第8話【それでは作戦会議をしよう】

 キングとクイーンの参戦により、戦場はさらに苛烈さを極めた。

 巨大な穴からは次々と天魔が溢れて、そのたびにキングの異能力である群衆操作の餌食になって死んでいく。自分が知らず、かつ相手にも知られていない完全な第三者という厳しい条件がついて回る異能力ではあるが、今はこれほど頼もしいものはない。

 キングの王命を受けて迷わず自害を選択する雑魚の天魔の群れを眺めながら、ユフィーリアはグローリアへと振り返る。


「どうする? 雑魚の相手はキング一人で賄えそうな気がするけど、あれらの相手も時間の問題だぞ」

「そうだなぁ。入口は八雲神様に一度塞いでもらった方がいいかもしれないね」


 グローリアは自分の師が原因を作ってしまった巨大な穴を見上げて、


「とりあえず作戦会議をしようか。塔の外に出てきた連中を片付けたら、全員を集めてくれるかな?」

「――だってよ、スカイ。聞いてたか?」

「はいはい、聞こえてたッスよ」


 白猫と黒猫になにかをブツブツと呟いていたスカイが、雑な態度でユフィーリアに応じる。


「どーせボクの役割だって思ってたッスけど。いざ言われるとめんどくせーッスね」

「スカイ、面倒臭がる前に仕事しようね。僕たちは命を削ってない分、ちゃんと現場を補佐しないと」

「うへえ」

「文句があるなら君も現場で頑張ってみる?」


 グローリアが満面の笑みを浮かべて、懐中時計が埋め込まれた死神の鎌の先端をツイと明後日の方角へ向ける。

 自然と視線も誘導され、ユフィーリアも、ショウも、スカイも、その場にいる全員も、グローリアが示した方角へ視線をやった。

 そこにいたのは、数体の天魔だった。白い塔から溢れ出てきた天魔で、キングの群衆操作をなんとかギリギリで回避した連中だった。


「彼らの相手をする?」

「わーい、情報伝達のお仕事大好きッス」


 スカイはやや顔を青褪めさせ、それから現場に送られない為に使い魔を急いで走らせる。

 慌てた様子でどこかに駆けていく白猫と黒猫を見送り、さらに赤い鼠を呼び寄せて「作戦会議が始まるッスよ、集合」と鼠を介して現場で暴れる同志たちに伝えていた。さすが補佐官、理不尽な扱いにも慣れたものだ。

 思い出したように、スカイが「あ」と声を漏らす。ぐるりと首だけグローリアにやると、


「グローリア、集合場所はどーすんスか」

「決まってるよ」


 グローリアは当たり前のように、集合場所を告げた。


「王都アルカディア、パレスレジーナ城で」


 ☆


 という訳で、作戦会議である。

 しかも地上に出てこられるのは自分たちだけであるのをいいことに、重要な施設であるパレスレジーナ城を集合場所に指定してきた。別に荒らしてやろうなどという気は全くなく、ただ集合場所として最適だから選んだ次第であるというのは、張本人であるグローリアの談である。

 さて。

 奪還軍とその他の面々が集合したのは、パレスレジーナ城の玉座の間である。

 パレスレジーナ城には偽宮ぎきゅう真宮しんきゅうという二つの玉座の間があり、作戦会議の場として使われたのは偽宮の方だった。真宮の方は一度だけ入った記憶があるが、いい記憶ではないのでユフィーリアはなにも思い出さないようにする。


「さて、今回はあの白い塔が作戦の要となってくるよ」


 奪還軍の面々を前に、グローリアが声を張る。


「おそらくだけど、これが天魔との最終決戦になると思う。いつも以上に気を引き締めてほしい」


 最高総司令官である彼の言葉へ、奪還軍の同志たちは真剣な顔つきで耳を傾けていた。


「白い塔の内部は、天魔の巣窟となっている状態だよ。倒しても倒しても天魔が生み出されていく状態なので、現在は八雲神様によって入り口を塞いでいる」

「儂が永遠に塞いでいてもいいんだがのぅ、そうすると肝心の白い塔を破壊することができなくなるのぅ」


 ふさふさの白い狐の尻尾を揺らしながら、八雲神がころころと軽い調子で笑いながら言う。

 グローリアは「最終目標は白い塔の破壊だからね」と頷き、


「だから、八雲神様に結界を解除してもらい、その中に少数精鋭で侵入を試みようと思うんだ」

「ほーう、そうかい」


 グローリアの提案へ真っ先に反応を示したのは、ユフィーリアだった。

 彼女はなんとなく察することができた。――絶対に、白い塔の中に放り込まれるのは第零遊撃隊だろうと。

 今まで何回同じような目に遭ってきただろうか。両手の指を使ったって収まりきらないほど、危険な任務を何度も遂行してきた。もう慣れっこである。

 しかし、ユフィーリアはあえて「で?」と言葉を続けた。


「誰が白い塔の中に放り込まれるんだ?」

「ははは、君は面白い質問をするなあ。もちろん決まっているじゃないか」


 グローリアは清々しいほどの笑みを見せると、


「第零遊撃隊の二人と、僕。それからスカイの四人で白い塔の内部を探索、その後に破壊行動に移ろうと思う」


 やっぱりな、とばかりにユフィーリアは肩を竦めた。


「別の奴を選ぶとか、そういうことは一切しねえのな」

「君とショウ君の二人組が奪還軍で一番強いからね。最も強い戦力を敵陣に投下するのは当たり前のことだと思うけど」

「はいはい往生際が悪いことは言いませんよーだ、ちょっと期待した俺が馬鹿だとは思うけどな」


 キョトンとした表情で宣うグローリアに、ユフィーリアは乱雑に言葉を返す。

 一方のショウは、やはり眉一つ動かさない能面のような無表情で、やはりいつものようにこう答えていた。


「了解した。白い塔を内側から破壊すればいいのだな」

「簡単に破壊できるとは思っていないけど、やっぱりショウ君はいい子だね。どこかの誰かとは大違いだよ、文句も言わないでさ。きっと親御さんの教育がよかったんだろうね」

「文句を言ったところでイーストエンド司令官を殺害しない限り、俺とユフィーリアの待遇は変わらないのだから仕方あるまい」

「おっと? これも親御さんの血筋の関係かな? 今なんか不穏な言葉が聞こえたような……?」


 ユフィーリアが隣に立つショウを見やると、彼は「俺はなにか間違ったことを言ったか?」とばかりに首を傾げる。自分が間違った発言をした記憶がさっぱりないようだ。

 次いで、彼女は自分の師匠であるアルベルド――ではなく、その隣に立つ男、キクガへ視線をやる。彼はショウの実父である。そういう教育を受けていなくとも、少なからず暴力性は引き継いでいるに違いない。

 キクガは「息子が素晴らしいことを言った」とものすごく共感している様子だった。やはりどう足掻いても、彼はあの男の子供なのだ。


「他の子は白い塔から溢れてくる雑魚の処理をお願いね。もし塔が崩れ出して、危険な状態に陥ったらすぐに退避して」


 グローリアの指示に、全員して「了解」と返す。

 最高総司令官たる彼は満足げに頷くと、


「ところで、スカイの姿が見えないんだけれど。誰か居場所を知ってるかな?」

「なんか逃げたぞ」

「大方、白い塔の内部へ侵入する面子に選ばれたのが嫌なのだろう」

「あはははは!! 誰だって敵陣に投下されるのは嫌だよねえ!!」

「あの、スカイ補佐官は外した方が……?」

「彼奴は攻撃できるような術式ではなかろうて、逃げるのも当然じゃろ」

「ですが、グローリアもなにか考えがあるから、補佐官も一緒に連れて行くのではありませんか?」

「絶対になーんにも考えずに送り込もうとしたなィ。うちの馬鹿弟子と同じ扱いだろィ」

「ショウは敵陣のど真ん中に送り込まれて大丈夫なのだろうか。まあ、ユフィーリア君と一緒だから問題ないか……」

「姉上のお帰りを、雑魚を片付けながらお待ちしております!!」

「お兄様、お静かに」


 そして逃げ出した補佐官の捕獲任務が臨時で発動するまで、あと三〇秒である。

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