休暇

lampsprout

休暇

 今日で3年が経った。俺の全てが変わった、あの日から。別に今日何か特別なことがあるわけでもない。ただ何となく、あれから3年が経ったのだと思うと、少し感傷的になってしまう。


「セイさーん、何してるんですかー」

「ああ、ちょっとな」


 同僚に呼ばれ、適当に受け流した。少しだけ一人でいたい。

 辺りには静かな生活音が響いている。そよ風が横を通りすぎていく。俺は目を閉じて、この3年を振り返った。


 特別長かったとか、短かったとかではないが、穏やかで充実した3年だったと思う。淡々と働いて、きちんと休日も取れて。昔読みたくても読めなかった本を片っ端から読んだ。マンガを山のように借りた。DVDを飽きるほど観た。あちこち出歩いて、何日も徹夜した。まるで学生の頃に戻ったかのような休日。その自堕落さえ楽しかった。

 友人にも恵まれた。気の置けない友人と過ごす日々は素晴らしい。充実した記憶が脳裏に蘇った。

 俺はそのまま、ここへ来たばかりの頃を思い出す。


 初めてここへ来た頃。俺は何年も前に別れた友人と偶然再会した。


「久しぶり」

「っ、お前、」


 声を掛けられたときは、すぐには気付かなかった。


「まさか会えるとはな」


 あいつは以前と変わらず微笑んでいた。


「……ああ、そうだな」

「お前は、いつまでここにいるんだ?」

「さあな、暫くはいられるよ」


 学生時代からだんだん疎遠になって、随分連絡をとっていなかった。もう一度会えるとは思わなかったんだ。懐かしさから夜通し語り合った。

 昔の思い出。今までの生活。ここでの暮らし。幾ら話しても話題は尽きなかった。


 ここに来る前の、いつも何かに悩まされ、押し潰されそうになっていた日々を思い出した。あの頃は全てが嫌いだった。

特に自分が大嫌いだった。自分はどうしようもないやつだった。人間関係の全てが嫌だった。不器用なままだと過ごしにくくて。でも器用にこなせるようになると、口先だけの言葉を吐く自分に嫌気が差して。もう悩まなくていいんだ、あの時は心の底から安堵した。


 俺の最期の記憶はこうだ。

 目が眩むような夜景に照らされ、俺は暗闇に佇んでいた。別に屋上から飛び降りようとしていたとかではない。単純に、仕事場でクレーンに乗っていたんだ。いや、吊り下げられていた。

 不安定な姿勢のなか仕事をしていたとき、突風が吹いた。クレーンが大きく揺らされる。俺の身体は派手に傾いた。そのまま、目映い光の中へ投げ出された。


 あの時俺はどうにも出来なかった。さらに、何も感じなかった。何度振り返っても、そこに恐怖はない。きっとあれが無くても俺は、いつか自分でそうしていたのだろう。それほどに俺は追い詰められていた。


 向こうから、大切な友人が歩いてくる。


「よお、何してるんだ?」

「考え事だよ、悪いか」


 こんなところで出会いたくなかった友人をじっと見返す。


「お前、まだここにいるつもりなのか」


 呆れたような口調でこちらを伺ってきた。


「お前は俺より長くいるだろうが」

「幾ら記憶は失われるといっても、あまり戻りたくはないだろう?」


 ――ここは、人生の休憩所。


「まあ、とにかく、」


 俺はゆっくりと周りを見渡した。穏やかな生活。充たされた日々。転生は、もう少し先でいい。


「俺はもう少し、ゆっくりしておくよ」


 どこからか、汽笛がかすかに聞こえた気がした。

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