終章【新兵としての出発】

「おい、誰だよスペードの八を止めてる奴。これ以上出せねえだろ」

「手札巡ってるんだから、誰かが持ってるんじゃないのぉ?」

「それよりもダイヤの一〇以降を止めてる奴はよっぽどオレに殴られてえんだな!? 誰だよユーリか!?」

「いきなり立つなヨ♪ 不正にすんぞハゲ♪」

「……………………」


 ユフィーリアは舌打ちをすると同時に、隣に座るショウの手札からカードを一枚抜き去った。スペードの四。現在、場に並べられているカードの中でスペードの列を見やるが、まだ四まで到達していない。

 手札に先ほどショウの手札から引いたカードを混ぜて、反対隣に座る強面の巨漢――エドワード・ヴォルスラムへ突き出した。エドワードはユフィーリアが突き出したカードの中から一枚を選んで抜き、そのカードが目当てのものだったらしく「やりィ」と言うとハートの列に並べた。

 ユフィーリアとショウ、そしてエドワード、ハーゲン、アイゼルネがやっているカードゲームは、五人で考えたオリジナルである。ババ抜きと七並べをかけ合わせたカードゲーム――その名も『ババ並べ』である。それぞれ手持ちのカードをババ抜きのように引き合って、目的のカードを七並べの如く出すという内容だ。もちろんカードを止めるのも規則として認められていて、引いたカードをわざと場に出さずに次の相手へカードを引かせることもありだ。

 あまりに暇すぎたので適当に思いついた遊びなのだが、意外とこれが面白い。なかなか終わらないし、カードを引き合っているので誰がどのカードを止めているのか分からなくなってくる。苛立ちのあまりそのうち殴り合いに発展しそうだが、今はまだ平和的にゲームを進められている。

 かぼちゃ頭のディーラー服男ことアイゼルネからカードを引いて、クローバーの列に一三を並べたショウは、ふとなにかに気づいてユフィーリアに手札のカードを差し出すと共に質問も投げてくる。


「そういえば、奴ら二人はどうした?」

「あー、なんかアクティエラを餌場に使うんだとよ」


 ショウの手札からハートの三を抜き取ったユフィーリアは、極小の舌打ちと共に「仕方ねえ」と吐き出すと、場にダイヤの五を出す。ハーゲンから「それじゃねえんだよォ!!」と絶叫するが、そもそもユフィーリアはJのカードを持っていないので知らない。

 エドワードに向かって手札を突き出しながら、ユフィーリアは言う。


「まだ天魔が降ってきてる状況だしな。一般人を住まわせるにはちと厳しいってんで、天魔の奴らを集中させる為の罠として使うんだと。その為にあいつらは常駐するんだとさ」

「あららぁ? じゃあ俺ちゃんたちはその優秀な狙撃手さんにはご挨拶できないって感じかねぇ?」

「どっこい、まだアクティエラに飛んでねえからこっちいるはずだぜ。多分、グローリアに挨拶でもしてんじゃねえの?」


 アイゼルネが平然と出したダイヤのJに、ハーゲンがついにブチ切れた。手札をひっくり返すとかぼちゃ頭のディーラーに掴みかかる。平和的な遊戯はここで終了を迎え、殺伐とした空気が漂い始める。

 カードの列もひっくり返されて散らばってしまったので、ユフィーリアは残り少なくなっていた手札を放り出す。エドワードも肩を竦めて「やれやれだねぇ」と呆れた様子だった。

 真面目に勝負を投げ出さずに続投を決めたしいショウは、かぼちゃ頭を追いかけるハーゲンを一瞥して、


「……もうやらないのか?」

「続けようにもあいつらがあんなんだからな」


 そうか、と少しだけ残念そうにショウも続投を諦めたように手札を手放した。ババ並べなどという阿呆なゲームにも真剣に、そして楽しそうにやっていた少年が少し可哀想に思えた。

 ハーゲンとアイゼルネの乱闘に、大衆食堂を利用していた他の天魔憑きがヤジを飛ばす。「やれ!!」だの「殴れ!!」だの「そこだ!!」だのと煽りが飛び交う中で、掻き消されるようにしてそれは聞こえた。


「ちょ、ほんと、マジで無理無理無理だって人の前に出るの本当に無理だから……」

「大丈夫。おれもちゃんといるよ。みんないい人ってのは、グローリアさんを見てて分かるでしょ?」

「いやいやいやそこ問題じゃない問題じゃない視線が無理だって言ってるのウチは」

「やたら早口なのは緊張してるから? ほーら行くよ、元気よく!!」


 なにやら大衆食堂の奥――二階に繋がる階段の前でもそもそとが揺れていたが、唐突に茶色い方が青い方を引きずって、大衆食堂に道場破りよろしく朗々とした声を響かせた。

 ヤジが飛び交い、軽いお祭り騒ぎのようになっているにもかかわらず、少年の声はその場にはっきりと聞こえた。


「初めまして、奪還軍の皆さーん!! 今日からお世話になる新兵です!!」


 誰しもが振り返り、二人に注目する。

 大衆食堂へ新しくやってきたのは、茶髪の少年とその後ろに隠れる青い髪の少女だった。一斉に注目したものだから、少女の方は「ぎゃああ見てる!!」と絶叫する。

 茶髪の少年の方は一〇代後半のように見える。明るい茶色の髪は柔らかそうで、少しだけ癖を残している。幼さを残す顔立ちと黒曜石の瞳からは、意思の強さが見て取れた。迷彩柄の野戦服に包まれた体躯は小柄で一般人からすれば年相応だろうが、屈強な野郎が多い天魔憑きからすれば、彼は貧相の部類に属するだろうか。

 少年の背中に隠れる青い髪の少女は、膝裏まで届く空色の髪と涙が滲む紺碧の瞳でこの場の誰よりも目立つ容姿をしていた。人形めいた顔立ちには怯えが見て取れ、華奢で凹凸のない体躯を縮こまらせて少年にしがみついている。かたわらには長大な銀色の狙撃銃が放置されていて、目立たないようにする為か少年と同じく迷彩柄の野戦服を着込んでいた。

 誰もが注目する中で、まずは少年が溌剌はつらつとした声で自己紹介。


「初めまして、スバル・ハルシーナです。姉から契約を引き継ぎ、この度【感染蟲カンセンチュウ】の天魔憑きとなりました。至らない部分もあるかと思いますが、よろしくお願いします!!」


 そして少年は背中に張りついていた少女を引き剥がして、前に突き出す。裏切られたような表情を浮かべた少女が「ほら、みんな敵じゃないから」と少年に促されて、覚悟を決めたように勢いのある自己紹介をした。


「し、シズク・ルナーティアです!! 狙撃手です!! 契約した天魔は【月天狗ツキテング】です!! あんまり見られると吐き気がするんで見ないでくださいお願いします!!」


 明らかに喧嘩を売っているような発言だが、視線恐怖症を患っている彼女からすれば自己紹介など苦行以外の何物でもないのだろう。

 いきなり現れた新兵の存在に、周辺はどんな反応をしていいのか分からずにそれぞれ互いの顔を見合わせていた。

 しかし、彼らの存在を引き入れた元凶であるユフィーリアとショウは、散らばったカードを集めて二人に手招きする。


「ちょうどいいところにきたな。シズク、スバル、お前ら混ざれよ。人数が二人ほど乱闘騒ぎで減っちまってな」

「先輩からの洗礼だ。ボロ負けにしてやろう」


 新兵二人を交えて行う遊戯は、先ほどまでやっていたババ抜きと七並べをかけ合わせたゲームのババ並べだ。

 先輩に迎えられたシズクとスバルは、先輩からの洗礼を甘んじて受けることとなる。



 二人が愛した少女はもういない。

 しかし、少女が愛したこの世界で二人は生きていく。

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