第2話【東戦線からの帰還命令】
――
分かりやすく言えば、天魔と契約をして異能力を手に入れた人間のことを示す。
経緯は色々とあるが、地上を追われた人類に代わって彼ら
ユフィーリア・エイクトベルもまた
彼女が契約した天魔は【
敵である人類どころか味方であるはずの天魔からも恐れられていることから分かるが、この【
そんな【
「ふふーん、ふふーん、ふんふーん」
適当な鼻歌を奏でながら、ユフィーリアは熊の天魔から毛皮を剥ぎ取っていた。丁寧に、慎重に、ばりばりべりべりと手触りのいい毛皮を剥がしていく。
「ふふーん、ふーん、ふんふん……ん?」
ちょうど毛皮を剥ぎ終わると、フッと影が落ちてきた。
何事だと空を見上げると、雨の如くポロポロと降っている天魔の群れを縫うようにして、巨大な
見上げるほど大きな
【やあ、ユフィーリア。相変わらず鬼神のような戦いっぷり、お見事】
「昇給してくれる?」
【あはは、冗談は君の態度だけにしてほしいなあ】
朗らかに笑う青年とは対照的に、ユフィーリアは極大の舌打ちで反抗の態度を見せる。どう足掻いても昇給はないようだ。
毛繕いを終えた
【すぐに本部まで戻ってきてほしいんだけど】
「どうしたよ。まだ定時じゃねえだろ?」
【君にお知らせしたいことがあってね】
「今ここで話せばいいじゃねえか」
【少し真面目な話だから、せめて顔を合わせて話がしたいんだよ】
青年がどうしてもと強く願ってくるので、ユフィーリアはやれやれと肩を竦めた。
「分かった分かった、すぐに戻る。三〇分ほど待ってろ」
【うん、分かった。よろしくね、ユフィーリア】
用事は済んだとばかりに飛び去っていく
「めんどくせぇ」
☆
代わり映えのしない荒野の風景を楽しみながら歩くこと二〇分、ユフィーリアは視界を塞ぐようにして
本来であれば外敵から市民を守る為に存在する鉄製の門扉は見事に食い破られ、ぽっかりと壁の向こうを晒している。門扉の向こうに広がっている街並みは寂しげであり、市民の姿は見えず
風に乗って漂ってくる甘い香りに鼻をひくつかせたユフィーリアは、その人形めいた美貌を「うえぇ」と歪めた。
「なにこれ、甘ッ」
ペッペ、と唾を地面に吐き捨てるユフィーリアの、なんとおっさん臭いことか。何度も言うが、中身は真っ当な男である。
いらない情報だが、ユフィーリアは甘いものが苦手だ。胸焼けがするので、可能であれば甘い匂いすら嗅ぎたくない。風に乗ってどこからか漂ってくるこの甘い匂いでさえも、胸焼けしそうな勢いがあった。
「さっさと帰ろ。こんな匂い嗅いでたら胸が
足早に白い壁に近づいたユフィーリアは、開いたままになっている門の横に設置された詰所の扉を叩いた。人一人がようやく収まる程度の広さしかない詰所の扉が、内側からゆっくりと開かれる。
ギィ、と蝶番が軋む音と共に、機嫌の悪そうな中年の男が顔を覗かせた。
ジロリと睨みつけてくる男にひらりと手を振ったユフィーリアは、
「よう、東戦線担当のユフィーリア・エイクトベルだ。悪いがうちの上官に呼ばれてんだ、すぐに帰しちゃくれねえか?」
「口を慎め、怪物もどきが」
中年の男は低く唸るような声で言うと、ユフィーリアを詰所の内部へ招き入れるようにその場から退く。「どうも」とユフィーリアは男の暴言に対して言及することなく、詰所の中へ足を踏み入れた。
詰所の内部はやはり狭く、扉の横にはレバーが取り付けられている。レバーの目盛りには第一層と地上の二つしか存在せず、レバーは地上に合わせられていた。中年の男が扉を閉ざすと、レバーを第一層に合わせて動かす。
ギィー、ガコン。
機械めいた音を立てて、詰所がガタガタと揺れる。外から揺らされている訳ではなく、レバーが倒された位置に詰所が移動しているのだ。
この詰所は上手く擬装された
「…………臭うぞ」
「あん?」
「血の臭いだ」
ユフィーリアに背中を向けていた中年の男が、吐き捨てるように呟く。
「当たり前だろ、今までどこにいたと思ってんだ」
「女なのだから、
「お生憎様、中身は男のままなんで気にしませーん。それより嗅ぐんじゃねえよ、気持ち悪いな。息を止めてろおっさん」
嫌味に対して数倍の罵倒で返したユフィーリアは、ほんの少しだけ唐突に呼び戻されたことに対する苛立ちが紛れたような気がした。
中年の男からは、舌打ちしか返ってこなかった。これ以上の言い合いは、相手も避けたいのだろう。ユフィーリアもそこまで口が達者な訳ではないので、大人しく黙っておくことにする。
(ッたく、喧嘩を売ってくる割には腰抜けだよなァ)
中年の背中をぼんやりと眺めながら、ユフィーリアはそんなどうでもいいことを考えていた。
相手からすれば、
天魔と契約をしたことによって、ユフィーリアは年齢を重ねなくなった。永遠にこの若々しい姿のまま生きることができるが、普通に傷つくし死に至るほどの怪我をすることだってある。完璧な天魔であれば体の頑丈さは尋常ではなく、しかしユフィーリアたち
退屈そうに欠伸をしたユフィーリアだったが、ガクンと詰所の動きが止まったことに「ようやくか」と漏らした。
「ほら、さっさと出て行け」
「おうよ、言われなくても出て行ってやるさ」
最後まで嫌味ったらしい中年の男に毒を吐き、ユフィーリアは動きが止まった箱から外に出る。
――【
地上を追われる身となった人類が、およそ一〇〇年の月日をかけて築いた、全部で三つの階層から構成される大規模な地下都市である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます