第4話【狐巫女がやってくる】
【全くさぁ!! ユフィーリアったらさぁ!!】
「うわ、うるさッ」
蒼穹に響く笑い声を聞いていると、ユフィーリアの耳へ唐突にグローリアの説教が突き刺さる。
鼓膜を通り抜けて脳味噌を直接揺さぶる勢いのグローリアの絶叫に、ユフィーリアは顔を顰める。声の発生源を調べると、背中に一つ目の赤い鼠が張り付いていた。
ショウに視線だけで「この鼠を取れ」と伝えると、相棒は無言で頷いた。それから彼女の背後に回ると、一つ目の赤い鼠を鷲掴みにした。
【あ、コラ!! ユフィーリア、ちゃんと話を聞いて!!】
「説教を聞く時間はねえ」
ショウから鷲掴みにした一つ目の赤い鼠を受け取ると、ユフィーリアは【
放物線を描いて投げ飛ばされた可哀想な鼠を介して、グローリアの【話をちゃんと聞きなさああああああ……】という絶叫が尾を引いて消えていった。
ユフィーリアは形のいい鼻を鳴らすと、
「俺が悪い訳じゃねえし」
「…………」
「なんだよ、その目」
ジト目で見てくるショウに言えば、彼は「なんでもない」と小さく返してきた。
ことの発端はユフィーリアたちが白い塔に書かれた文章を「喧嘩を売られた」と解釈し、挑発したことでこの大事件が発生したのだ。悪いと言えば悪いだろうが、ユフィーリアだけの責任ではない。
ユフィーリアは「行くぞ」と戦闘の続行を促し、
「この多さはどうにかなんねえかなァ。終わる気配がねえし」
「そろそろ白い塔に突入を目指すべきなのだろうか」
白い塔から続々と出てくる天魔を討伐しながら、ユフィーリアとショウは相談する。
あの白い塔が天魔を生み出しているのでは、と疑いたくなるほど天魔がどんどん溢れてくる。だが、入口の天魔さえどうにかすれば白い塔に侵入することもできるだろう。
原因をどうにかしなければ、天魔の大群も解決できない。このままジリ貧の戦闘を続けるのも、いつかこちらが不利になる。
「しかし、どうする? 俺たちだけで白い塔に侵入できるような戦法はあるのか?」
「入口から出てくる天魔をどうにかできりゃいいんだけどなァ。入り口を塞いで、別の入口を作るか」
「下手をすれば白い塔が崩れてしまう可能性があるが」
「そこはそれ、気合いと根性でどうにかするんだよ」
師匠であるアルベルド・ソニックバーンズ譲りの根性論を展開し、ユフィーリアは大太刀を黒鞘に納める。
すると、
【ユフィーリアぁ……?】
「うわ、今度は鴉かよ」
目の前に翼をはためかせながら降りてきた巨大な鴉から、グローリアの湿っぽい印象の声が聞こえてくる。
説教の気配を感じ取ったユフィーリアは、小さく「逃げよう」と呟くと、
【させないよ】
「ぎゃあ!? 囲まれてた!?」
いつのまにか最高総司令補佐官であるスカイの使い魔に囲まれていたユフィーリアは、使い魔の気配に気付けなかったことに頭を抱えた。こんなに囲まれていたとは思わなかった。
【まだ調査している段階だったのに、白い塔を相手に喧嘩を売るとかどういうことなの!? こんなに天魔が出てくるとか聞いてないんだけど!!】
「だって『命を捨てる覚悟で挑め』だの『私たちは待ってる』だの言われりゃ、果たし状だと思うじゃねえか」
【聞いてないんだけど!?!!】
「もう聞いたよその台詞はよォ」
大事なことなので二回言いました、とばかりに叫ぶグローリアへユフィーリアは言う。
説教とか最初から聞くつもりはないので、太々しい態度で応じる彼女だったが、唐突に静かになった上官に疑問を覚える。チラリと巨大な鴉へ視線をやれば、ちょうど翼の毛並みを整えていた鴉が不思議そうに首を傾げただけだった。
使い魔包囲網から逃れていたショウにスススと近寄り、ユフィーリアは声を潜めて囁く。
「なに考えてると思う?」
「よからぬことだと思うのは察知できる」
「……じゃあなに言われるか予想できるよな」
「絶対に危険な任務だと推測できる。内容までは判断できないが」
ユフィーリアとショウは互いの顔を見合わせて、しっかりと頷く。それからそろりそろりと後退していくが、
【ユフィーリア、ショウ君】
「「げ」」
今度は二人揃って、思わず声を上げてしまった。
巨大な鴉はちょうど翼の毛並みを整え終わったらしく、黒い翼をはためかせて「カア」と一声鳴く。鴉を介して会話するグローリアの雰囲気を読み取ったかのような態度に、ユフィーリアとショウは本当に嫌な予感を覚えた。
対面していないので分からないが、おそらくグローリアはとてもいい笑顔を浮かべていることだろう。
【ちょっと二人にお願いがあるんだけど】
「絶対にお断りだ!! 白い塔に潜り込めとか天魔の大群をどうにかしろとかそんな内容だったらなァ!!」
【違うよ。僕がいつそんな無茶な任務を与えたの?】
「いつもだろうが!!」
異議あり、とばかりにユフィーリアはグローリアへ主張する。
大体の確率で、グローリアは第零遊撃隊であるユフィーリアとショウの二人にとんでもない任務を言い渡してきた。だから今回も、と警戒するのは常識である。
グローリアは【信用がないなぁ】とほわほわと笑い、
【君たちに言い渡す任務は二つだ】
こちらの心情などお構いなしに、グローリアは任務について話し始める。
【一つは、まだ天魔の大群の時間稼ぎをしていてほしい。なるべく数を減らして、特に入口付近の天魔を】
任務を言い渡す雰囲気を感じ取って、ユフィーリアとショウは居住まいを正す。
天魔の大群を相手にするだけなら、まだなんとかなるだろう。問題は二つ目だが。
【二つ目は、ある人が到着したら開始する。それまでは一つ目の任務に専念してほしい】
「…………」
「…………」
その二つ目の任務の内容が心配なのだが、今はやるしかない。
天才には天才の考えがある。ユフィーリアとショウの考えが及ばないところまで考えるのが、最高総司令官のグローリア・イーストエンドである。
ユフィーリアはやれやれと肩を竦め、ショウはうむと頷く。
「了解」
「了解した」
☆
「安請け合いをしなけりゃよかった」
「そうだな」
押し寄せてくる天魔の大群を眺めながら、ユフィーリアとショウは請け負った任務について会話し合う。
グローリアが言うには、特に入口部分の天魔の掃討をしなければならないらしい。入口付近は絶えず天魔が溢れ出していて、この光景を目の当たりにして「安請け合いをしなければよかった」と後悔した。
二人揃って深々とため息を吐き、
「そのある人ってのがくるまでの時間稼ぎだ、ショウ坊。気張っていくぞ」
「任務だから仕方があるまい」
ユフィーリアは大太刀の鯉口を切り、ショウは赤い
左右に口が引き裂けた犬の怪物が、白い塔へ突撃するユフィーリアとショウの二人に気づいて追いかけてくる。口が左右に裂けたと思ったら、上下にも裂けてまるで花弁のように開かれていく。縁取りには牙が生え揃い、とんでもなく恐ろしい光景が迫ってきていた。
「うおおおあああッ!? 背中を見たくねええええ!!」
「ただただ気持ち悪い犬だな」
素直な暴言を吐き捨てたショウは、赤い回転式拳銃を犬へ突きつける。それから背後を見ずに引き金を引いた。
銃口から火球が放たれ、炎に触れた瞬間に犬の怪物があっという間に消し炭となる。炎に包まれてジタバタと暴れ狂う犬の怪物だが、いつのまにか動かなくなった。
ユフィーリアは「容赦ねえなァ」と苦笑すると、その場で軽やかに宙を舞う。今までユフィーリアがいた地点には、狼の腕が突き刺さっていた。
「ぐあるるるる!!」
「ははッ、怖い怖い!!」
太陽を背にして笑うユフィーリアを睨みつける狼の怪物に、彼女は居合を放つ。距離を飛び越えて斬撃は狼へと届き、その首を容易く落とした。
ボトリと落ちる狼の首。綺麗な切断面から鮮血が溢れて地面に流れ、うつ伏せに狼の胴体は倒れる。
華麗に着地を決めたユフィーリアの横をショウが通り過ぎ、大きな口を開けて襲ってきた大蛇に火炎を浴びせる。「うぎゃあああああ」と人間じみた断末魔を上げて、蛇は黒焦げになって地面へ転がった。
「入口が見えてきたぞ、ユフィーリア!!」
「おっし、分かった!!」
飛びかかってきたムササビのような怪物を大太刀で叩き落とし、ユフィーリアは黒い外套の内側に手を差し入れる。
その内側から引っ張り出したのは、銀色の円筒だった。先端はなにか栓のようなものが塞いでいて、ユフィーリアはその栓を口に咥えて引き抜いた。
「そら、ぶっ飛べェ!!」
ユフィーリアは銀色の円筒を、全力で白い塔の入口めがけてぶん投げる。
銀色の円筒が地面に叩きつけられると、周囲の天魔を吹き飛ばさん勢いで爆発する。出てきたばかりの天魔は爆発に巻き込まれて粉々になり、白い塔がべったりと赤い液体で汚される。
しかし、爆発からなんとか逃れた数体の天魔がいて、ユフィーリアは大太刀で串刺しにしてやり、ショウは火炎で逃した天魔を焼き払う。
「……ユフィーリア」
「おう、見えてる」
ユフィーリアは舌打ちをする。
白い塔の入口から、内部がかすかに見えた。薄暗い内部で瞳を輝かせる天魔と目が合い、体が強張る。数えるのも億劫になるほど大量に待ち構えるそれに、ユフィーリアは眩暈を覚えた。
これを相手にするとか、正気か。
大太刀を握り直し、出てきた奴から討伐してやろうとユフィーリアは決めると、
「――おぅい、最強殿」
ジジジ、となにかが焼けつく音。
ユフィーリアが青い瞳を見開くと同時に、それは発動した。
「――陣形展開、結界方陣」
白い塔の入口を塞ぐようにして、透明な結界が展開される。
塔から飛び出そうとした天魔は、透明な結界を破壊しようと殴ったり蹴ったりする。結界は強固なもので、殴る蹴るの暴力だけでは結界は破れない。
そんな強固な結界を作ることができる人物など、ただ一人だけだ。
「……なるほど、お前の到着を待てってことかよ」
「カッカッカ、間に合ってよかったのぅ」
戦場に一人の青年が現れる。
鋼色の輝きを持つ髪を揺らし、その頭頂部では白い狐の耳が揺れる。薄桃色の瞳に精悍な顔立ち、見た目こそは若々しい青年だが喋り口調だけは老獪な爺を想起させる。
黒い袴が特徴の巫女服に、ふさふさの狐尻尾が九本。それは最後の天魔の一体【
青年は数枚の札を懐から取り出しながら、からからと笑う。
「やあやあ、最強殿。久しぶりだのぅ」
銀髪の狐巫女――八雲神はにこやかな笑みを見せて手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます