第16話【鉄橋上の決戦】

「あああああああああああああああああああああああああッ!!」


 夜空にユフィーリアの絶叫が響き渡る。

 正気を失い、椅子や観賞植物などを鈍器の代わりとして装備した一般人の頭を足場にしてぴょんぴょんと飛び回り、彼女はショウを抱えて『一の島アインス』を目指してひた走る。息を飲むほどの美貌は鬼気迫る表情を浮かべ、気品のある青い瞳には涙すら浮かんでいる。

 頭を踏みつけられた一般人は軒並みよろけてすっ転ぶのだが、すぐにむくりと起き上がると『一の島』を目指すユフィーリアとショウを追いかけ始める。足取りはふらふらと覚束ないもので、これだけいれば恐怖映像に勝るとも劣らない状況だろう。目も虚ろ、涎もだらだらと垂らした状態でユフィーリアとショウを追いかける彼らは、いわゆるゾンビのようだと言えようか。


「やだやだやだやだ俺お化けとか幽霊とか苦手なのに!! なんであいつら気絶しねえの本気で殴っても吹き飛ぶだけで骨も折れないんだけど!?」

「やはり、奴らを操っている何者かの術式による影響ではないか?」


 半泣きの状態で『一の島』を目指して鉄橋を爆走するユフィーリアとは対照的に、ショウは冷静に状況を分析する。抱えられている彼はなに一つ働いていないのだが、口先だけはなにやら偉そうなのでユフィーリアに「呑気だなお前は!!」と怒号を叩きつけられる。

 追いつかないと判断するや、正気を失っているにもかかわらずゾンビ状態の一般人は、装備した椅子や観葉植物を投擲とうてきしてくる。どう考えても人間が出せる力ではない威力で投げ飛ばされた椅子や観葉植物を巧みに回避しながら、ユフィーリアはさらに絶叫を上げた。


「もうやだ!! これなら致死性の毒の中で作戦行動してる方がまだマシだ!!」

「ユフィーリア、飛んでくる障害物の量が増えているが」

「冷静なことを言ってねえでなんとかしろ!! 相棒じゃなくてお荷物になり下げてやろうか!!」

「了解した。迎撃する」


 ユフィーリアに抱えられた状態のショウは、いつか見た薄紅色の回転式拳銃リボルバーを右手に呼び出す。踏ん張る為の足場もなく、狙いもあまり定めることができないというのに、彼は放物線を描いて飛んでくる観葉植物に回転式拳銃の照準を合わせた。

 それから、彼はなんの躊躇いもなく引き金を引く。銃口から放たれた拳大の火球が真っ直ぐ飛んでいき、狙い通り観葉植物にぶち当たる。生物ではないので燃やすことは不可能だが、爆発の衝撃で軌道を逸らすことは可能だ。ユフィーリアを狙って投げられた観葉植物は大きく軌道を外れて、鉄橋に叩きつけられて砕け散る。

 さすが射撃の腕前はピカイチと言われるだけある。これだけ最悪の条件でも射撃を成功させるとは恐れ入る。

 ショウは至って冷静で、動く小さな的に火球を見事に当てたことを誇りもせず、走るユフィーリアめがけて投げつけられた椅子や観葉植物などを次々と軌道を逸らしていく。その鮮やかな射撃の腕前は、すぐそばで見ているユフィーリアも舌を巻くほどだった。足を止めたくなるぐらいには。


「よし、このまま突っ込むぞショウ坊。耐衝撃!!」

「耐衝撃? なにをするつもりだ?」

「投げる!!」

「投げッ!?」


 先ほどまで冷静な射撃の腕前を披露していたショウだが、ユフィーリアの一言でその冷静さがあっという間に瓦解がかいする。弾かれたようにユフィーリアの横顔を見る彼の表情は、能面のように変わることはなかったが、どこか引き攣っているような気がした。


「何故投げる必要が!?」

「邪魔だからだよ!!」

「ならば抱えなければいいではないか!! 今回は術式も使い切っていない状況であり、きちんと走ることができる!!」

「うるせえ絶対にお前は丁寧に応戦しすぎて足手まといになるのが見えてんだよ!!」


 いいから行ってこい!!

 ユフィーリアは抱えていたショウを、目の前に見えてきた『一の島』の敷地内までぶん投げた。【銀月鬼ギンゲツキ】の力でもって投げ飛ばされたショウはものすごい勢いで飛んでいき、尾を引いて「何故だぁぁぁあああああああ!!」と聞こえてきたが無視した。

 お荷物を手放したことにより、ユフィーリアはさらに加速する。鉄橋を足踏みだけで壊さんばかりに踏み込んで、弾丸の如き速度で前に突き進む。一気に距離を詰めて『一の島』の敷地を踏むと、ユフィーリアは追いかけてくるゾンビ状態の一般人へと振り返った。

 このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。ふらふらと覚束ない足取りで確かにこちらへ向かってくる一般人の群れだが、それほど速度はないので時間的に余裕はあるだろう。

 ユフィーリアは鉄橋の脇に放置された詰所に向かった。建てつけの悪い扉を【銀月鬼】の剛腕でもって引き千切るようにして開くと、その中にある装置を確認する。

 大小様々な歯車を組み合わせて作られたそれは、一般人の侵入を防ぐ門扉を開閉する為の装置だった。取っ手と鎖が連動していて、さらに歯車が上手く噛み合って門を開閉するようである。

 ユフィーリアはその装置が使えるのかどうか確かめることもせずに、取っ手をぐわしッ!! と掴んだ。それからぐーるぐーると回し始める。


「ユフィーリア、門が唐突に閉まり始めたが?」

「閉めてんだよ黙ってろ」


 詰所の外からショウの頓狂な声が聞こえてくるが、ユフィーリアは構わず門扉を閉めることに専念した。ぐーるぐーるとひたすら取っ手を回して回して回し続けて、しばらくしてようやく取っ手が動かなくなった。どうやら門は完全に閉ざされたようで、ユフィーリアは額に滲んだ汗を拭う。これであのゾンビ連中と戦わないで済む。

 さて。

『一の島』への侵入が叶ったのであれば、次の段階だ。この鉄塔を探索して、シズクが願った少年の救出をしなくては。


「おーい、ショウ坊。門扉はきちんと閉まって――」


 いるか、と続くはずだったユフィーリアの言葉は途中で消えてしまった。

 詰所から颯爽と出てきたユフィーリアは、何故この可能性を考えなかったのかと頭を抱える。ついでに過去の自分も殴ってやりたい衝動に駆られた。

 つまりは、である。

 すでに『一の島』には、何人か予備の戦力が残されていたのだ。それもきちんとした武器を携帯した状態で。

 詰所から出てきたユフィーリアが見た光景は、数人のゾンビ状態の人間に囲まれたショウの姿だった。ショウを包囲する彼らは全員、機関銃のような厳しい鉄砲を装備している。あれで頭を撃ち抜かれれば、どんな外傷であっても時間経過で早く治すことができるという素晴らしい特性を持つショウでもただでは済まないだろう。


「……ショウ坊、迎撃ぐらいしとけよ。なんで普通に捕虜になってんだよ。馬鹿じゃねえの?」

「すまん、申し開きもない」

「素直に謝るとか逆に怖い」

「自分に非があるのであれば謝罪ぐらいするが」


 ユフィーリアはガシガシと自分の銀髪を掻いた。

 相手をするのは簡単だが、倒せない相手ほど嫌いなものはない。それに相手は重火器を装備している。下手に刺激すればショウを撃たれて、相棒を失い、そしてついでにユフィーリアも蜂の巣にされて第ゼロ遊撃隊は壊滅である。

 ふむ、これは詰んだ。

 しかしはある。


「ショウ坊」

「なんだ」

「今までありがとうな。お前のことは忘れねえ」

「助けてくれないのか。相棒のくせに」

「助けてやれねえな。相棒だけど」


 情けも容赦もなく相棒を見捨てることにしたユフィーリアは、満面の笑みを浮かべて親指で喉元を掻き切る仕草をした。今までつるんできた相棒であっても余裕で見捨てる様は、もはや屑の鑑と言えようか。屑を自覚した屑は本当にどこまでいっても屑のようである。

 恨みがましそうな視線をくれてくる元相棒に笑顔で手を振ってやり、さて自分は鉄塔へと急ぐかと身を翻す。

 ――目の前に銃口が突きつけられていることに気づいて、その足は強制的に止まったが。


「……………………」


 ちょうど眉間を撃ち抜ける位置にピタリと銃口を向けて、ぼさぼさの金髪の男が立っていた。やはり目は虚ろで、視線も定まっていない。だが照準はきちんと合っていて、引き金を引けば今すぐユフィーリアを蜂の巣にできそうな予感がする。

 ユフィーリアは銃口に背を向けて、静かに両手を挙げた。満面の笑みは引き攣っていて、ほんのちょっぴり泣きそうになりながら相棒に助けを求める。


「ショウ坊」

「無理だ」

「諦めんなよ」

「貴様は俺を見捨てようとしたのに、自分が危機的状況に陥った時は助けてほしいなど都合が良すぎやしないだろうか」

「いや、あれは見捨てようとしたんじゃねえ。背後に回って奇襲を仕掛けようとしたんだ。俺がお前を見捨てるとか、そんなの天地がひっくり返ってもあり得ねえよ」

「…………貴様ならやりかねないと思ったのだが、ともかく貴様を助けることはできん」

「なんでだよ」

「今の状況を見てから言え」


 ユフィーリアもまた機関銃で包囲されているが、同じようにショウも機関銃を装備した男たちに囲まれていた。今の状況で動けば、どちらも蜂の巣になってしまう。

 銃弾を回避する程度なら造作もないのだが、その数が多くなってしまうとユフィーリアでも自信がなくなってしまう。この機関銃で取り囲まれた状況で、雨あられのように飛んでくる銃弾の全てを回避することは「無理」と断言する。

 術式を使える状況であったなら話は別だ。ユフィーリアは相手の何倍も早く居合を放つ自信があるし、ショウも取り囲む敵など火葬術で一掃できる。だが、相手が一般人であるという壁が彼らに術式の使用を踏みとどまらせる。

 ならば一発か二発、銃弾を食らう覚悟で相手と肉弾戦を繰り広げるか。ユフィーリアの背後にいる敵ならまだしも、ショウを取り囲む敵に撃たれた場合は対処できるだろうか。

 色々と考えてみるも、術式を封じられて武器もろくに使えない状況を打開することは不可能だ。もう諦めるしかないだろうか。

 その時だ。


【――第零遊撃隊に告ぐ、術式を用いての戦闘を許可する!!】

「「ッッ!!」」


 夜空に響く朗々とした青年の声に素早く反応したユフィーリアとショウは、各々の術式を即座に展開した。

 ユフィーリアは外套の裾をはためかせて、滑り落ちてきた閃光弾で目眩しをしてやる。「ヴァッ!?」という悲鳴を聞きながら、ユフィーリアは切断術を振り向きざまに放った。黒鞘から抜き放たれた薄青の刃は、背後で機関銃を構えていた男の首を根こそぎ刈り取る。

 敵に取り囲まれた状態のショウは、自分の周辺を薙ぎ払うように紅蓮の炎を噴出させる。生者を消し炭にする炎は機関銃を構えていた男たちを吹き飛ばし、追い討ちをかけるように燃やした。

 あれだけ戦術に関して悩んでいたのに、術式の許可が降りた途端に三秒と経たずに戦闘は終了した。実に呆気ない戦いだった。


「ていうか一般人ぶっ殺しちゃったんだけど!? これって罪に問われないかな!? やだよ屑で犯罪者って呼ばれんの!!」

「バレなければ犯罪ではないと以前言っていたではないか。なにをそんなに恐れることが?」

「ンな場合じゃねえだろうがよ!! 【閉ざされた理想郷クローディア】での立場が悪くなったら誰に責任押しつければいいんだ!? 思わず使っちまったけども!!」

「責任ならこれに取らせればいいだろう」


 ショウがおもむろに自分のポニーテールの根元に隠れていた赤い鼠を引っ張り出し、ユフィーリアに見せつけてくる。いきなり引っ張り出されるとは思ってもいなかったらしい赤い鼠は、ジタバタと暴れてショウの手から逃げようとしているが、割と本気で鷲掴みしているショウの手から逃れられずに諦めたようにぐったりと力を抜いた。

 そして疲れ切った様子の赤い鼠を介して、上官殿の声が聞こえてくる。


【殺しても問題はないよ。ほら、よく見て】

「あ?」


 ユフィーリアが今しがた斬り飛ばしたばかりの男の方へと振り返ると、なんとそこには首を刎ねたはずの男が転がっているではないか。どうやら気絶しているだけのようで、脈拍も正常であり問題はなさそうだ。

 同様に、ショウが燃やしたはずの男どもも相棒の周辺に転がっている状態だった。生きていれば燃やすことができる火葬術の炎をまともに食らって、消し炭になっていないとは驚きである。どこにも傷は見当たらないようで、彼らの安全を確かめていたショウは「問題ない」と淡々とした口調で報告してきた。

 ユフィーリアとショウの術式は、確かに発動した。神速の居合によってユフィーリアに機関銃を突きつけていた男は首を落とされて、ショウを取り囲んでいた連中は火葬術によって薙ぎ払われた。術式が発動されなければ彼らを圧倒することはできなかったし、かといって術式をまともに食らっておいて傷一つないという状況はおかしい。


【どうやら致命打を与えると、彼らの中に巣食うが身代わりとなって死んじゃうみたい。手加減して殴る蹴るだけだと寄生虫によって強化されちゃってるから効かないし、彼らを助けたいなら殺すつもりでかからないと】

「寄生虫だと?」


 初耳の様子のショウは赤い鼠を介して会話するグローリアに問い質すが、ユフィーリアは小さく舌打ちをした。

 やはり【銀月鬼】の言う通りだった。これは敵が寄越した寄生虫の仕業であり、この鉄塔の中に親玉が存在するのだ。


【第零遊撃隊に命じるよ。君たちはこれから『一の島』の塔にいるだろう寄生虫の親玉の撃破してほしい。常に最悪の状況を考えて行動して。以上だよ】

「了解した」


 すぐさま命令を受け入れた人形のショウとは違って、ユフィーリアはグローリアの仕事の命令に頷くことはなかった。

 彼女の態度に疑問を持ったらしいグローリアが【どうしたの?】と問いかけてくるが、その質問に答えることはなく、代わりにユフィーリアはこう聞いてみた。


「グローリア、寄生虫の目的は?」

【それは分からないよ。スカイに今調べてもらってるけど、目的に関しては親玉が存在する『一の島』に一番近い君たちが直接聞きに行くのがいいんじゃないかな?】


 捻り潰してやろうかなって思った。


【ああ、だけど。スカイが言うには寄生虫に感染した彼らは、が欠落していたみたい】

「感情の一部分?」

【特に恐怖を司るところ。怖がりじゃないなんておかしいよね】


 それだけ残して、グローリアは【じゃあ頑張ってね】と丸投げの状態で通信を終了させてきた。

 ユフィーリアはグローリアの発言に思い当たる節がある。

二の島ツヴァイ』で起きた引き裂き魔の事件――そこに居合わせた一般人は、譫言うわごとのように「怖いね」「怖いね」と繰り返していただけだ。まるでそれは台本をなぞるかのようなもので、人間ならばもっと恐怖を感じてもいいだろうとは思ったのに。

 おそらく、それが原因だろう。何故、感情の一部分を抑える必要があるのか不明だが。


「ユフィーリア、どうする?」

「どうするもこうするも、シズクの『助けてねがい』を叶えるにはどのみち鉄塔の中に入んなきゃいけねえからな」


 夜空を貫かんばかりに高い鉄塔を見上げて、ユフィーリアは肩を竦めた。今回の敵が面倒な事情を抱えているという予測は、早くも的中してしまいそうである。


「あ、そうだ。ショウ坊、赤い鼠は自然に返してやれ」

「何故」

「了解した」


 グローリアとの通信手段である赤い鼠を自然に返すように命じると、ショウはそっと赤い鼠を野に放った。自由を得た鼠は尖った鼻先をフンフンと鳴らしながら、どこかへと走り去ってしまった。命令とつけ加えればどんなことでもやってしまう彼の性格は、大変便利なものである。


「ところで、鉄塔にはどのように潜入するつもりだ?」

「『閉ざされた全てを開き暴く全能の鍵』ってのを使う」


 夜空を押し上げるガラス張りの鉄塔は、物々しい雰囲気を醸し出していた。見上げれば首が痛くなってくるほど高い塔であり、その真下から見上げれば空を支えているのはこの塔なのではないかと錯覚してしまう。

 正面玄関はぴったりと閉ざされていて、扉にはきちんと施錠がされている。かんぬきの上から頑丈な鎖で縛り、施錠は万全ということか。

 ユフィーリアは頑丈そうな錠前を手で弄びつつ、その鉄の感触を確かめる。見た目こそ頑丈ではあるものの、錠前自体に仕掛けは施されていない。触った瞬間に爆発という事態に陥らなくてよかった。


「『閉ざされた全てを開き暴く全能の鍵』とは?」

「おう、これだよ」


 ユフィーリアはおもむろに自分の耳元に手をやった。銀髪の中に隠された耳からずるりと引っ張り出されたのは、だった。

 ショウの赤い瞳が瞬き、それから彼は怪訝そうな視線をユフィーリアへやる。大仰な名前で呼んだが、要はただの鍵開けピッキングである。


「これのどこが鍵だ」

「鍵だろ。開けられりゃなんだって鍵になるんだよ」


 暴論である。

 じっとりとした湿った視線を背中で受け止めつつ、ユフィーリアは針金を錠前の鍵穴に差し込んだ。くりくりといじくってやれば、錠前は簡単に外れた。

 鉄の塊がユフィーリアの足元に転がり、閂を戒めていた頑丈な鎖も地面に落とす。最後に門扉を封印する閂を外せば、あっという間に鉄塔への入り口は確保できた。

 針金を再び耳元に戻しつつ、ユフィーリアは一仕事終えたとばかりに額を拭うを仕草をしてみせる。


「さて、これで行くか」

「ユフィーリア、先ほどの行為は格好悪いぞ。鍵開けをするのであれば、貴様の術式を使った方が早くないか」

「馬ッ鹿お前、切断術なんぞ使ってみろよ。壊れちまうだろ」


 なるべく建物は壊さないようにするのが奪還軍の鉄則である。天魔から地上を取り戻した暁には、ここに人類が戻ってくる訳だ。ズタボロの状態になったまま街を返却すれば、怒りを買うことは目に見えている。

 やむを得ぬ事情があるので壊すか、もしくは天魔の過失によるものだったらまだ言い訳は通用する。その辺りちょっと厳しいのである。

 ショウもユフィーリアの言いたいことを理解したのか、納得したように頷いて「そうか」と完結させた。彼も奪還軍の一員なら、建物を壊すなという命令を耳にしたことがあるはずだ。

 鉄塔を守る閂を外して、さあ鉄塔の扉を堂々と開けようと取っ手を掴むも、ガチャンという施錠されている音がユフィーリアとショウの耳朶を打った。ガタガタと扉を揺さぶってみるも、鍵が閉まっているので扉は開かない。なんと、扉自体にも鍵が施されていたのだ。


「……………………」

「……………………」


 言いようもない空気が流れる。

 視線だけでショウが「どうする?」と訴えてくるが、ユフィーリアは正直なところ『閉ざされた全てを開き暴く全能の鍵』という名の針金による鍵開けはしたくなかった。あの作業は意外と神経を使うのである。

 なので、


「ショウ坊」

「なんだ」

「俺が今からやることは他言無用な。特にグローリアにチクったら、さっき食ったパフェを吐かせる」

「腹を重点的に殴ると……?」

「時には暴力に訴えることも必要だよな」

「恐ろしい発言だが、命令であるならば従おう」


 別に命令した訳ではないのだが、彼にとって「命令だ」の一言は絶対に守らなければならない魔法の言葉だ。本当にどこまでも都合のいい少年である。

 ユフィーリアは扉の取っ手を握る力をさらに込めて、


「ふんぬッ」


 

 


「よしこれで行けるな」

「貴様、先ほど壊れるから云々と言っていたではないか」

「だから言ったろうがよ。グローリアにチクったらお前に腹パン食らわせるって」


 蝶番から外れてしまったガラス戸をポーイと投げ捨てると、ユフィーリアは堂々とした足取りで鉄塔の中に入っていった。

 明かりが消えた鉄塔の内部は広々としていて、調度品の類は一切見当たらない。そういえば、『一の島』の方面からやってきた一般人が観葉植物だとか椅子だとかを装備していたが、まさかこの鉄塔から持ち出したのだろうか。

 さて。

 この鉄塔の内部からあの少年を探し出さなければならないのだが、手がかりがない以上、片っ端から探すことは愚行以外の何物でもない。どこか見取り図のようなものがあれば、予測はつけられるものだが。


「悪役の定番として、最上階に存在するという説がある」

「あー、そりゃ定番中の定番だな。馬鹿と煙と悪役は高いところが好きだからな」


 そして偉そうに踏ん反り返っている光景が目に浮かぶ。

 ユフィーリアはちらりと広々とした一階の奥にある昇降機エレベーターの扉を見やった。伽藍がらんとした室内でその昇降機だけが物々しい空気を醸し出していて、罠であることは明らかだった。もし馬鹿正直にのこのこと昇降機を使って最上階へ行こうものなら、逃げ場のない鉄の箱の中で死に絶える他はない。

 昇降機を使えば敵の思う壺であるのは理解できる。しかし、階段が見当たらない以上はどうしたって昇降機を頼らざるを得ない。全面ガラス張りの鉄塔を外から登ることも考えられたが、足を滑らせて地面に叩きつけられたら体が頑丈と言われている天魔憑きであってもただでは済まない。

 ふむ、と少しだけ考えるユフィーリア。ぴったりと閉ざされた死の揺り籠の入り口を眺めること、およそ一〇秒。黙りこくった彼女に異変を感じたらしいショウが「どうした?」と声をかけてくるが、その心配を振り切ってユフィーリアは大股で昇降機へと歩み寄った。


「昇降機を使うのか?」

「こんな四方を囲まれた鉄の箱の中なんざ使ったら、私たちは的ですどうぞ撃ち抜いてくださいって言ってるようなモンだろ」


 ユフィーリアは昇降機の扉を開きつつ、ショウへと振り返る。


「ショウ坊、運はいい方か?」

「は?」


 大真面目な顔でおかしなことを口走るユフィーリアに、相棒の少年は訳が分からず首を傾げるしかなかった。

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