第2話【彼の本当の思いは】
ショウ・アズマ殿
王都では
貴殿が王都へ旅立った日が、昨日のことのように思い出せます。
さて、今回お手紙を出したのは、近日開催される
つきましては、明日の夜までにワノクニまでお帰りいただきたく思います。
なお、同行者は四名までとさせていただきます。
それでは、貴殿のご帰還をお待ちしております。
キタオオジ家当主 ミソギ・キタオオジ
「絶対に帰らん」
ショウは吐き捨てるように言い、巻物をぐしゃぐしゃと丸めると足元に叩きつけた。よほど故郷には帰りたくない思いでもあるのか、表情変化に乏しい彼から不機嫌な空気のようなものが放たれる。
ざわざわとし始めた大衆食堂に、ユフィーリアは苦笑する。それもそのはず、ワノクニといえば内部事情を一切漏らさない閉鎖国家と名高い国なのだ。
誰しもワノクニに興味があり、さらにショウの同行者に四名まで連れて行けるとなれば争奪戦が起きてもおかしくない。
「でも、わざわざ交通費まで寄越してきたんだろ? たまには実家に帰ってみればよくね?」
「……家には誰もいない。管理は知り合いに任せているが、ほぼ無人の状態だ」
ユフィーリアが提案してみるが、ショウはよほど嫌なのか相棒であるユフィーリアにでさえジト目で睨みつけてくる。
「どうせまた、よからぬことでも考えているに違いない。四神家の全体会議とて方便だろう」
机の上に投げ出された五枚の乗車券を一瞥したショウは、吐き捨てるように言うとプイと顔を背けた。
故郷がそれほど嫌なのだろうか、とユフィーリアは思ってしまう。ユフィーリアからしてみれば、故郷など遥か昔に天魔によって滅ぼされてしまったので、姿形すら残っていない。故郷があるだけマシだと思う。
すると、
「一体なんの騒ぎなの?」
上階からパタパタと青年が降りてくる。
烏の濡れ羽色の髪をした青年だ。肩までかかる髪を紫色の
清潔な白いシャツと細身のズボン、それから膝丈のブーツという簡素な格好をした青年だが、懐中時計が埋め込まれた死神の鎌が物々しい雰囲気を醸し出している。そもそも、そんな簡素な格好は彼の役職からでは想像できないほど地味だ。
アルカディア奪還軍最高総司令官――グローリア・イーストエンドは、机の上に投げ出された状態の五枚の乗車券を見つけると、
「ワノクニ行きの乗車券? 凄いね、五枚もある」
「ショウ坊がなんちゃら会議にお呼ばれして、四人まで同行者が許可されるんだとよ。その為の乗車券だ」
「わあ、いいなぁ。僕、ワノクニって行ったことないんだよね」
グローリアが物珍しそうに乗車券を手にすると、
「ねえ、ショウ君。僕ついて行っちゃダメかな?」
「……イーストエンド司令官が?」
「うん!! だって行ったことないし、ワノクニの景色を見てみたいよ!!」
やや興奮した状態で言うグローリアの勢いに気圧されて、ショウは「……ならば、仕方がない」と応じる。
「ならば、この二枚はイーストエンド司令官とエルクラシス補佐官で頼む。一枚はユフィーリアに」
「ん? 俺も行っていい訳?」
「顔に『行きたい』と書いてあるぞ」
差し出された乗車券を受け取ったユフィーリアは「バレたか」と舌を出した。
ワノクニは閉鎖国家なので、その内情は知られていない。なのでユフィーリアもワノクニには一度でいいから行ってみたかったのだ。
「最後の一枚は……」
「儂が行こう」
ショウの手から乗車券を引ったくった八雲神が「カカカカ」と笑うり
「なに、儂もワノクニにはちと用事がある。乗車券があるなら使う手はあるまいよ」
「……まあ、別に問題はないが」
あっさりとワノクニ行きの乗車券が売り切れてしまい、大衆食堂の他の同胞たちは残念そうに肩を落とす。
ともあれ、これでワノクニ行きの面子は揃った。ユフィーリアは、まだ見ぬワノクニに柄にもなく胸を躍らせるのだった。
☆
深夜のこと。
誰かが動くような気配を感じ取ったユフィーリアは、自然と意識が浮上する。【
そしてここ最近、深夜に動く輩の目星はついている。
「……こんな夜中に起きてどうした、ショウ坊」
「ッ」
ロフトベッドの下段から顔を出したユフィーリアは、梯子を伝って降りてくる少年を見上げる。
暗闇で蠢く人影――ショウは、驚いたようにその身を竦ませる。そして「起こしてすまない」と小声で謝罪すると、自分の寝床である上の寝台に戻ろうとした。
ユフィーリアは寝床にしているソファに座り直し、それから上の寝台の底をコツコツと軽く叩く。高い位置に寝床があるロフトベッドは下の段が空白になっていて、ユフィーリアはその部分にソファを置いて寝床としているのだ。基本的にベッドで寝るという習慣がないので、この手法はある意味で個室のようになるので気に入っている。
「逃げるな、降りてこい」
「……了解」
渋々という態度で、ショウはゆっくりと梯子を伝って降りてくる。
何故か怒られる前の子供のようにしょんぼりとした様子でユフィーリアの前に現れたショウは、視線だけで「なんだ?」と告げてくる。ユフィーリアは空いている自分の隣をポンポンと叩くと、
「座れ」
「…………了解した」
ユフィーリアの命令に従って、ショウはユフィーリアの隣にちょこんと座る。
大人しく座ってユフィーリアの話題を待つショウに、彼女は単刀直入に切り込んだ。
「お前、最近おかしいぞ。話しかけてもぼんやりしてるし、ずっと椅子に座ってるだけし」
「…………」
「体調でも悪いのか? それとも寝つきが悪いとかか?」
「………………」
「ショウ坊、俺はなんでもかんでも分かる訳じゃねえ。口に出さなきゃ分かんねえだろ」
「……………………」
口を噤んでいたショウは、観念したように口を開く。
「……ユフィーリア、聞きたいことがある」
「おう、スリーサイズ以外なら教えてやるよ」
「何故にスリーサイズは教えてくれないのか」
「だって測ったことねえし」
そんな冗談に応じるぐらいには、ショウも余裕が出てきた様子だ。
ユフィーリアは「で? 聞きたいことって?」と促すと、ショウは静かに語り出す。
「ユフィーリアは、師匠であるアルベルド・ソニックバーンズが生きていると分かった時、どう思った?」
「どう?」
突拍子もない質問の内容に、ユフィーリアは首を傾げる。
師匠であるアルベルド・ソニックバーンズは、ユフィーリアが一八歳の時に天魔に食われて死んだはずだった。だが、腹の中に消化されかけていた天魔【
――空に浮かぶ城にて、敵として。
「あの時は、まあ、状況が状況だったしな。絶望したな」
ユフィーリアはあの時の光景を思い出しながら、うんうんと自分で納得するように頷く。
敵として現れた時は、正直なところ死を覚悟したものだ。師匠のアルベルドには勝てないと思っていたし、殺すことなど以ての外と考えていた。
だって、ユフィーリアはアルベルドと生きていたかったのだ。赤子の頃から面倒を見てくれた親代わりであり、この理不尽な世界で生き抜く術を教えてくれた師匠でもある。その首を掻き切った時は後悔などしていないが、二度と経験したくない体験である。
「それでも、俺は師匠が生きててくれてよかったって思ってる」
「……何故?」
「そりゃあ、師匠とやりたいことがあったしなァ」
ユフィーリアは苦笑すると、
「馬鹿みたいに修行したかったし、教えてもらいたいことも色々あった。一緒に酒も飲んでみたかったな。そんで阿保みたいな話をしながら、一緒に笑いたかった。――ほんの些細なことだけどな、俺の親は師匠しかいねえんだよ」
今更どの面を下げて目の前に現れた、などという感情は持ち合わせていない。むしろ、ユフィーリアは生きていてくれただけでよかったと感じた。
今はどこにいるか分からないが、それでもいつか再び会えた時には共に戦場を駆けることになることを夢見て。
そんな小恥ずかしくなるような内容を
ショウは少しだけ目を伏せると、
「父さんが生きているかもしれないと、あの骸骨の海賊から聞いた」
「つまりあれか、お前の調子を狂わせたのはあの海賊野郎だと。よし分かったちょっとエージ海まで行ってくる」
「待て待て、ユフィーリア。こんな夜中からエージ海まで突撃すれば、明日のワノクニへの出発に間に合わなくなる」
「……それを出されちゃ仕方ねえな。命拾いしたぜ、あの海賊野郎ども」
極小の舌打ちで深海を根城にする天魔憑きたちに対する呪詛を吐いたユフィーリアは、
「で、父ちゃんが生きてるって分かったからってなんだ? そんなに思い悩むことか?」
聞く人がいれば「デリカシーのない質問の内容だねぇ!!」などと総ツッコミされそうな内容だが、ショウは特に気にしたこともなく話し始める。
「俺は、父さんは死んだものだと思っていた。ずっとそう教わってきたからだ」
「おう、まあ状況は似てるな」
「幼い頃の俺の面倒を見てくれたのは、親交のあった
「…………」
「だから俺は、父さんさえ生きていてくれれば調教を受けずに済んだのではないかと思っている」
ユフィーリアが静かにキタオオジ家とサイオンジ家とやらに殺意を漲らせている横で、ショウは話を完結させた。
「俺は……俺は、父さんの生存を喜べばいいのか、恨めばいいのか、分からない」
ギュ、と自分の手の甲に爪を立てて、ショウは静かに言う。
彼がどれほどつらい調教を受けてきたか、ユフィーリアは知らない。だが、父親の生存を手放しで喜べない状況にあるのだから、それはそれは恐ろしいものだったに決まっている。
その調教の結末は、かつてのショウの状態が物語っている。誰の命令に対しても否を唱えることなく、それがまるで自分の意思であるかのように従った。だからこそ『
悩む相棒に対して、ユフィーリアが出した結論は、
「出会ったら考えれば?」
「出会ったら?」
「出会えてもねえのに悩むと頭が痛くなるぞ。こういうのは気楽に構えるのが一番なんだよ」
ユフィーリアとて、アルベルドと出会うまでやりたいことなどすっかり忘れていた。まずは出会うことが先決だろう。
赤い瞳を瞬かせる相棒の額を指で弾き、ユフィーリアは笑う。
「お前は深く考えすぎだ、ショウ坊。自分の意思できちんと思ったことを伝えろ。殴りたいなら殴ればいいじゃねえか、お前の気が済むなら」
「……それもそうだな」
納得のいく回答が得られたのか、ショウもつられて笑った。
「ところでショウ坊、キタオオジ家ってのとサイオンジ家ってのは見つけ次第ぶん殴ってもいいか?」
「見つけ次第殺してくれ」
「分かった殺すわ」
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