序章【魔女による授業】

「はい、わたしの勝ちですね」

「うう……投了です」


 大人しく負けを認めた生徒の少女は、しょんぼりと肩を落として自分の席へと戻っていく。

 ニコニコと穏やかに微笑む魔女の前に置かれたものは、切断されて部屋の構造が見えるようになった人形専用の家ドールハウスのようで、全て氷で作られている。中に動く氷の人形は二つあり、一つは大きくてもう一つは小さい。おそらくだが、大人と子供を表現しているのだろう。

 魔女が生徒と呼ぶ子供たちは全部で三五人、そのうちの三四人は魔女の戦略を上回れずに敗北を喫した。悪ガキなんかは「家をひっくり返しちゃえば」だとか「水でも放り込むか」とか卑怯なことをひそひそと話し合っているが、どうせそんなことをしたって勝てないのだから無駄なのに。


「さて、最後は――」


 いつのまに座っていたのか、輪切りにされた人形の家を前にして黒髪碧眼の少年が座っている。

 配置された人形を眺めて、少年は人形の家の構造を観察する。輪切りにされた人形の家の構造は毎回違うようにしているので、構造に合わせて駒を動かさなければ勝てない。

 真剣な眼差しで人形たちをどう動かすか思案する少年を、魔女は成長を喜ぶと共に恐怖を感じていた。


 ――もしかすると、あるいは。


 その先のことを考えないようにして、魔女は少年と対峙する。

 駒は大きい方が魔女、小さい方が生徒である少年が動かす。思念で動く駒で、先にこの人形の家の細かな構造を想像した方が勝ちだ。

 規則は先に作った方が勝ち――何事も先手必勝だ。


「それでは、始めましょうか」

「うん。よろしくね、エリス」

「先生と呼びなさい。何度言わせるつもりですか」


 魔女と生徒の間では、戦略遊戯と呼ばれる授業が開始する。

 駒を動かす生徒の少年を一瞥して、魔女はやはり笑うのだった。


 この子は頭がいい。

 いつかその名の通り、立派な栄光を手にすることだろう。

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