幕引き:幻想物語の大団円

【空より降り注ぐ怪物と、それに抗った英雄の物語】

 物に支配された地上を奪還するべく、戦った英雄がいた。


 誰にも褒められず、誰にも認められず、怪物と謗られようとも、彼らは決して地上の奪還を諦めなかった。

 この広い大地を、この広い空を、再び我が手にする為に。


 どれだけ傷つき、どれだけ苦しく、どれだけ命懸けでも、英雄たちは怪物に立ち向かった。

 そして、ついに地上の奪還に成功した。


 彼らはもう、英雄ではない。

 彼らはもう、戦う日々から解放されたのだ。


 さあ、これから語るのは、そんな空より降り注ぐ謎の怪物から、命を懸けて地上を取り戻した英雄たちの物語だ。



「――――くっせえ、本当にくっせえ」

「寒いな」


 銀髪碧眼の美女と黒髪赤眼の少年は、身を寄せ合って書店の軒先に並べられた小説を立ち読みしていた。

 冒頭の文章を読んだだけでも、どこか薄ら寒い気配が漂う。少年の方が分厚い物語の表紙を静かに閉じ、本棚に戻した。


「本当にグローリアの奴、俺らのことを物語にしたんだな」

「大人気のようだ。これは【毒婦姫ドクフヒメ】の部分までだな」

「やめろやめろ、聞きたくねえ」


 顔を顰めた銀髪碧眼の美女は、


「行こうぜ、ショウ坊」

「ああ」


 人通りの多い王都の商店街を、銀髪碧眼の美女と黒髪赤眼の少年は肩を並べて歩く。

 晴れ渡った空から、燦々と陽光が降り注ぐ。とても穏やかな天気だ。


「今日はどうする?」

「どうするか。もうそろそろ、やるべきことがなくなるぞ」

「しばらく休暇扱いだもんな」

「そうだな」

「――ところで、ショウ坊」


 銀髪碧眼の美女は少年の顔を覗き込み、ニヤリと笑う。


「その左手で握った箱の中身は、いつくれるんだ?」


 少年の隠された左手には、手のひらに収まる程度の小さな箱が握られていた。「うッ」と呻いた彼は、迷うように視線を彷徨わせる。

 すると、銀髪碧眼の美女は左手を少年の前に差し出した。

 右腕は鋼鉄の義手であるが、左腕だけは華奢で綺麗な白い手だった。もう戦いから解放された、最強の天魔憑きの手。


「ほら」

「…………」


 催促され、少年は観念したように左手に握っていた箱を開く。

 その中には銀色の指輪が台座に収まっていて、少年の指がおそるおそるそれを摘む。冷たい銀製の指輪を、美女が差し出す左手の薬指に通した。

 銀の輪はするりと指に収まり、陽の光を受けて眩く煌めく。


「ユフィーリア、俺と――」


 その先の言葉は、雑踏に掻き消されてしまうほど小さいもので。

 それでも、きちんと彼女の耳に届き、晴れやかな笑顔を見せて、いつもの軽い調子とは打って変わって真面目に答える。


「ああ、喜んで」




 怪物に支配された地上を奪還するべく、戦った英雄がいた。


 そして戦いから解放された英雄たちは、自由を取り戻したこの世界で生きていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る