第3話 出迎える4人目
今はもうすでに夜の気配を感じやすくなってきた時間帯。エースたち3人が学校へと帰ってきたのは、そんな時間帯を考慮して明るい道を選んで抜けた後であった。
道中こなした戦闘は2回。頑張って減らした結果ではあるが、それでも2回こなすはめになった3人は、エースとフローラの阻害魔法で足止めしながらミストの魔法で仕留めることで動きを最小限に留め、温泉のさっぱり感を完全には失うことなく戻ってきた。
「さて、あとはいつものとこに報告しにいくだけだな」
「そうだね。となると問題が1つ」
「問題?」
ミストの言った『疑問』という単語に、理解の至っていないエースが首を傾げる。
「もう夜だし、スプリンコートさんはどうするのさ。1人で帰らせるのはマズいでしょ?」
「あ、そうか……。でも、日帰り依頼には報告のできる制限時間もあるからな」
「だから、エースがスプリンコートさんを送って、僕が報告に行こう。その方が色々と安全だから」
これから帰るとなると確実に夜道を通ることになる。そこでの襲撃を防ぐためにはフローラに同行するしかない。しかしそうなると今度は報告に間に合わなくなる。
ならばエースがフローラの帰り道に同行し、ミストが報告に行けば何とかなる。それが男性陣の考えだった。
「それは悪いよ。私の家は隣の町だから、フォンバレンくんの帰りが遅くなっちゃう」
だがフローラは、それがエースへの負担になると考えたのか首を縦に振ることはしなかった。
依頼に関する報告は全員揃ってという決まりはないが、普段は依頼の達成報告は揃って行うのが習慣であり、暗黙の了解である。だが帰還が遅くなってしまう時は、これまでなら男性陣のみで行くのがエースたちの間では恒例となっていた。
その理由は、学校が町の西端に近い位置なので、自宅が隣の町だとしても暗くなる前にフローラがたどり着けるからだ。帰還が夕暮れならば、どんなに早くとも夜の帳が降りてくるのはフローラが自宅のある町に着いてから。一定の安全は確保できる。
しかし、今はもうすでに十分な視界の確保がしにくくなる夜。エースたちにはこれまでと別の対処が求められるために、こういう考えに至ったのだ。
「それは気にしなくても大丈夫だよ。仮に誰かがエースを襲ったところで大したメリットがないんだからさ」
「まぁな。それにもしものことがあったら、スプリンコートさんの親に顔向け出来ないからな。他に誰か一緒に帰ってくれる人がいるなら全部解決するんだけども……それも無理っぽいし」
エースがその『誰か』を探すように周囲を見回すが、学校の敷地内を歩いている生徒の数は非常に少ない。かといってそこにいる見ず知らずの人に頼むわけにもいかない。男性陣の気遣いとフローラの気遣いがかみ合わないままで、時間が過ぎていこうとしていた。
「あ、みんなおかえりー」
そんな3人の元に現れたのは、ポニーテールを揺らしながら校舎の方から走ってきた1人の少女。今は暗いためその姿までははっきりと見えないが、その身に3人と同じこの学校の制服を纏っているのは確かだ。そしてその聞き覚えのある声ならば、暗闇とは言えど人物の特定はそう難しいことではない。
彼女こそが、いつもはエースたちのグループにいる4人目、セレシア・プラントリナである。炎属性の使い手で魔法攻撃に長けているのだが、使う場所によっては魔法によって大災害を招きかねないということで剣術も学んでいる、非常に気配り上手な女子生徒である。
「ただいま、セレシア」
「おかえり、フローラ。ケガない? 大丈夫?」
「もう、おおげさだよー。私回復魔法使えるから、傷はなんとかなるよ」
「それはそうだけど、やっぱり心配になる。もし可愛い顔に傷つけて帰ったら、あたしがつけたやつ吹っ飛ばしに行くんだからね」
帰ってくるなりフローラの無事を確認するほどに、セレシアはフローラのことを好いている。特別な感情ではなく一友人として心配しているのだろうが、それにしても過剰だな、と端から見て思ってしまう。それは、もう慣れたからこそ、フローラの中で冗談交じりだと流せるやりとりなのかもしれない。
フローラもそれを嫌がることなくいつものように笑って返すところを見るあたり、2人の関係が良好である、ということは分かる。クラスは違えど、学園内で一緒にいるところをよく見かける。エースもミストも、この2人のどちらかだけを見かけたらその数秒後には2人揃っている、という経験は何度かあった。
「2人とも、あたしのいないときにフローラの可愛い顔に傷つけさせるようなことがあったら締め上げるんだからね」
「オーライ。分かった」
「肝に銘じておくよ」
今度は自分たちに向けられた、過保護にも思えるセレシアの少々過激な発言を、エースとミストは笑って返した。今回に限っては一部本気ではあるのだろうが、冗談の部分はちゃんと冗談だと分かるような関係性は、エースやミストとの間にもある。セレシアも、分け隔てなく彼らに接する数少ない生徒の1人だからだ。
それは、エースとミストにとってはありがたいことだった。双子だと判明した後に、程度の違いはあれど周囲からの視線に変化が見られてから、それ以前のように依頼をこなすグループに誘ってくれる人は少なくなった。
だが、2人の態度はその前後で変わることはなかった。それが何故なのかはエースもミストも聞いたことはないが、その理由が分からなくとも、今の関係があればそれで十分だった。
「ところで……なんかみんなあんまり汗かいてなさげだね。少し遠出してたはずなのに、どうしてみんなそんなにサッパリしてるの?」
「ああ、それは温泉行ってきたから」
「えー、いいなぁ。あたし1人で暗い道歩くの嫌だからって日が暮れる前に帰って来るためにグッとこらえてたのに……」
興味本位で聞いた疑問によって3人が温泉に行った、という事実を知り、セレシアは残念そうな声をあげる。
フローラとは反対に攻撃魔法の方が多い火属性の使い手であるセレシアだが、彼女の場合は撃退出来るか出来ないか以前の問題で、本人の言う通り暗いところがダメなために夜遅くの帰還を避けるのである。これは付き合いの長いエースたちもすでに知っていることであり、彼女も暗い場所ではお化けが絡んだフローラとほとんど同じ状態になるために洞窟や地下迷宮では4人で行くと否応なく男女ペアになるのである。
その暗闇嫌いのセレシアの今は、というと、フローラの姿を少しの間じっと見た後、何かを決心したのかその口を開いた。
「ねぇ、フローラ、お願いがあるの」
「どうしたの?」
「今度、一緒に温泉行こ」
「うん、いいよ」
「やったね」
懇願するセレシアに対して、あっさりとオーケーを返すフローラ。それを聞いて小さなガッツポーズをするセレシアの様子を見ると、よほど行きたかったのだろう、ということが簡単に分かる。ここまで来ると少し異常だな、とまで思えてしまうセレシアのフローラへの執着心は、エースには時々一友人としての枠を超えているように感じられた。
過去に気になって一度だけ聞いたことがあったが、その時は「そんなわけないじゃん。確かにフローラのこと好きだけど、この好きはいわゆる『好き』とはまた違うの」、という答えが返ってきたので、多分一友人としての『好き』なのだろう、とエースは考えていた。
「あーいっそのこと4人で行っちゃう? それでもいいけど」
「別にいいけどなにそのついで感」
「プラントリナさんの場合は僕らをボディーガードとして使いたいだけだろう。自分の魔法じゃ色々と大変だからって」
「あははー、バレた?」
ミストの少し呆れ気味の言葉に、セレシアが頭を掻きながら笑うところを見ると、どうやら図星のようだ。
確かにセレシアの炎属性魔法は、使う場所と匙加減を間違えると山火事などの炎系災害を容易に起こせてしまうので、ボディーガードとしてエースやミストを誘いたくなる気持ちは、分からなくはない。いくら水属性魔法の使い手であるフローラがいたとしても、消火には時間がかかることが予想されるからだ。延焼でもすればもう手には負えないレベルである。
「そのくらい少し考えれば分かるよ」
「まぁ、でも事故って対処に困るよりはマシか。俺らは基本暇だし、言ってくれれば依頼帰りの温泉は同行するよ」
「はーい。有効活用させてもらうわね」
エースの言葉に元気よく返すセレシア。
そんな楽しい会話をしている間に、時間はゆっくりと、しかし確かに過ぎていく。そのことはもちろん忘れていない。
「とりあえず温泉の話は置いといて……スプリンコートさんの帰り道、どうにかしないとね」
「あ、その話だけど……あたしが送っていけばそれで全部解決するよね。あたしはもう今日は学校に用ないし」
迷いなくそういうセレシアだったが、本来なら任せるべきところでエースとミストはやや不安そうな顔のまま『任せる』というワードを言えずにいた。その理由は、恐らく提案をした本人――セレシアが一番よく分かっている。
「プラントリナさん暗いとこダメだったよね?」
「大丈夫なのか?」
「それは分かんないけど、このままよりはいいでしょ。明るい道通ればなんとかなるし、あたしの魔法なら場合によっては音で周囲の人が戦闘に気づいてリスク回避ってことも出来るしさ。おまけにさっき約束したもんね、いつか4人温泉に行くって。闇討ちなんか食らってられないわ」
最後に付け加えた理由が非常に現実味溢れるものであったが、セレシアにとっては自分を奮い立たせ、勇気を振り絞るにはそれだけでも十分すぎる理由なのだろう。
ただ、それを聞いても解決しない懸念事項が1つだけあった。
「そもそもプラントリナさん寮生活だからもう1回戻ってこないといけないよな。帰り道1人だけどどうすんの?」
「あー……そっかー……うーん……。ねぇフローラ、今日泊めて?」
「うん、いいよ」
「はい、これで解決」
「適当すぎんか……?」
割と重い懸念事項を目の前であっさりと解決してしまったセレシアの言葉に、エースは素直なツッコミを投げた。
とはいえ、セレシアに任せるために気にしなくてはならない条件はすべて問題なくなったのは確かだ。こうなるともう任せないわけにはいかないだろう。
セレシアはフローラとは違い単独戦闘をこなすことが出来る。女子生徒のボディーガードのような役割を女子生徒に頼むというのは少し変かもしれないが、セレシアにはそれ相応の力量があることは確かだ。今の状況ならば、最適とは言えずとも、適任であることには間違いないのだから。
「まぁ困ってたとこだし、それだけやる気あるのに断るのもなんか変だしな。頼む」
「まっかせなさい」
頼れるものは頼ろう、ということでひとまずはセレシアに任せることでひと段落ついた。そうすれば、各々がそれぞれのやるべきことへと向かうことが出来る。
「やることも決まったことだし、さっさと帰らないとね。2人とも、まったねー」
「また明日」
「うん、またね」
「またなー」
セレシア、フローラ、ミスト、エースの順に挨拶をかわし、4人は手を振りながら学校の敷地外へと出ていく女子2人と敷地内から手を振り返す男子2人に分かれる形で解散した。先ほどエースたちが帰ってきた道とは反対側の道の方へと消えていくセレシアとフローラの姿を、小さくなって見えなくなるまでエースとミストは見続けていた。
そして完全にその姿を視認できなくなると、2人はくるりと向きを変えて校舎の方向を向いた。
「さて、僕らも行こうか。早く行かないと晩御飯も遅くなりそうだし」
「もう十分に遅いと思うけどな。ところで今日のメニューは何にする予定?」
「ここまで遅いと買い出しは無理だから……野菜炒めとか?」
「ふうむ。最近食った気がするけどまぁいっか。美味いし」
軽口を言いあいながら、依頼達成の報告をしに薄明かりの灯る夜の校舎内へと向かうエースとミスト。その後ろ姿を見つめる者は、もちろんいない。
いないはずである。
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