なことを言うと、ミストにあの時魔力を渡してもらっていなければ、フローラにも渡してもらったとはいえすでに魔力切れで倒れているだろう。普段感じているもの、見ているものが双子としてのデメリットならば、今エースは双子としてのメリットに助けられていることになる。



 本来、人間は魔力さえ合えば両親の属性と同じ魔法を使うことが出来るのだが、その魔力の質によってどちらの属性に適性が出てくるかが変わる。双子であるエースとミスト、セレシアとフローラの使用する属性が違うのも、その質の細かな違いによるものである。


 だが、誰とでも魔力の譲渡が可能なことから分かるように、魔力の帯びている属性というのは魔力の受け渡しには作用しない。それ以外の違いは違和感として作用するのだが、もしも質が限りなく等しければ、なじむための時間はほぼゼロに近い。双子において口移しではなく手伝いに魔力を受け渡せるのはそのためである。


 そして、属性そのものが譲渡に作用しないことで起こる現象が、1つだけある。


 それは――『普段は使用不可能な属性の、限定的使用可能』。


 言い換えるならば、いつもは持ち合わせてない錠前の鍵を渡される行為が魔力の譲渡ということ。普段は決して使われることのないもう1つの領域が、双子の魔力の大幅な類似と細かな違いによって使えるようになるのだ。


 だから今、エースは氷と風の2属性を使用している。本来1つであるはずものを2つにした、その名残が今の自分をこうしてギリギリで保たせている。


「うおぁぁぁぁっ!!!」


 よほどダメージが大きかったのか動きの遅いエアードに対し、エースの氷の拳が嵐のように吹き荒れ始めた。


 それは、止まっていた自分の想いを動かし始めるような、熱い拳。迷いなどすでになく、ただ己の欲望のために振るわれる拳。ワガママだと言われてもいい。


 今はただ、彼女の勇気に応えるために、この身体を動かすのだ。



「『リオート・ヴィント・ブリザードサイズ』!!」


「ぐおぁぁぁっ!!」


 ブーストを得たエースの渾身の回し蹴りによって吹き飛ばされたエアードは、身体に溜まったダメージのせいで這いつくばる形になっていた。まだ目的のためにあがこうとしていたが、それも数秒の話であり、すぐに意識を彼方に飛ばした。


「……終わったか」



 そして、これまで全く気配を見せなかった静寂が訪れた。この場に立っているのは、エースただ1人。先に倒れたフォーティスも、今吹っ飛ばしたエアードも起き上がる気配はない。


 願うことならば、自分もこのまま倒れてしまいたかった。だがエースは願いとは裏腹に、すでに魔力も空になり、満身創痍となったその身体を三度動かし始めた。


 果たしていない約束が、まだ確かにある。







* * * * * * *







 一体、今、自分はどれだけの距離を歩いたのだろうか。


 きっと大した距離ではないのだろう。


 だがたった1メートルだけでも体を動かすのが大変である今は、体感距離と実際の距離がかみ合わない。延々と景色の変わらない森の中を、彷徨うように歩いていた。


 静かな森の中は、何も聞こえてこなかった。それでも、エースはエサを求めて徘徊する獣のように歩き続けていた。



 それから少しだけ時が経ち、エースの耳に、ようやく何かが聞こえて来た。地面を踏みしめるようなその音は、誰かがこちらへと向かってくることを示す足音だろう。


 やっとみんなと合流できる、と思ったが、それにしては足音はかなり小さい。他の誰かなのだろうかと、あれこれ考えているうちに、どんどんと足音が近づいてくる。



「フォンバレンくん……!」


 森の中を支配する静けさを押しのけてこの場所に来たのは、フローラただ1人だった。自分を見つけるなり心配そうにこちらを見る彼女の姿は、エースにとってまさしく闇の中の光だった。さまよい続けた意味もあったのだ。



 何故彼女だけがここに来ているのか、もし今までのエースのままだったら、分からなかっただろう。


 今はその理由も分かる。すでに1度無茶をして死にかけた自分に対して、約束を果たしてくれるかどうか心配になったのだろう。その気持ちは、エースが今のフローラと同じ立場に立ったとしたら同じように感じたと思う。そして、その思いを理解している2人が、彼女だけを送り出した、という感じだろうか。


「大丈夫なの……? 終わったの……?」


 フローラの心配そうな問いかけに、エースは笑みと頷きを返すだけだった。


 長くも思えた、とある夏の夜の一瞬の出来事はようやく終わったのだ、という意味を、その動作に込めていた。


 その次の瞬間、エースの足から力が抜けた。重力に身を任せて倒れこむエースを、慌てたフローラが走って来て支える。


「ごめん。ちょっと安心したら力抜けた」


「そうだよね。全部、終わったんだもんね」


 フローラに支えられながら上半身だけを起こして、言い訳を口にするエース。軽い言い方に対して何か言いたいことがあったのだろうか変な沈黙があったが、フローラがその言いたいことを口にすることはなかった。


「ああ、終わったんだ。これもちゃんと返さないとな」


 死力を尽くして終わらせたことをかみしめるようなセリフの後、エースはズボンのポケットに手を突っ込んでリボンを取り出した。


 エースがこうして倒れることなくいたのは、お守りの代わりにエースを支えたこの大事なアイテムをフローラに手渡しで返すのが、約束の内容だったからだ。それを果たした今は、もう何も制約もない。


「これで、ちゃんと約束は果たしたぜ。だから俺、もう休んでもいいかな」


「目を覚まさないままなんてことは……ないよね?」


「大丈夫だって。きちんと起きるよ」


 またもや軽いエースの言い方にフローラは口を尖らせたが、それは一瞬だけの話。すぐに口元に笑みを浮かべて、優しく包みこむような声で、こう言った。


「じゃあ……おやすみなさい、フォンバレンくん」


「ああ、お休み……」


 それだけ言うと、エースは役目を終えた達成感に包まれながら、地面へと体を投げだした。


「そうだ、言い忘れてた」


「どうしたの?」


 目を閉じようとするエースがもう一度目を開き、そう言ったのを聴いて、半自動的に聞き返すフローラ。


 直後、エースは笑顔を浮かべて口を開いた。


「ただいま、スプリンコートさん」


「うん、お帰り。フォンバレンくん」


 朝には理不尽な恨みすら抱いた『お帰り』の言葉。


 今度は幸せな一言に出来たその響きを抱きながら、役目を終えたエースがゆっくりと目を閉じていく。


 最愛の人の元へ帰って来ることの出来た安らぎに包まれながら、世界との接続が切れていく。


「帰って来てくれて、ありがとう」


 意識が深く沈んでいく前、最後に聞いた言葉は、フローラの感謝と愛情がこもった言葉だった。








 それから十数分後、学校にパードレを呼びに行っていたミストたちが、エースたちのいる場所にたどり着いた。


「全く、心配無用だったね」


「ホントそうね」


 呆れ顔のミストとセレシアを含め、その場にいる3人が見たのは──



──役目を終えて静かに眠るエースと、その顔を膝にのせたまま微笑むフローラの姿だった。




 こうして、とある夏の一夜の出来事は完全な終わりを告げたのであった。

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