第13話【怪物の反撃】

「ああああああああああ、あああああああああああああああああ!!」


 威嚇するように叫ぶ人間モドキは、ねばねばした粘液が纏わり付く腕を振り上げて、近くに立っていたユフィーリアに殴りかかる。

 生まれたばかりだからか、動きも単純である。ただ真っ直ぐに突き出された拳を、ユフィーリアは体を捻って最小限の動きで回避する。


「おらッ!!」


 ユフィーリアは渾身の力を込めて、人間モドキの側頭部に大太刀を叩きつける。

 まだ生まれたばかりだからか、細胞の結合でも上手くいっていないのだろう。それとも【銀月鬼ギンゲツキ】による剛腕には、さすがに耐えられない構造にでもなっていたか。

 思い切り側頭部をぶん殴られた人間モドキは、ものの見事にその首を吹っ飛ばしていた。


「うわッ」


 ぶちぃッ!! と首が胴体から千切れて飛んでいく様を間近で見ることになり、ユフィーリアは思わず呟いてしまう。

 自分でやったことなのに、あまりにも簡単に千切れてしまってドン引きしてしまった。首を見事に吹っ飛ばした体は、不思議なことに直立したままである。


「……ユフィーリア、さすがにそれは……」

「おいグローリア、お前の普段はこれより酷いからな? 俺にドン引きするのを止めろ!!」


 生まれたばかりの人間モドキの首を吹き飛ばしたユフィーリアに、グローリアはドン引きした目線をやる。引かれるような目線を受けることはしていないはずだ、多分。

 他の奪還軍の天魔憑きも「うわ、一太刀で頭を吹き飛ばしたぞ」「え、怖ッ」などとドン引きした視線をユフィーリアに送る。彼らの場合は冗談でやっているのだろう、あとでぶん殴る。


「大丈夫だ、ユフィーリア」

「ショウ坊……」


 唯一、ユフィーリアの相棒であるショウは、無表情のままグッと親指を突き立てた。


「貴様の剛腕で相手の首を吹っ飛ばせるのは、今に始まったことではない」

「慰めにもなってねえ台詞をどうもありがとう。お前も冗談を言えるようになるたァ成長したな」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 やれやれと肩を竦めるユフィーリア。

 最初こそ、どんな冗談でも生真面目な性格のせいでそのまま受け取ることが多かったショウだが、今では自分でも冗談を言えるようになった。あの頃と比べると随分と成長――いや、毒されたものだ。

 ともあれ、今回の問題らしき相手はこれで動かないだろう。頭を吹き飛ばされてもなお動けるような怪物は、さすがに天魔の中でも存在しな――。


 ぞ、と。

 背筋になにか冷たいものが伝い落ちた。


 反射的にユフィーリアが振り返った直後、彼女の側頭部めがけて拳が振り抜かれる。

 強い衝撃が横から飛んできて、ガツンと脳味噌が揺さぶられる感覚が襲う。それと同時にユフィーリアは横に吹き飛ばされて、薙ぎ倒された丸太の山に頭から突っ込んだ。


「ユフィーリア!!」

「ぃ、ってェ……!!」


 ショウの絶叫が頭に響く。

 今のはなんだ?

 なにが起きた?

 ズキズキと痛む側頭部に手をやれば、ぬるりとした感触が指先から伝わってきた。見ればどうやら枝に引っ掛けたらしく、血がベットリとついていた。


(なんだ――?)


 仲間たちがどよめいている。「最強が吹っ飛ばされた!?」「いや、そもそも立ってるぞあいつ!!」と叫んでいる。

 丸太を蹴飛ばしながら起き上がったユフィーリアが見たものは、


「…………嘘だろ」


 思わず呟いていた。

 天魔であれ、なんであれ、頭を吹き飛ばされれば死ぬものだ。生きているだなんてあり得ない。

 なのに、何故。

 あの人間モドキは、まだ二本足で地面に立っている?


「見て、あれ!!」


 甲高い声――ルナが叫ぶ。

 彼女が示したのは人間モドキの頭の部分だった。無残に千切れた切り口がもぞもぞと蠢き、ゆっくりと皮膚が再生し始める。

 なるほど、頭部が再生するからまだ直立不動でいたのか。ユフィーリアは納得すると同時に舌打ちをする。


「再生能力持ちかよ、面倒だな」

「ユフィーリア、無事か!?」


 吹き飛ばされたユフィーリアを心配して、ショウとキングがやってくる。側頭部から流れ落ちる赤い液体を目の当たりにした二人は、各々の武器を握りしめて人間モドキへ振り返った。


「おのれ、あの人間モドキめ……ユフィーリアを傷つけるとは許さん!! 消し炭にしてくれる!!」

「人間モドキが生意気な!! 姉上を傷物にしてくれた報いは必ず返す!!」

「ショウ坊、キング、お前らは落ち着け。あとキング、傷物って言うと語弊があるぞ。戦場で傷がつくのは当たり前だろうが」


 ユフィーリアはツッコミを入れずにはいられなかった。戦場で傷つくのは当然のことであり、ユフィーリアもよく知らないうちに生傷をこさえることがある。怪我なんて慣れたものだ。

 しかし、二人は全く聞いていなかった。彼らにとって重要なのは、ユフィーリアを傷つけられたという一点のみ。ショウは赤い回転式拳銃リボルバーを、キングは薔薇のモチーフで飾られた長杖ロッドをギリギリと握り潰さんばかりに力を込める。


「生意気にも姉上の相棒の座に居続けるクソガキよ。誠に不本意ながら今は協力してやろう、感謝するといい」

「ふん、術式が使えんお荷物陛下がなにを言い出すと思ったが、まあいいだろう。俺たちの目的は不思議と一致しているようだ」


 二人して視線を交わし、それから口を揃えて宣告する。


「「あの怪物、ぶっ殺す」」


 二人は、あの人間モドキめがけて駆け出した。

 ついに頭部の再生を終えた人間モドキは「あああああ、あああああああああッ!!」と犬歯を剥き出しにして威嚇してくるが、そんな威嚇など通用していない二人には関係ない。


「はああああッ!!」


 キングが薔薇のモチーフが飾られた長杖を、人間モドキのこめかみに狙いを定めて振り抜く。ユフィーリアほど力がある訳ではないので首は吹っ飛ばなかったが、思い切り殴られたことでよろめく。

 長い前髪の隙間から赤い瞳がギョロリと覗き、人間モドキはニィと引き裂くようにして笑う。「よくも殴ったな」とばかりの笑みだった。

 しかし、キング一人だけが人間モドキに特攻を仕掛けた訳ではない。そのすぐ側にもう一人、限りなく影を薄くしてひっそりと赤い回転式拳銃を構えている。


「燃え尽きろ」


 それは死刑宣告にも似ていた。

 人間モドキが気づいた時にはすでに遅く、ごう!! と網膜を焼かんばかりの業火が地表を舐めるようにして広がる。人間モドキから逃げ場を確実に奪う為と、長い時間をかけて嬲り殺しにするようだ。いつものショウであれば絶対に選ばない、まるで拷問とも呼べる攻撃である。

 それらをはた目から見ていて、ユフィーリアは「ダメだ」と判断する。

 なにか根拠がある訳ではない。証拠も確証もない。だが、これまでいくつもの死線を潜り抜けてきた経験だけが、ユフィーリアの背中を後押しする。


「ダメだ!!」


 叫ぶと同時に、ユフィーリアは駆け出した。

 炎に囲まれた人間モドキは、その肌を炙られている状況にもかかわらず、大きく息を吸うような素振りを見せる。それから一息で、ショウの操る炎を吹き散らした。


「ッ!?」


 驚愕で瞳を見開くショウ。その側では「なッ!?」と分かりやすく驚くキングがいる。

 炎を一息で吹き散らした人間モドキは、細い腕をショウに伸ばす。その胸倉を掴んでなにをするつもりだろうか、予想は色々とできるがどれもこれも彼を傷つけるものだろう。

 ユフィーリアは人間モドキがショウに触れるより先に、彼へ伸ばされた腕を横から掴む。それから【銀月鬼】の剛腕に任せて、先程の丸太の山へ頭から突っ込んだお返しだとばかりにぶん投げる。

 放物線を描いて人間モドキは丸太の山へ頭から突っ込み、しかしすぐにムクリと起き上がってユフィーリアを睨みつけてくる。


「うううううう……」


 唸り声を漏らす人間モドキに、ユフィーリアは大太刀の切っ先を突きつける。


「一発で伸びると思ったか? 残念だったな、俺は意外と頑丈なんだよ」


 そもそもあの強烈な一撃を受けて、まだ額に傷を負っただけで済んで助かった。まさに悪運が強いと言うべきだろうか。

 人間モドキが「うああああああッ!!」と咆哮を上げるのに負けず、ユフィーリアも吠えた。


「最強舐めんなッ!!」

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