第4話【天才司令官の華麗なるトドメ】

 実母であるリリィ・エルクラシスとの決戦を終え、スカイは次の階層へ向かう為の台座を踏んだ。

 少しの浮遊感のあとに、景色が切り替わる。あの頭の痛くなるような光景とは別のものが目の前に広がると同時に、突き刺すような寒さが襲いかかってくる。


「…………は?」


 スカイは思わず声を上げていた。

 一応、ここは白い塔の内部だ。そのはずである。

 それなのに、分厚い曇天からはしんしんと綿雪が降り積もり、大地を白く覆い隠していく。体の芯まで凍りつくような極寒の世界へ唐突に放り出されたスカイは、思わず絶叫していた。


「なんスか、ここ!? 室内ッスよねェ!?」


 スカイの絶叫がこだまする。

 こんなところで立ち止まっている訳にはいかない。下手をすれば凍死してしまう。頭に積もった雪をそのままに、スカイは急いで白い大地を突き進み始めた。

 これは一体どこが終着点なのだろうか。

 先に行ったはずのグローリアたちは、果たして無事なのだろうか。

 ユフィーリアとショウという現場担当で最強の戦力がいるから、この極寒の世界は想定外だったとしても生き残る術は持っているはずだ。彼らが、ちゃんとグローリアを守っていると信じよう。


「――あ、屋敷」


 雪が降る世界で、スカイは足を止めた。

 水平線まで真っ白に染まった大地に、ポツンと貴族が住むような屋敷がある。【閉ざされた理想郷クローディア】の第三層にありそうな屋敷だ、とスカイは素直な感想を抱いた。

 周囲を見ても山や自然の姿はなく、しかし何故か立派な屋敷がある。怪しいことこの上ない状況だが、選り好みしていられない。

 早足で屋敷に近づくと、スカイは鉄の輪を掴んで扉の表面へ叩きつける。


「すいませーん、どなたかいねーッスか?」


 扉の向こうにいる屋敷の主人へ聞こえるように、スカイは声を張り上げる。

 しかし、屋敷の向こうから足音は全く聞こえない。不思議なことに誰もいないようだ。まあ、こんな雪景色の中にポツンとある屋敷などタカが知れているが。

 スカイは試しに屋敷の扉を押してみた。扉に鍵はかけられていないようで、簡単に開いてしまう。ギィと蝶番が軋む音と共に扉が少しだけ開き、スカイは内部の様子を窺うように覗き込む。


「……うわぁ」


 スカイは苦笑を浮かべた。

 絢爛豪華な屋敷の内部は、見事にボロボロに荒らされていた。室内戦をしていたと想像はつくが、屋敷自体はあまりにも静かだ。

 階段は落とされて瓦礫の山と化し、調度品なんかも床に落とされている。不思議なことに壁や天井には切れ込みなどの傷はなく、綺麗な状態で保たれている。


「廊下や階段なんかは粉々になってるのに、それ以外が荒れている気配ないんスけど……」


 一体どこでなにをしているのだろうか、とスカイが二階へ視線をやると、


「…………」

「…………」


 二階に、なんか、麻袋を被った大男がいた。

 玄関で立ち尽くすスカイは、一階から大男を見上げる形となる。

 血が滲んだ麻袋は果たして男のものか、それとも他の人間のものか。エプロンに巨大な鋸を引きずっている様は、凶悪な殺人鬼にも見える。

 考えたくないが、もしかしてあの鮮血はグローリアや第零遊撃隊のものではないのだろうか。


「――アンタは」

「あ、スカイ。意外と早く決着がついたんだね」


 廊下の奥から、見慣れた青年が死神の鎌と模型を手にして歩いてくる。

 大男はその青年を認めるなり巨大な鋸を振り翳してくるが、すかさず青年が「適用『時間静止クロノグラフ』」と唱えて大男の動きを止めてしまう。

 流れるような異能力の行使に、スカイは呆気に取られた。ポカンとすること数秒、我に返ると慌てたように叫ぶ。


「な、な、なに、なにしてんスか!! それ一体」

「あ、これ? 今回の雑魚ってところかな?」


 グローリアが何でもない様子で語る。

 朗らかな笑みを見てしまうと、何故か安堵してしまう。笑顔で言うから信じてしまいがちだが、発言の真意は頭の中身を疑いたくなるほどおかしなものだ。


「いやいやいやいや、それで納得しろってんスか?」

「え、でも事実だし」

「ソイツが今回の敵なんじゃねーッスか? 早く倒さねーと危ないッスよ」

「ううん、彼はこの屋敷から出られないよ」


 グローリアは首を横に振ると、大男から逃れるように「適用『空間歪曲ムーブメント』」と唱える。

 とぷん、と床に沈んでいくグローリア。次に出てきた彼は、スカイの隣に立っていた。相変わらず凄い異能力である。


「さあ、スカイ。行こうか」

「え、ど、どこに? こんな雪の中に行く場所なんてあるんスか」

「いや、違うよ」


 グローリアはにこやかな笑みを浮かべたまま、スカイに懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を預けると、模型を両手で抱えて扉に向かう。

 その扉は、スカイが屋敷の内部へ入る際に通ってきた扉だ。再び寒い世界に戻れと言うのか、この鬼畜司令官。

 スカイがあからさまに嫌そうな表情を浮かべると、彼は振り返って笑いながら言う。


「大丈夫だよ、


 その言葉のどこに信じられる要素があるのか、やたら自信満々に言うグローリア。

 彼に従わない余地はなく、スカイは渋々と温かな屋敷の内部から外へ出るのだった。


 ☆


 あの大男で存分に遊んだグローリアは、意外と早めに実の母親を倒してきたスカイを連れて屋敷を出る。

 あの台座付近に移動することも考えたが、危険性を考慮するとやはり外に出た方がいいだろう。グローリアもスカイも、ユフィーリアやショウのように運動神経がいい訳ではないのだ。

 屋敷の模型を両手に抱えて、グローリアは雪が降る外の世界に足を踏み出す。冷たい風がグローリアの頬を撫でるが、ショウから貰った簡易カイロが機能しているおかげで寒くない。

 ――今からカイロを使い物にしなくするのだが。


「さて、ここら辺でいいかな?」


 屋敷の模型を両手に抱えたグローリアは、外見だけは綺麗な状態の屋敷を見上げる。

 あの大男は、屋敷の外まで追いかけてくる気配はない。すぐ側には腹心であるスカイが控えていて、懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を握りしめながらガタガタと震えていた。寒いのだろう。


「スカイ、大丈夫かい?」

「さ、さ、さ、寒いッス。早くどーにかしてほしーッス」

「うん、分かった。早速やろうか」


 グローリアは屋敷の模型を雪で覆われた地面の上に置くと、懐に隠しておいた瓶を取り出した。瓶の中にはショウが火葬中によって生み出した小さな炎が揺れていて、瓶越しに触れれば温かみを感じる。

 一挙手一投足をスカイに見守られながら、グローリアは瓶をひっくり返して中で揺れる炎を屋敷の模型に落とす。

 屋敷の模型が炎に包まれて燃えると同時に、あの屋敷全体もゴウッ!! と炎に包まれた。


 ――ぎゃあああああああああ、ぎゃあああああああああ。

 ――熱い熱い熱い熱いいいいいいいいいいいいいいいい。

 ――助けで、誰がぁ、だずげでえええええええええええ。


 屋敷から断末魔が響く。

 いや、屋敷が断末魔を曇天に轟かせる。

 グローリアはごうごうと燃える屋敷を朗らかな笑みを浮かべながら眺め、楽しそうな口調で言う。


「どうかな、熱いかな? 思い切り苦しんでくれるかな?」


 その言葉は、明らかにいじめっ子を想起させた。

 苦しむ屋敷を悠々と眺めながら、グローリアは足元で燃え盛る屋敷の模型を踏み潰す。模型と連動するように、屋敷が屋根からぐしゃりと押し潰されて瓦礫の山と化す。あの大男がどうなったのか、なんて考えたくない。

 どうせあの大男も燃えたのだ、どうすることもできない。


「グローリア、次の階層に繋がる台座は……」

「ああ、うん。ほらあそこにあるよ」


 スカイの懸念に対して、グローリアは遠くを指で示す。

 燃え盛る瓦礫の山の中、次の階層に飛ぶ為の台座が白く輝いている。あそこに乗れば、この極寒の世界から抜け出すことができるはずだ。


「……今回の天魔って、あの屋敷自体なんスか?」

「おかしいよね。弱点の模型をそのまま放置しちゃうんだから、こうやって利用されちゃうんだよ」


 軽い調子で笑い飛ばし、グローリアは「さあ、行こう」と促す。


「次の階層で、ユフィーリアとショウ君を追いかけなきゃ。二人は絶対に無理をしちゃうもんね」


 スカイの痩せ細った腕を取り、グローリアは燃える瓦礫の山を踏み越えて台座を目指す。

 第零遊撃隊の二人――特にユフィーリアの方は無茶をするところが何度もあったので、早く追いかけなければ大怪我をしているかもしれない。



 雪が降る。

 雪が降る。

 静謐せいひつな世界に、パキパキと木材が燃えていく音がする。


 あらあら、あの【喰屋敷クイヤシキ】の正体を見抜くなんて。

 さすが天才。侮れませんね。


 極寒の世界に、涼やかな女性の声が落ちる。

 あの天才司令官と補佐官は次の舞台へ進み、残ったのは屋敷の姿をした天魔の残骸のみ。

 最上階にて待つ声の主は、やはり楽しそうに言う。


 さあ、誰が私の元までいらっしゃるの?

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