第8話【海賊の宴】

「よーこそ、我がクイーンマリアンヌ号へ!!」


 海賊風の衣装をまとった骸骨がいこつが、大仰に両手を広げながら海賊船に乗り込んだユフィーリアたちを歓迎する。

 同胞たちも呼んでユフィーリアたちが海賊船に乗り込むと、海賊船は再びゆっくりと青い世界を突き進み始める。かと思えば、落ちることを警戒した底の見えない深い海溝へと海賊船は落ちていくではないか。

 真っ暗な中を、ぼんやりと青白い光が照らす。その光源は、船の周りを飛ぶ鬼火からだった。


「おっと、自己紹介だ。オレはキャプテン・テイラーだ。テイラーと呼んでくれよな」


 カタカタと顎関節を鳴らし、骸骨はテイラーと名乗った。

 同胞たちがひそひそと「あれどうやって喋ってんだろうな」とか「飯とかどうしてんだろうな」とか話し合うのを背中で受け止めながら、ユフィーリアが代表して名乗る。


「俺はユフィーリア・エイクトベル、アルカディア奪還軍第零遊撃隊に所属してる天魔憑きだ」

「知ってるぜ。【銀月鬼ギンゲツキ】ってんだろ? あの最強って言われてた」

「海の底でも【銀月鬼ギンゲツキ】の名前が轟いてるのは驚きだな」

「知ってるもなにも、オレたちも天魔憑きだからな」


 軽い調子で言うテイラーに、ユフィーリアは「は?」と聞き返す。


「お前らが? 天魔憑き?」

「おうよ。まあ、他に比べればちと珍しいんだがな」


 テイラーは頬骨の辺りを指先でコリコリ掻くと、船の奥へ振り返って「おーい」と呼びかける。

 すると、テイラーと同じような骸骨が三体ほど奥からひょっこりと出てくる。テイラーと違うところと言えば、こちらは海賊の下っ端を思わせる簡素な服装だった。

 やはり同じようにカタカタと骨を鳴らしながら、骸骨たちは軽快な口調でテイラーの呼びかけに応じる。


「なんすか、船長」

「いや、お客人に部下のことを紹介しておこうという船長の優しさでな?」

「とか言って、船長は【銀月鬼ギンゲツキ】のねーちゃんにお熱だからな。いいカッコ見せてやろうとか思ってんじゃねーですか?」

「うるせーぞ、お前らァ!!」


 テイラーが「さっさと戻れ!! 持ち場に戻れ!!」と理不尽なことを下っ端の骸骨たちに叫び、骸骨たちはカタカタと笑いながら持ち場に戻っていった。

 やりとりをはた目から観察していたが、別段おかしなところはなかった。ああいうやりとりは、奪還軍でもよく見られる光景だ。

 やれやれと肩を竦めたテイラーは、申し訳なさそうに「いやー、見苦しいところを見せたな」と言う。


「オレたちは【骸骨海賊ガイコツカイゾク】っつー天魔憑きだ。オレたち一人一人が、じゃねえ。オレたち全員で【骸骨海賊】っていう天魔憑きなんだ」

「全員で?」

「全員で【骸骨海賊】の天魔憑きさ。浪漫があるだろ?」


 カタカタとテイラーは笑いながら、どこか誇らしげに言った。

 確かに珍しいものである。ユフィーリアは【銀月鬼ギンゲツキ】と、ショウは【火神ヒジン】とそれぞれ個人で契約をしている。複数人で一つの天魔憑きという話は、ついぞ聞いたことがない。

 ショウやエドワード、ハーゲンや他の同胞たちも聞いたことのない契約方法だったようで「へえ、そんなことってあるんだな」とか「面白い天魔だな。俺があいつで、あいつが俺でって感じだろ?」など珍しく思いながら、そういうこともあるんだなと受け入れる。


「さて、自己紹介も済んだことだ。どこに向かってるのか教えてもらおうか?」


 ユフィーリアはテイラーに問いかける。

 この海賊船は、なおも深い海溝を降り続けている。このままどこに向かうか分かったものではなく、どう考えても逃げられない状況だ。相手が天魔憑きだと分かっていても、警戒するべき相手ではあるだろう。

 もし命でも狙われるような状況になれば、真っ先に殺してやる――そう決意して、ユフィーリアは大太刀にそっと手を添えた。


「なぁに、これから向かうのは海賊の入江さ。そこで仲間たちを待たせてる。お前ら奪還軍を歓迎してやる準備をしながらな」

「そんなものがこの海溝にあるのか?」

「もちろんだとも、この海溝を超えた先にある――お、ちょうど見えてきたぞ」


 暗い海溝の奥が、ぼんやりと輝いている。耳を澄ませば、かすかに笑い声や喋り声なんかも聞こえてきた。この静かな海の底では、ほんの小さな音でも拾いやすい。

 全員が暗い海の底に見えた輝きに注目する後ろで、テイラーが弾んだ声で言う。


「ようこそ、奪還軍。――我らが海賊の入江、アングリードへ!!」


 海溝の底に広がっていた光景は、たくさんの鬼火に彩られた猥雑とした街並みだった。


 ☆


 さながらスラム街のような街並みである海賊の入江アングリードは、たくさんの骸骨で賑わっていた。

 ひび割れたカンテラや瓶に青白い鬼火を詰めて、彼らは屋根から吊るしている。煌々と輝く鬼火が雑多な街並みと、ひしめく骸骨の群れを照らしていた。

 入江付近には同じような海賊船が何隻も停まっていて、状態もユフィーリアたちが乗る海賊船と全く同様だった。とても航海には向いていなさそうな船だが、こうしてすいすいと海底を移動できるのも【骸骨海賊ガイコツカイゾク】の天魔憑きである彼らだからだろうか。


「あ、帰ってきた!!」

「みんな、船長が帰ってきたよ!!」


 ボロボロのドレスを纏った骸骨が、他の骸骨に向かって叫ぶ。それから伝言ゲームが始まって、ゾロゾロとたくさんの骸骨が船着き場に集まってきた。

 やがて船着き場に海賊船が到着すると、テイラーを含めて船に乗っていた骸骨たちがまず先に降りていく。本当に降りても大丈夫なのかと警戒するユフィーリアたちに、テイラーがわざわざ振り返って「平気だよ」と言ってきた。


「言ったろ、歓迎する為に準備をしてたんだよ」

「海賊ならサプライズでも用意するかと思ったけどな」

「そんなことしねえよ。信用を失っちまうだろ?」


 カタカタと顎関節を鳴らしながら笑うテイラーは、


「なにせ、お前らはまだオレたちを信じていない。だったら最初から目的を明かした方が信じてもらいやすいだろ? なぁに、心配はねえさ。海賊は嘘吐き上等だが、オレは嘘が嫌いな性格でね」


 彼はそう言うが、どうにも奪還軍の同胞たちは信じ切っていない様子だった。

 こちらも理由はある。なにせ、今回の敵かもしれない相手だ。どうして彼のことを信用することができようか。

 船を降りた途端に敵にならないか――そう判断するべきか、迷っているのだ。

 ユフィーリアは外套の内側から煙草の箱を取り出して、箱から煙草を咥える。それから煙草の先端にジッポーで火を灯すと、先陣を切って船の外に足を踏み出す。


「ユフィーリア……ッ」

「大丈夫だ、ショウ坊」


 ユフィーリアは不適に笑う。


「タダで負けるほど、俺らは弱くねえ。そうだろ?」


 アルカディア奪還軍は、いくつもの死戦を潜り抜けてきた猛者の集団だ。たとえ海の底にいたとしても、地上と同じように戦えるのであれば敵はない。

 ここにあの天才指揮官がいないのが痛いが、それは猪突猛進な戦い方で補うしかないだろう。いざとなれば命を懸けてでも、彼らを逃がしてやる。

 ユフィーリアの言葉には重みがあるのか、ショウやエドワード、ハーゲンだけでなく他の同胞たちにも響いたようだ。互いに顔を見合わせると「まあ、ユーリが言うなら」「だよな」「あいつ強いしな」などとよく分からない基準で判断して、海賊船の外に出る決意をしたようだ。

 最大現に警戒しながらも船着き場に降りると、


「やぁだ、すごい美人がいるじゃないの!!」

「わあ!?」


 早速とばかりにユフィーリアが大量の骸骨に取り囲まれた。誰も彼もがボロボロのドレスを身につけていて、この骸骨たちは淑女だということをかろうじて理解する。

 空っぽな眼窩がんかを歪めて、肉のついていない骨の指でユフィーリアの頬に触れてくる骸骨は、まじまじと彼女の美貌を観察してくる。頭の中身が見えてしまうので、ちょっと怖いものがある。


「あらぁ、やっぱり美人ねぇ【銀月鬼ギンゲツキ】は!! ねえ、アンタはドレスを着ないのかい? せっかく美人なのに!!」

「誰が着るかそんなモン!?」


 思わず叫んでいた。


「ええー、着ないの? せっかく似合いそうなのに」

「【銀月鬼ギンゲツキ】がくるって言うから、お洒落させようって思ってたくさん用意していたんだよ?」

「着ないなら無理やりに着てもらおうかい!!」

「やめろォ!! 寄るなァ!!」


 骸骨の淑女に逃げることすらままならないユフィーリアは、骸骨の淑女たちの腕を乱暴に払い除ける。

 すると、いとも容易く淑女たちの骨の腕が弾け飛んだ。パラパラと舞う腕関節は、ゆっくりと船着き場に落ちる。


「…………」

「あらら、取れちゃったわ」


 固まるユフィーリアをよそに、骸骨の淑女たちは自分の骨らしきものを慣れた手つきで拾っていく。「これアンタのじゃないの?」「こっちの関節はあなたのね」などと言いながら、弾け飛んだ自分たちの腕に接合させていく。

 いくら骸骨だからとはいえ、相手は淑女だ。乱暴にしすぎたかと対応に困惑するユフィーリアを押し除けて、ショウが代わりに前へ出る。


「俺が代わりに着る。だからユフィーリアは見逃せ」

「おい、ショウ坊」

「問題ない」


 ショウは真剣そのものの表情で、


「俺はドレスも完璧に着こなして見せる」

「そういう意味じゃねえんだけどな!?」


 心配するユフィーリアをよそに、骸骨の淑女たちによってショウは連行されてしまった。彼も男ではあるが、少女めいた儚げな顔立ちによって女性に間違われることが多々ある。細身なのでドレスも着こなせるだろう。

 他の同胞たちも、徐々にアングリードの空気に慣れてきているようだった。埃を被った瓶を片手に酒盛りをしている骸骨たちに混じって、よれよれの状態になったカードゲームに混じっている同胞もいた。綺麗なドレスを着た骸骨の淑女を口説きにいく同胞もいた。みんなそれぞれ、海賊たちによるもてなしを受け入れ始めていた。


「どうだい、お嬢さん。アングリードも悪くないだろう?」

「まあな」


 近寄ってきたテイラーは、ユフィーリアに瓶を差し出す。中身は酒のようだが、古そうなのでユフィーリアは首を横に振って辞退した。

 水の中に毒を孕んだ煙を吐き出し、ユフィーリアは問いかける。


「それで? 俺らをここに呼んだのは、単に歓迎だけじゃねえんだろ?」

「――――ははッ、さすが最強の天魔憑き。勘もいいって訳か」


 テイラーは額を叩いて笑うと、


「【銀月鬼ギンゲツキ】の異能力を見込んで、。ユフィーリア・エイクトベル」


 眼球があれば、鋭い双眸で睨まれていただろう。

 ユフィーリアも同じようにテイラーを真っ直ぐに見据えると、小さく頷いた。


「この海の支配者――【海魔女ウミマジョ】を倒す為にな」


 その緊張感ある空気を壊すように、アングリード中に歓声が上がった。

 歓声の中心にいたのは、綺麗に着飾った黒髪赤眼の美少女だった。煌びやかとまではいかないが、上等なドレスに身を包み、艶やかな黒髪を飾っているのは鈴がついた赤い髪紐と宝石がついた髪飾り。

 カツン、と岩の足場に靴の踵を叩きつけ、化粧まで施した彼――ショウ・アズマは自慢げな表情でユフィーリアとテイラーに向けて胸を張る。


「どうだ、俺の方が着こなせているだろう」

「だからそういう意味じゃねえんだよな!? なんで張り合ったそこで!?」


 変なところで本気を出してしまった箱入り坊ちゃんの相棒に、ユフィーリアは頭を抱えるのだった。

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