俺は素晴らしい! 私は後ろめたい!

タカナシ

俺と私の3周年

 俺は今度結婚3周年を迎える。


 ぶっちゃけ、俺と妻はラブラブだ。お互いに隠し事はなく、おはようからおやすみまで信頼しきっている。


 今言ったことは、ウソだ。

 実は、毎年この時期になると、俺は妻に隠し事をしている。


 スリーサードトライホテルという高級ホテルがあるのだが、そこは結婚1~3周年の夫婦は70パーセント引きで利用できるのだが……。


 なんで、俺たちは12月24日に籍を入れてしまったのかッ!!

 4月1日から予約が始まるのだが、このクリスマスイブは一瞬だ。

 一瞬で予約がなくなるのだッ!!

 毎回、スマホを握りながら、「なん……だと……」と呟く始末だ。

 

 1周年目には妻を驚かせようと黙っていたのが功をそうした。

 別のサプライズを用意し、難を逃れた。


 2周年目も瞬殺だった。

 この年は取れないかもという不安もあり、妻には黙っていた。


 こうして、俺は1年ごとに妻に隠し事が増えていっている。

 だが、それも今年で最後だ。

 今年取れなければ、割引はなくなり、とても3流サラリーマンの俺に出せる金額ではなくなる。

 

 だから、今年の俺は一味違うぜ!

 万全の準備をして、予約に備える。

 

 10時からの予約だから、今までは会社でスマホから予約をとろうとヌルいことをしていたが、今年は有給をとってパソコンの前に陣取り、スマホ・パソコンの2台体勢だ。


 だが、1つ、問題があった。


「自宅のパソコンじゃ、妻に気づかれるかもしれないな……」


 ぽそりと呟き、しばらく逡巡すると、いい案が浮かんだ。


「そうだ。あそこならバレないだろう……」


 俺は妙案を胸に秘め、その日はスヤスヤと眠りについた。


 翌日。俺は妻にバレないよう行動を開始する。

 休みをとっているが、スーツに着替え、カバンを手にする。

 妻といってきますのキスを済ませると、駅へと向かって歩き始める。

 最初の曲がり角を曲がると、俺は周囲を警戒し、すぐにまた曲がり、駅とは反対の方角へ向かう。


 最寄駅では同僚に会うかもしれん!

 もしあったら、「あれれ~、おかしいなぁ、たしか今日は有給をとってたよね?」と言われ無駄に時間を使うことになるだろう。それだけならまだしも、ひょんな事から妻の耳に入る可能性もある。

 可能性は低いかもしれないが、リスクは極力減らすに限る。


 俺は革靴をカツカツと鳴らしながら、早足で目的地へ向かった。

 そう、パソコンを自由に使えるネットカフェへ!


 事前に会員証を作っておいた俺はすんなり入ると椅子へゆっくりと腰かける。

 腕時計を確認すると、まだ30分は余裕がある。


 パソコンとスマホの画面にホテルの予約ページを表示する。


 この日の為に、時計は1秒の狂いもなく、スムーズに指を動かせるよう毎日指の運動も欠かさなかった。まばたきも極力しないで済むよう鍛錬もした。スマホとパソコンも同時に操作できるようにも特訓した!

 全ては今日の為、妻の驚きと喜びの顔を見る為だッ!


 そろそろ、時間が近づく。

 左手のスマホと右手のマウスに力が入る。


 腕時計の時間が10時丁度を指し示した。

 ゴクリと唾を飲み込むと同時に、俺の両手は凄まじい速度で動いた。


 スマホでは速度が足りなかったのか、ページが変わらない。いつものパターンだとこれはダメだ。

 俺はスマホを切り捨てると、パソコンの方に注意を注ぐ。


 ページはすでに変わっており、ここで間に合って居れば次のページへのリンクがあるはず……。もしくは完売の絶望的な赤文字のどちらかだ……。


 まばたきせずに見つめていると。


 次へのリンクがあった!


「ウソだろッ!!」


 3周年の結婚記念日は素晴らしいものになりそうだ。





 私は今度結婚3周年を迎える。


 ぶっちゃけ、私と夫はラブラブだ。お互いに隠し事はなく、おはようからおやすみまで信頼しきっている。


 今言ったことはウソよ。

 実は、最近夫がやたらそわそわしている。夫は私に隠し事をしている。


 スマホをやたらと見ており、ときおり、そぉ~と覗こうとすると隠されるけど、ホテルの文字が見えたことがあった。


 もしかして、私に隠れて、ラブホでも検索してる?

 3周年とホテルという単語で私の中に湧き出てくるのは、『3年目の浮気』という言葉だった。

 夫とはラブラブなはずだ! 私は、「ウソであって」と祈るのだった。


 夫は結婚1周年はサプライズでレストランを予約してくれていた。

 急にスタッフさん達が歌いだしたのには驚いたわ。


 2周年は4月に2人で決めた温泉旅行になった。

 サプライズはなかったけど、嬉しかったし癒された。


 そうして、1年ごとに私は夫のマメさと魅力を再確認していった。

 でも、それと同時にこんな素敵な人が私だけを愛してくれているのが信じられなくなっていた。

 夫ほどの男になら言い寄る女も多いだろうし。


 私は安心したかった。

 万全の状態で夫を愛したい!


 そんなある日、夫がいそいそとスマホを点検していた。パソコンは最初見ていたけど、すぐに諦めたようで触らなくなった。


 そして、問題が起きたのだ。


「自宅のパソコンじゃ、妻に気づかれるかもしれないな……」


 夫はぽそりと呟き、私はそれを聞き逃さなかった。


「そうだ。あそこならバレないだろう……」

 

 私は不安を胸に秘め、その日はあまり寝付けなかった。


 翌日。私はいつものように夫のスーツとシャツを用意して、お弁当を作った。

 着替えを済ませ、カバンを持った夫が玄関で革靴をヘラを使って履く。

 振り向いた夫といってきますのキスを済ませると、私は片付けを済ませようと台所へ向かう。

 しまったわ! お弁当入れ忘れた!

 私は夫を追いかけた。


 夫の後を急いで追ったら、丁度角を曲がったところだった。

 私は追いつけたと思って角を曲がって声を掛けようとした。

 けれど、私の瞳には周囲をキョロキョロと伺いつつ、駅とは反対へ向かう夫が映った。

 本当に浮気!?

 可能性は低いかもしれないけど、真実は確かめるに限る。


 私は革靴をカツカツと鳴らしながら、早足で目的地へ向かう夫を尾行した。

 夫はネットカフェへと馴れた感じで入っていく。


 追って入った私は会員証を作るのに手こずり、ようやく夫の隣の席へついた。

 夫を確認すると、こちらには気づいていないようだ。


 バレないよう仕切り壁に耳を押し付け、様子を伺った。


 まさかこんな日が来るなんて……。

 確かに最近、やたらと時計を確認していたし、指を怪しく動かしていた。血走った目をして、スマホとパソコンを同時に使っていた。

 エロサイトを見るくらいなら、我慢できるけど!

 もし、パソコンを使って連絡を取ったりするような相手だったり、もしくはデリヘルの予約だったらどうしよう……。

 プロの人ならギリセーフかなぁ。


 夫の雰囲気が変わったのが壁越しでも分かる。

 手が素早く動くのが衣擦れの音で感じ取れた。


 壁掛け時計は丁度10時。

 ゴクリと唾を飲み込むと同時に、私は壁から身を乗り出し夫の行動を見た。


 スマホは投げ捨てられており、夫の視線はパソコンに注がれている。

 私はパソコンの方に注意を注ぐ。


 そこには高級ホテルの予約ページ。プランに結婚3周年の夫婦とある。


 しぱしぱとまばたきして何度も確認する。

 もしかして浮気じゃなく、私へのサプライズ準備?


「ウソでしょッ!!」


 3周年の結婚記念日は後ろめたいものになりそうね。

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俺は素晴らしい! 私は後ろめたい! タカナシ @takanashi30

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