第7話【斗宿の崩壊】

 悲鳴が上がる。

 詠唱を続けていた狐巫女たちは、唐突に訪れた緊急事態に混乱して、悪夢の繭を封じ込める為の詠唱を途絶えさせてしまった。黒髪の狐巫女――菖蒲あやめは笑いながら、次の狐巫女までゆったりと歩み寄って、その細い首をへし折る。

 ようやく現実を認識したユフィーリアは、腹から血を流す八雲神やくもがみを抱えて叫ぶ。相手は八雲神の妻であり側近の金髪の狐巫女、葛葉くずのはだ。


「葛葉!! 葛葉、いねえのか!!」

「は、はい、ここにおります!!」


 黒い大樹の陰で金髪の狐巫女が自己主張したのを確認して、ユフィーリアは叫んで状況を伝える。


「テメェの旦那があの狐巫女に腹を貫かれて重傷を負った!! 俺に治癒の知識はねえから代わりに安全な場所へ移してくれ!! あとこいつの息子とやらには狐巫女の避難勧告を!! 俺はあのアバズレをどうにかする!!」

「――――ッ!? 旦那様がッ!?」


 葛葉は急いで駆け寄ってきて、ユフィーリアが支える八雲神の状態を確認する。金色の瞳を見開いた彼女は、穏やかな表情を浮かべるたおやかな女性とは到底思えないぐらいの般若の形相を浮かべると、悪夢の繭を見上げて笑う黒髪の巫女を睨みつけた。


「――おのれ、菖蒲!! 貴様はなにをしたのか分かっているでございますか!!」

「ええ、葛葉様。しっかり分かっておりますわ」


 菖蒲の返答は穏やかだった。それでいて、余裕があった。

 知っていてこのような行為に及ぶのだとすれば、それは立派な裏切りに匹敵する。間違いなく、彼女は裏切り者となったのだ。

 ユフィーリアは菖蒲に飛びかかろうとする葛葉に無理やり八雲神を押しつけると、首をへし折った狐巫女の死体を引きずる菖蒲と対峙する。胡乱うろんげに紫眼をユフィーリアへと投げかける彼女は、心底つまらなさそうに「なんです?」と言う。


「貴女様がお相手をなさってくださると?」

「悪いが、八雲の爺さんはうちの大切な取引相手でな。傷つけてもらっちゃ困る訳だ」


 それに、下手に悪夢の繭に近寄れば、なにが起きるか分かったものではない。

 菖蒲の狙いは悪夢の繭であることは断言できる。――だが、悪夢の繭をどうするのか見当もつかない。おそらく悪い方向に使うということは理解できるが。

 ユフィーリアは菖蒲の一挙手一投足に注目して、佩いた大太刀の鯉口を切る。下手な動きを見せれば即座に首を刎ねる――そう自分に言い聞かせるように。


「あらあら。お外の客人まろうどは随分と粗野ですこと。礼儀がなっていないのではありませんか?」

「残念ながら、こちとら戦場育ちだ。粗野で乱暴なのが礼儀だよ」


 くすくすと菖蒲は笑う、笑う、妖しく笑う。

 背筋に流れる冷たい感触を振り払うように、ユフィーリアは強く床を踏み込んで――。


「では、わたくしも少々をお見せいたしましょう」


 次の瞬間。

 菖蒲に飛びかかったユフィーリアは、見えない壁のようなものに弾き飛ばされた。


「ッ!?」


 ぐるん、と視点が回り、背中から床に叩きつけられたことで現実を認識する。背骨を伝って全身に鈍痛が駆け抜け、ユフィーリアは驚きのあまりに一瞬だけ動けなかった。

 なにが起きたのだろうか。

 確かに菖蒲に飛びかかってはずだが、何故いつのまにか床に転がっているのだろうか。


「うふ、ふふふ。わたくしも天魔憑きの端くれですので、この程度は朝飯前ですよ?」


 無様に床を這うユフィーリアを見下ろした菖蒲の瞳は、白目の部分が黒く染まり、虹彩は毒々しい赤に変色していた。睨めつけられただけで、背筋が凍るほどのおぞましさを感じ取る。

 菖蒲は首をへし折った狐巫女の死体をずるずると引きずって、


「失礼いたしました。わたくし、菖蒲と申します。【黒面九尾コクメンキュウビ】の天魔憑きです」


 挨拶をするような気軽さで悍ましい化け物の名前を口にした狐巫女は、仲間の死体を悪夢の繭へと放り込んだ。

 放物線を描いた死体は肉感のある大樹の幹――そして妊婦のようにぽっこりと膨らんだ部分に当たると、

 めきめき、ぼき、ごきん、という骨が次々と折れていく音。ずぶずぶと巫女の死体を飲み込んでいく悪夢の繭を、ユフィーリアは唖然と眺めるしかできなかった。

 ――これはなんだ?

 ――悪夢の繭と言った。だけど、これの正体は生物なのか植物なのかすら分からない。


「――さあ、食事を続けましょう? お行儀が悪くても、目を瞑ってくださいな。なにせこの子は、まだ赤子なのですから」


 嫋やかに笑う菖蒲は、産声の代わりに生じた地震にうっとりと目を細めるのだった。

 部屋の中心を支配する悪夢の繭がガタガタと勢いよく揺れ始めて、天井を突き破らんばかりに急激な成長を見せる。床を這う木の根のようななにかはずるずると床の上を這って移動して、室内を侵食していく。今までは狐巫女たちの詠唱によって邪魔をされていたが、枷がなくなれば悪夢の繭は恐ろしいほどの速度で成長していく。

 いまだに残る鈍痛を振り切るように立ち上がったユフィーリアは、ぐわり!! と襲いかかってきた悪夢の繭の根へ居合を放った。いくら正体不明の怪物だとしても、視界にある分は切断術が適用されるようだった。


「――あらあら、乱暴はよしてください」


 フッと視界に影が差し、ユフィーリアは弾かれたように天井を見上げる。

 そこには空中に仁王立ちをしている菖蒲が、余裕綽々といったような表情でユフィーリアを見下ろしていた。【黒面九尾】の天魔憑きと言っていたか、相当の神通力を有しているようだ。

 舌打ちをするユフィーリアだが、次々と悪夢の繭の根がユフィーリアを飲み込まんと襲いかかってきて、飛び退ることで全て回避する。だが回避すればするほど菖蒲との距離が開いていき、攻撃する好機を完全に失っていく。

 悪夢の繭は急成長することを知らず、逃げ惑う狐巫女を根っこで器用に引っ掴むと、ぽっこりと膨らんだ幹の辺りに放り込んでいく。


「いや、いやあああああああああああああッ!!」

「いだいだいだだだだだだだだいあああああああッ!?!!」

「やめでだべないでおいしくないがらあああああ、あ、あ」


 ぞっとするほどの断末魔が響く。

 めきめきと生きながら全身の骨を折られて取り込まれていく狐巫女を、ユフィーリアはもう助けることができなかった。切断術を放ったところで内部に取り込まれた巫女たちが生きている保証はないし、そもそも悪夢の繭を破裂させるような行動は控えるべきだ。

 ユフィーリアの一刀で、多くの命が失われる可能性がある。そう考えると、自然と切断術を放つことに躊躇いが生じてしまう。


「いけませんわ、客人様」


 菖蒲は虚空を踏みつけて、高みからユフィーリアを睥睨して笑う。


「巫女たちに引導を渡してあげなければ、今度は貴女様が食われますよ?」


 ずるりと忍び寄ってくる悪夢の繭。根が触手のようになって床の上を這いずり、立ち尽くすユフィーリアを食わんとする。

 捕らえられればどうなるか――彼女たちと同じ末路を辿るか、それともその闇の中に引きずり込まれるのか、もう予想ができない。

 その時、


「――――飛べェ、【銀月鬼ギンゲツキ】!!」


 降ってきた胴間声が、ユフィーリアを現実に引き戻す。声の通りにその場で床を蹴飛ばして空中を舞うと、重力に従って床上に引き戻されるより先に透明なにすくい上げられる。

 包み込まれるような不思議な感覚に「ひょえッ!?」と間抜けな声が漏れ出るが、それが眼下にいる葛葉に支えられた八雲神の仕業だと理解できた。治療はあらかた完了しているのか、顔色は悪いものの腹の傷跡は目立たないようになっている。

 そのままふよふよと虚空を移動し、悪夢の繭がいまだ到達していない床上に落とされると、すぐさま八雲神が「逃げるぞ」と言う。


「悪夢の繭が活性化しておる。このままでは他の巫女にも被害が及ぶ!!」

「あの狐巫女はいいのか!? 元凶だろ!!」


 立ち上がりながら虚空に漂い続ける菖蒲を指差して、ユフィーリアは八雲神に食ってかかった。このまま撤退することは賛成だが、敵を目前にしてみすみす逃げることなどできない。

 薄紅色の瞳で怨敵を一瞥した八雲神は、緩やかに首を振って「捨て置け」と吐き捨てた。


「【黒面九尾】か。よもや、儂のが表舞台に出てくるとは思わなんだ。あれは、儂の敵じゃ。いくら【銀月鬼】とて、他人の獲物を掻っ攫おうなどとはせんじゃろ?」


 そう言われてしまうと、ユフィーリアもさすがになにも言えなくなってしまう。黙って口を閉ざし、「そうかよ」と応じる。

 八雲神は申し訳なさそうに「すまんな」と小さな声で謝罪して、それから他の巫女の点呼を取っていた自分の息子を呼びかける。


四天してん、巫女は何人おる?」

「……自分を含めて六人です。半数が食われました」

「…………そうか。食われてしもうた巫女には悪いが、今は弔っている暇はない。ユフィーリア殿、すまんが殿しんがりを頼む」

「言われなくても、そのつもりだ。顔色悪いお前が殿やるってほざこうモンなら、国主関係なくぶん殴ってた」


 軽口を叩く余裕を見せたユフィーリアは、撤退を開始した狐巫女たちを尻目に外套の裾からマスケット銃を一挺取り出しながら、成長を続ける悪夢の繭を見据える。

 六人の狐巫女を食らった悪夢の繭は、まだ食事が足りないとばかりに膨張して暴れ回る。肉のような質感を持つ表面に、赤い光線が縦横無尽に駆け巡る。禍々しい様相を晒す悪夢の繭――ではなく、その付近を浮遊する【黒面九尾】の天魔憑きたる菖蒲を、マスケット銃で照準した。


「いやー、八雲の爺さんからはあんなこと言われたけど」


 他人の獲物を掻っ攫うようなことはしないだろう、と八雲神は言った。

 しかし、ユフィーリアにだって矜持がある。獲物云々は理解できるが、一発貰ったまま尻尾を巻いて逃げ帰るなんて『最強』の二文字を背負う者としての恥だ。


「あらあら? そのような玩具でわたくしを射殺すおつもりですか?」

「いいや、お前を殺すのは八雲の爺さんに任せるよ。俺はさっきぶっ飛ばされた一発を返せればそれでいい」


 そんな玩具程度で射殺すことなどできやしない、と笑う菖蒲の左腕めがけて、ユフィーリアはマスケット銃の引き金を引いた。撃鉄部分に埋め込まれた赤い石が砕け散り、銃身に刻み込まれた幾何学模様に流水の如く赤い光が流れていく。銃口に光が充填されて射出され、赤い光線はちょうど菖蒲の肘辺りを射抜いた。

 触れれば如何なるものでも爆砕するという効果を持つ赤い光線は、こんな時でも問題なく発動してくれた。菖蒲の左肘が爆発し、細かな肉片と赤い鮮血を撒き散らす。

 しかし、菖蒲は痛がる素振りを全く見せなかった。それどころか、彼女は消し飛んだ自分の左腕を眺めて、


「あらあら。わたくしの腕がなくなっちゃいました」


 あっけらかんと言う彼女に狂気を感じ取り、ユフィーリアは舌打ちした。じりじりと這い寄ってきた悪夢の繭の根めがけてマスケット銃を放り捨てると、ガシャンという金属質な音は聞こえてこなかった。代わりに悪夢の繭の根はめきめき、めき、めき、とマスケット銃を折り畳んで、破壊して、それから飲み込んでいく。

 無機物でもお構いなしか。それはそれだと打つ手は減ってくる。

 すると、背後から葛葉が「ユフィーリア様、お早く!!」と鋭い悲鳴じみた声が飛んできた。すでに避難は完了しているらしく、悪夢の繭が根城とするこの部屋にはユフィーリアしかいなかった。

 ここまでか。

 ユフィーリアは再度、忌々しげに舌打ちをするとくるりと身を翻して走り出した。逃げるユフィーリアの背中へ追いすがるように、悪夢の繭の根が迫ってくる。


「――させませんッ!!」


 背後から迫ってくる悪夢の繭が、純白の鉄格子に阻まれる。だが、純白の鉄格子に触れた悪夢の繭はそれすらも飲み込んで、ユフィーリアを飲み込まんとして追いかける。

 純白の鉄格子に阻まれたことによって生まれたほんの僅かな隙を、ユフィーリアは見逃さなかった。目眩しが効くかどうか不明だが、加速しながら外套の裾から閃光手榴弾を落としていく。

 体にまとわりつく深い闇を、強烈な白い閃光が振り払う。唐突の強い光に悪夢の繭の動きは一瞬だけ止まり、それから再び侵食を開始する。

 その一瞬があれば十分だった。ユフィーリアは【銀月鬼】の身体能力を活用してさらに加速し、開け放たれた鎖つきの襖の向こうへと飛び込む。ユフィーリアが外へ出ると同時に襖がスパーンッ!! と閉ざされて、頑丈な鎖が襖を封じ込める。


「こんな拘束、気休め程度にしかならぬ。今のうちに逃げるのじゃ」


 依然、顔色の悪い八雲神が吐き捨てるように言う。彼はその場にいる狐巫女と葛葉、そして息子の四天に「他の巫女の誘導を頼む」と命じて、自分は外部の戦力であるユフィーリアへと向き直った。

 今にも倒れそうなのに、真っ直ぐに向けられた薄紅色の瞳からは光が消えていない。絶望を振り撒く存在である悪夢の繭が暴走状態となったのにもかかわらず、まだ世界が崩壊する未来に抗おうとしている。


「ユフィーリア殿、力を借りたいのじゃが可能か?」

「俺の戦力はもちろん貸してやるが、できることは限られてくるぜ。なんせ物理攻撃が効きそうにならねえ」


 やれやれと肩を竦めるユフィーリアに、八雲神は「構わん」と言う。


「御主を戦場に引き込めば、御主の殿も釣れるじゃろう?」

「――ははーん、うちの上官なら好みそうな状況だもんな」


 不敵に口の端を吊り上げて、ユフィーリアは笑う。


「いいぜ。その案に乗っかってやるよ。――ただし、お前も道連れになるんだろ?」

「それは当然じゃ。世の中には言い出しっぺがやらねばならぬ法則があるのじゃろ?」


 ユフィーリアにつられるようにしてにんまりと笑んだ八雲神は、何故かその笑みを強張らせた。ユフィーリアもまた、その原因を知っていた。

 背後にある襖から、ズドンという音を聞いた。

 おそるおそる振り返ってみれば、そこには、厳重な封印が施されているはずの襖から悪夢の繭の根が突き出ていた。


「まずくね?」

「まずいのう」


 呑気に言う二人は、次の瞬間、襖を突き破ってきた悪夢の繭から脱兎の如く逃げ出した。


 ☆


 大地が割れるような地震が『斗宿ヒキツボシ』を襲い、眠っていたショウは安眠を妨害されたあまり無人の部屋に「あ?」などと威嚇してしまった。……この場に相棒である銀髪碧眼の屑がいれば、多分ゲラゲラと笑い転げながら「ガラ悪ッ!!」と叫ぶだろうが、どうしてか彼女の気配がない。

 ぼんやりと眠気を孕んだ赤い瞳で部屋をぐるりと見渡すと、そこにはショウしかいなかった。同室であるはずの相棒は、忽然と姿を消していた。

 地震が起きて即座に逃げた、という可能性は限りなく低い。屑だなんだと言われているし本人も認めているが、果たして寝ているショウを置いていくだろうか。

 考えられる可能性としては、


「ユフィーリア、どこに行ったんだ……?」


『斗宿』には、相棒が好みそうな歓楽街の類はない。行き先の候補として真っ先に思いつくのが上官であるグローリア・イーストエンドの元だろうが、多分そんな殊勝な働きを見せるような性格ではない。

 ならば、国主の八雲神のところだろうか。――こちらの方があり得る。はた目から見て分かるが、あの二人はどこか似ている箇所があるのだ。もしかしたら酒盛りでもしているのかもしれない。

 色々と考えていると、閉ざされた襖の向こうからバタバタバタッ!! と激しい足音と共に、スパーンッ!! と襖が勢いよく開かれた。その向こうに立っていたのは、愛用の懐中時計が埋め込まれた死神の鎌を携えたショウの上官――グローリア・イーストエンドだった。


「あれ!? ユフィーリアは!?」

「八雲神のところではないのか?」

「八雲神様もいないんだ!!」


 グローリアの絶叫で、ショウの意識が完全に覚醒する。


「それは本当か」

「八雲神様の部屋の隣に泊まってたんだ。地震が起きて、急いで向かったらもう部屋には誰もいなかった!!」

「…………ならば、ユフィーリアは……?」

「彼女の考えることなんか僕が分かるもんか!!」


 ヤケクソ気味に叫ぶグローリア。

 可能性として候補に挙げていた八雲神のところに、ユフィーリアはいなさそうだ。というか、そもそも八雲神自体が姿を消しているとなれば、もう二人がどこへ行ったのか予想できない。

 いいや、それよりも。

 激しさを増す地震から逃げる為、ショウは手早く髪をまとめて指を弾く。すると足元から紅蓮の炎が吹き出して全身を包み込み、炎がひとりでに消えればもう着替えが完了していた。武器の召喚が可能ならば身につける衣服の召喚すらも可能とする――火葬術とは色々と便利な術式である。

 早着替えを完了させたショウを驚愕の表情で眺めていたグローリアは、よろめくほどの地震に襲われて我に返る。「逃げよう!!」という自然な形の命令を受けて、ショウとグローリアはあてがわれた客間から飛び出していた。


「どこへ逃げるつもりだ?」

「分かんない!! でも外に逃げなきゃ、社の屋根に潰されて死んじゃうよ!!」


 縦横無尽に廊下を走り回り、ようやく二人は社の庭へと飛び出した。玉砂利を踏みしめて、足をもつれさせながら走るグローリアをなんとか支えながら遠くへ逃げるショウは、背後で感じ取った悍ましい気配に思わず振り返る。

 紺碧の空から朝靄の色が混じった不思議な色合いの空に、亀裂が生じる。耳を劈く喧しいほどの悲鳴の大合唱と、めきめきという社が崩されていく気配。隣でグローリアが「……」と絶句する。

 空を覆い尽くす結界を内側から押し上げ、社の瓦礫を飲み込んで急成長していく黒い大樹。得体の知れないなにかに、ショウは知れず拳を握りしめていた。

 あれはなんだ。

 あれは、一体なんだ?


「爺さんもっと早く走れよ!!」

「ジジイに無茶言わんでくれ!!」

「腰に抱きついてくんな!! 放せよ!!」

「そうしたら儂が悪夢の繭に飲まれるじゃろ!!」

「お前のことは忘れないでいてやるよ、五秒だけな!!」

「短いッ!?」


 緊迫した状況を瓦解させる漫才のようなやり取りが、崩壊しそうな社から聞こえてきた。見れば廊下を爆走する相棒と、その腰に抱きついて引きずられる『斗宿』国主の八雲神がいた。【銀月鬼】の怪力によって頭二つ分は身長の差があるにもかかわらず、八雲神はなすすべなく引きずられている光景に二人して唖然と注目してしまう。

 廊下を爆走していたユフィーリアがすぐさま庭に飛び込み、腰に張りついた八雲神を引き剥がす。「重いんだよ爺さんのくせに」「なんじゃと、失礼な」などとやはり漫才のようなやり取りをしていたが、そんなことをしている場合じゃないとばかりに庭でぼんやりと立ち尽くすショウとグローリアに突撃してくる。


「逃げんぞショウ坊!! ぼんやりしてたら死ぬぜ!!」

「なにが起きているのか説明してほしいのだが」

「説明はあとじゃ!! ほれ、最高総司令官殿も逃げい!!」

「え、ええ!? ちょっと話が読めない!?」


 再び腰に八雲神を張りつけたユフィーリアに引きずられて、ショウとグローリアの二人は社の庭から逃げ出す。

 かろうじて庭から出たその瞬間、今まで宿泊していたはずの社が地面ごと黒いなにかに飲み込まれた。

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