第14話【夜明け前の攻防】

「がああああああああああああッ!!」


 人間モドキが絶叫する。

 細い見た目からでは想像できないほどの怪力を宿した腕を振り上げて、対峙するユフィーリアに突っ込んでくる。単純に殴りかかってきているようにも見えるが、その素早さは先程よりも上昇している気がした。

 ユフィーリアは馬鹿正直に正面から突っ込んでくる人間モドキの足を払い、無様に転ばせる。顔面から地面に飛び込んだ人間モドキは「ぐううう」と呻いた。


「えいッ」


 可愛らしい声と共に、ショウがうつ伏せて倒れる人間モドキを踏みつける。革靴と違って、彼が身につけているものは下駄なので痛さは増していることだろう。

 人間モドキは「ぐぎゃあ!!」と痛さを訴えるように鳴いた。

 ただ、相手も殴られて喜ぶような趣味はないらしい。上昇した素早さを活用して、人間モドキはショウの足首を掴んで乱暴にぶん投げる。


「うわッ」

「ショウ坊!!」


 投げ飛ばされたショウを追いかけようとするが、人間モドキがそれを許さなかった。

 うつ伏せの状態から跳ね起きた人間モドキは、口を左右に引き裂かんばかりに大きく開けて、ユフィーリアに噛み付いてこようとする。歯の並びは人間らしいが、牙を想起させる犬歯が垣間見える。

 右手に握りしめる大太刀を、ユフィーリアは人間モドキの大きく開かれた口めがけて突き出す。喉を突き破ってうなじから刃が伸び、人間モドキが「ぐげッ」とくぐもった悲鳴を上げる。


「おらッ!!」


 ぶん!! と大太刀に突き刺さった人間モドキを放り投げると、鮮血を撒き散らしながら飛んでいった。地面に叩きつけられてもなお人間モドキは元気に起き上がり、横から飛来したクイーンの木の根によってまた弾き飛ばされる。

 人間モドキの動きに注視しながら、ユフィーリアは倒れた巨木の上で伸びるショウに駆け寄る。


「おい、ショウ坊。無事そうだな?」

「不思議なことにかすり傷一つない」


 ショウは腹筋を使って跳ね起きると、乱れた髪を適当に直す。思い切り投げ飛ばされたが、意外と余裕がありそうだ。

 ユフィーリアは大太刀を鞘に納めると、遠くでクイーンが操る木の根に翻弄される人間モドキを見やる。

 ボサボサの長い銀髪を振り乱し、犬歯を剥き出しにしてあちこちに「がああああ、があああああああ!!」と威嚇しまくっている。太い木の根がむちのようにしなり、人間モドキにビタンビタンと往復で頬を張って黙らせていた。

 それでも、どれだけボロボロに痛めつけようと、致死になる攻撃を与えても、人間モドキはすぐさま回復してしまう。殺せる要素が全くない。


「どうしたものかな、あれ。どうやったら殺せると思う?」

「俺の火葬術でも殺せることができないとなると、アクティエラで戦った【魔道獣マドウジュウ】や悪夢の繭と同じように核を破壊する必要があるぞ」


 倒し方を模索するユフィーリアに、ショウが言う。

 確かに、あれらの天魔は心臓とも言える核を破壊することで討伐することができた。あの人間モドキも同じようなものであれば、何度か攻撃していくうちに核を吐き出すのだろうか。

 ユフィーリアは「まあ、その線でいくしかねえな」と頷き、


「ショウ坊、腹の方は十分か?」

「問題ない。紅蓮葬送歌グレンソウソウカもいつでも出せる」


 真剣な表情で頷き返すショウに、ユフィーリアは「その意気だ」と笑った。

 大太刀の鯉口こいぐちを切り、ユフィーリアは木の根に翻弄されて絶叫する人間モドキめがけて駆け出す。「がああッ!?」とユフィーリアの存在に驚きを露わにした人間モドキだが、拳を握りしめて迎え撃とうとしてくる。


「――――ッ」


 短く息を吐き、ユフィーリアは抜刀する。

 神速の居合が放たれ、薄青の刃が切断したのは人間モドキが突き出した細い右腕。肩からすっぱりと切り飛ばされて、徐々に白んできた夜空を舞う。


「ぐがあああああああああッ!!」

「ッと、危ねえ!!」


 右腕を切り飛ばされた痛みと恨みを込めて、人間モドキが叫ぶと同時にユフィーリアへ左足を振り上げる。

 左足による上段蹴りを飛び退って回避すれば、入れ替わるようにショウが前へ出る。人間モドキの長い前髪の隙間から僅かに覗く赤い瞳が見開かれた。


「せえいッ!!」


 軽やかに地面を蹴飛ばして宙を舞ったショウは、綺麗な回し蹴りを人間モドキの側頭部に叩き込む。「ぐぎゃあッ」と呻いてよろける人間モドキに、すかさずユフィーリアがさらに居合を叩き込む。


「ほらよッ!!」

「ぎあああああああッ!!」


 切断されたのは左腕。べちゃ、と生々しい音を立てて、二の腕から先が地面に落ちる。

 綺麗な切断面からボタボタと鮮血が流れ落ち、人間モドキは「ぎああ、ああああがあああああああ」と呻きながらヨロヨロと距離を取る。

 肩から切り落とした右腕は徐々に再生を始めていて、血はすでに止まっている。元通りに戻るのも時間の問題だ。


「畳み掛けるぞ!!」

「了解した!!」


 両腕をなくした今が好機である。

 ユフィーリアは大太刀で頭頂部をぶん殴ってやろうと大上段から振り下ろそうとするが、


「あ、ハぁ、は」


 人間モドキが笑った。

 ニィ、と裂けるように笑ったのだ。

 その笑みに恐怖を覚えた次の瞬間、


「見、みみ、みィ、つケ、たァ」


 人間モドキの足元で海のように広がる鮮血が、うぞぞぞぞと地面の上を蠢く。そして主人である人間モドキを守るように盛り上がると、大小様々な棘を作り出した。


「ッ!?」


 ユフィーリアは反射的に大太刀と左腕で守ってしまう。襲いかかってくる赤い棘が、ユフィーリアの左腕を容赦なく刺し貫いた。


「ぐッ、こ、のおッ!!」


 喉の奥まで迫り上がってきた激痛を無理やり飲み込み、ユフィーリアは右手で握りしめた大太刀で赤い棘の群れを薙ぎ払う。

 ポキンポキンと大太刀の強度に耐えられず、赤い棘は次々と折れてしまう。だが、その攻撃は確かに人間モドキに逃げる隙を与え、距離を取られていた。

 ユフィーリアは舌打ちをする。左腕には肘から下にかけて三本ほど、赤い棘が突き刺さったままだ。ボタボタと鮮血が外套の袖に染み込み、地面に落ちる。焼けるような痛みに、眉根を寄せた。


「ユフィーリア!!」

「平気だ、このぐらい。腕が一本使えなくたって、この俺が負ける訳ねえだろ」


 心配するショウに、ユフィーリアは笑い飛ばす。本当は少しだけ強がりで笑い飛ばしただけだが、ここで弱音を吐いている訳にはいかない。

 あとでグローリアに治療でもしてもらうか、と考えながらユフィーリアは人間モドキを見やった。

 人間モドキは自分自身に隠された能力を見つけ出して、ニヤニヤと笑う。左腕の再生も始まり、再生を果たした右腕を自傷して血を出すことをしている人間モドキは、完全に自分の攻撃方法を理解してしまった。

 血液を操る能力――吸血鬼と同じものだ。

 つまり、あれは吸血鬼に似た天魔なのか?


「吸血鬼ってことは、夜明けになれば自滅する……?」


 ユフィーリアは空を見上げる。

 東の空が白んできているものの、まだ朝日は出ていない。夜明け前と呼べる時間帯だろうが、あの人間モドキ――いや、吸血鬼モドキを討伐するにはまだ光量が足りない。


「多、クの、血ィ……多くの、血ィが、アればァ……」


 吸血鬼モドキはガクガクと頭を振りながら、なにかをブツブツと呟いている。


「多くの、血ィが、あれバぁ」


 サラリと長い銀色の前髪が横に滑り、炯々と輝く赤い瞳が真っ直ぐにユフィーリアを見据える。


「オ、前を、こ、コココロコロ、殺せ、殺セるゥ?」

「――上等だ、やってみやがれ」


 ユフィーリアは不敵に笑った。

 左腕に突き刺さった赤い棘を力任せに引き抜き、ボタボタと血を流しながら彼女は挑発する。痛みなど脳内麻薬によって吹き飛んだ。血の量が足りなくなったところでどうにかなるはずだ。

 攻略方法は見えた、ならばそれまで押さえ込むだけだ。


「かかってこいよ、モドキ風情の出来損ないが!! どっちが格上か、その体に教え込んでやらァ!!」


 夜明けまであと数分。

 それまでに、戦い方を学んでしまった吸血鬼モドキを制すれば勝ちだ。

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