第19話【父子の再会】
――温かい。
なにかに抱きしめられているような感覚に、ショウは瞳を開く。
引き金を引いた瞬間、紅蓮の炎がショウの視界を覆い尽くしたのだ。それから眩い光がショウを包み、思わず目を瞑ってしまった。
先程まで感じていた炎の熱さはなく、代わりに感じているものは人肌。瞳を開いたショウは、状況を確認する為に首を動かす。
「――――ッ」
赤々と燃える炎に包まれる自分の体に、小豆色の着物を身につけた女が抱きついている。
片腕は切断され、残った枯れ枝の如く細い腕でショウを優しく抱きしめている。その力加減は絶妙で、まるで親が子供を抱きしめるような――。
「【
まさかここまで追いかけてくるとは。
ショウはとどめを刺そうとしたのだが、次の瞬間、小豆色の着物の女は足元からゆっくりとショウの炎によって焼かれていく。
それでも、彼女は熱がる素振りを見せない。なおもショウの体を優しく抱きしめたまま、
「ああ、ああ……」
女は、掠れた声で囁く。
心の底から愛おしい――その想いを込めて。
「大きくなったね、ショウ」
優しい声が、するりと耳元に滑り込んでくる。
ショウは顔を上げ、女を見上げた。少しだけ痩せこけた彼女は、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
節くれだった指先でショウの頭を撫で、彼女は炎の中に消えていく。断末魔すら上げず、苦しむことなく、彼女は紅蓮の炎に包まれて灰となった。
紅蓮の炎の中を舞う小豆色の布の切れ端に手を伸ばすと、それすらも燃え尽きてしまった。
「――母さん?」
自信はない。
それでも、そんな気がしたのだ。
母親の影を感じたことはないのに、何故か彼女がそうだと思ってしまったのだ。
☆
曇天を舞う白い包みが、自然発火して消し炭となる。
それと同時に、瘴気の塊とも呼べた黒い竜巻がゆっくりと姿を消していく。どうやら【伊奘冉】の討伐は成功したようだ。
大人しくなった炎の巨人もまた徐々に姿を消していき、胸の辺りにポツリと立ち尽くしていた人影が重力に従って落ちていく。その人影を追いかけて、アルベルドが慌てて走っていった。
三度も『お
「いやー、終わったかのう」
「……爺さん、ロクな活躍してねえだろ」
「失礼な。【伊奘冉】の瘴気が飛び散らんように押さえ込んでおったわい。司令官殿の術式の強化も並列してやっておったぞ」
「はいはい、縁の下のなんとやらって奴な」
ユフィーリアが適当に応じると、八雲神は「ありがたみが感じられんわい!!」と九本の尻尾をぶわぶわと膨らませて憤っていた。
【伊奘冉】が討伐されたことで、各々は終戦の雰囲気を感じ始める。グローリアやスカイもその場に座り込んで「疲れたぁ」「疲れたッスわー、しばらく働きたくねー」などと言い合っていた。
しかし、その雰囲気を許さない存在もいる。
「貴様ら……よくもやってくれおったな……!!」
殺意を漲らせた老爺――ミソギ・キタオオジが
「【伊奘冉】様を殺した……ワノクニの平和を脅かしておいて、生きて帰れると思うでないぞ!!」
「それはこちらの台詞だが」
怒れるミソギの前に立ったのは、頭に狐面を乗せたショウに似た男だった。
スカイによる治療は完了したのか、顔色はよくなっている。背筋を伸ばしてミソギを冷たい目で見下ろす彼は、拳銃と剣が一体化した武器を老爺に突きつける。
「なにか言い残すことはあるかね?」
「は――死に損ないが、埋葬の筆頭と呼ばれる我に敵うと思うてか!!」
「確かに君が本気を出せば、私は勝てないだろう。だがね」
剣の切っ先を痩せ細った老爺の腹に突き入れる。
老爺は「ぐあああッ!?」と絶叫を口から迸らせ、大量の血を吐き出す。腹に突き刺さった剣を抜こうと懸命に抵抗するが、そもそも若さに差があるからか老人の力では男に勝てない。
「埋葬術は火葬術と違って、傷の回復ができないだろう? 君ができるのは自分の分身を作ることだが、血を吐いているところを窺うと君は本体のようだ」
「ぐぅ……貴様……!!」
「死にたまえ、ミソギ・キタオオジ」
男は拳銃の部分の引き金を引く。
ガチン、という撃鉄が落ちると同時に、剣に貫かれていた老爺が内側から爆発した。断末魔さえ上げることを許さず、大量の鮮血を撒き散らすと同時に肉片がそこかしこに飛び散る。
すぐそばにいた妖艶な花魁は、その全身に血を浴びて「ひぃッ」と引き攣った悲鳴を上げる。着物や肌に染み込んでいく赤い液体をなんとか拭おうとするが、目の前に転がった肉片と臓物に我慢し切れず甲高い悲鳴を上げた。
「いやあ、ああああああ!! ああああ、あらし、あたしも殺すのぉ!? ああ、あたし、あたしはぁ、なにもしてないじゃないのぉ!!」
「なにもしてない? なにを言っている。君が息子にした罪は消えない訳だが」
刀身を赤く染めた剣を振り払い、男は美しき花魁の鼻先に剣の切っ先を突きつける。
血濡れの花魁――イノリは「ひぎッ」と悲鳴を漏らし、ずるずるとゆっくり後退をし始める。
「あ、あたし、あたしは悪くない!! 悪くないもの、なにも、なにも悪くない!!」
言い訳を叫ぶ彼女へ、ついに凶刃が叩き込まれようとしたその瞬間。
「醜い言い訳はブスの証だぞ」
ユフィーリアが居合を放つ。
距離を飛び越えて、薄青の刃がイノリの首を落とした。ゴロリと絶望の表情を浮かべたまま固まった女の首が、胴体から転がり落ちる。首をなくした女の肢体は、ゆっくりと仰向けで倒れていった。
男は剣と拳銃が一体化した武器を消しつつ、相棒とよく似た赤い瞳でユフィーリアを見てくる。
「いやだって、俺もそこの花魁は殺したかったし?」
「……まあ、君だから仕方がない」
やれやれと肩を竦めた男に、ユフィーリアは「え、俺だから仕方がないってなに?」と問いかける。相手からの返答はなかったが。
すると、
「おうおう、オメェら。歓談してるところ悪ィが、本日の英雄様がご帰還したぞォ」
「師匠は英雄じゃねえだろ」
「オイラじゃねえやィ、肩に担いでんだろィ」
「だとしても、英雄の扱いじゃねえ」
【伊奘冉】にとどめを刺した英雄であるショウを肩に担いで戻ってきたアルベルドは、ぐったりとした状態のショウを地面に落とす。
顔面を強かに地面に打ち付けてうつ伏せの状態で倒れるショウは、尻を空高く上げるという馬鹿みたいな体勢のままピクリとも動かない。あれだけの炎を操っていたのだから、きっと体力の限界がきてしまったのだろう。
「ショウ坊、生きてるかァ?」
「死んでる」
「生きてんじゃねえか」
「死んでいる」
顔面を上げようともしない相棒は、意地でも死んだ状態だと言い張る。
「つーか、死にそうなのは俺の方だよ。三回も『お了り空・絶刀空閃』をやったんだぞ」
「自業自得ではないか」
「ンだとお前、俺が死んだら酒瓶大量に棺の中に入れて火葬しろよ。絶対だからな」
「火柱を高くしてどうする貴様。一種の料理になるではないか。ユフィーリア・エイクトベルの酒蒸し焼きか」
「美味そうだろ残さず食え」
「別の意味に聞こえたのだが、どうしてくれる」
漫才のようなやり取りを経て、ユフィーリアは倒れる相棒を起こしてやる。地面に顔面を打ち付けたせいか、口元を覆う黒い布が砂埃塗れになっていたし、額も赤くなってしまっている。
それでも因縁の相手を倒したショウは、清々しい笑顔で「やってやったぞ」と言う。
「そうだな、やっちまったな」
「イノリとミソギは騒ぎそうなものだがな、そんなもの知らん」
「その二人については永遠に黙らせたから安心しろ。――それよりも、ショウ坊。お前は最後の仕事を忘れてるぞ」
「? 最後に一体なにをしろと?」
首を傾げるショウに肩を貸して立ち上がり、ユフィーリアは「前見ろ、前」と促す。
ショウは不思議そうに赤い瞳を瞬かせ、それから言われた通りに正面へ顔を向けた。それから彼は息を飲む。
そこに立っていたのは、自分と瓜二つの顔を持つ男だった。頭に乗せた狐面に長い髪を一つに括り、書生の格好をした赤い瞳の男が。
「……父さん……」
やはり、彼はショウの父親でありアズマ家前当主――キクガ・アズマだったのだ。
少年が死んだと思っていた、死んだと認識させられていた唯一無二の肉親。幼いショウが、助けを求めてやまなかった人物。
ユフィーリアは、ショウに「父が生きていると知った時、どうすればいいのか分からない」と相談を受けた際に「会ってから考えろ」と答えた。そして、親子はこうして再会を果たした。
「…………すまないことをした」
最初に口を開いたのは、キクガの方だった。
「私は、長いこと君を一人にしてしまった。君に、耐え難い苦痛を与えてしまった。父親失格だ」
「…………」
父の懺悔を前に、息子は口を噤む。
ただ、謝罪の言葉を述べる父をじっと見つめている。
「許してくれとは言わない。私のことを、恨んでくれても構わない。ただ、私は君のことを――」
キクガの言葉を遮って、ショウは彼に抱きついた。
背中に腕を回し、彼は自らの父を強く強く抱きしめる。
「…………ずっと、ずっと会いたかった。会いたかったんだ……!!」
彼は恨んでもいなかった。
彼は憎んでもなかった。
彼は、ずっと父親に会いたかったのだ。
「話したいことがたくさんある……見てもらいたいものも……!! でも、最初は、一番は」
色鮮やかな赤い瞳から涙を流し、それでもショウは笑顔を浮かべて、
「俺は父さんよりも強くなったぞ、褒めてくれ!!」
「……ああ、そうだな。君は本当に強くなった」
キクガはショウの頭を撫でると、
「さすが私の息子だ」
親子の感動の再会を眺めていたユフィーリアとアルベルドの師弟は、
「おーおー、いいねェ。聡明なお父様だから息子も聡明だってか」
「なんでィ、オメェ。一丁前に羨ましいってかァ? 撫でてやろうか?」
「四度目の『お了り空・絶刀空閃』を叩き込まれてえのかクソ師匠」
「可愛げのねえ馬鹿弟子だなァ、オメェよォ!!」
ユフィーリアはアルベルドの頬を抓り、アルベルドはユフィーリアの頭を押さえつけるという程度の低い争いを繰り広げていた。
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