第十三幕 南北繚乱(Ⅲ) ~血闘

 ジュナイナ達の動揺を見て取って、ロルフが口の端を吊り上げる。


「ふ……遊んでやる。掛かってこい」


「……! こいつ……!」


 舐められたと感じたリュドミラが柳眉を逆立てて自分から斬りかかった。ジュナイナが制止する間もなかった。


 そして彼女の予想通り、リュドミラの斬撃は容易く受けられてしまう。


「……っ」

「ふん……!」


 一瞬の動揺の隙を突いてロルフの反撃。鋭い剣閃はリュドミラの防御を容易く掻い潜り、彼女の肩を斬り裂いた!


「ぐぁっ!」

「リュドミラ!? く……」


 剣を取り落として片膝を着く彼女の姿にジュナイナは歯噛みして、リュドミラを助ける為に短槍を構えて自らも吶喊する。


「はぁっ!!」


「……ふっ!」


 だがその乾坤一擲の一撃も虚しく弾かれてしまう。目にも留まらぬ速度で振るわれたロルフの剣が、ジュナイナの短槍を跳ね上げる。物凄い衝撃が槍に加わって、彼女は思わずたたらを踏んだ。そこに容赦なくロルフの反撃。


 瞬速の斬り上げがジュナイナの胴に、斜め一直線の傷を走らせる。


「ぐっ……!!」


 咄嗟に跳び退って直撃は避けたものの、浅くない傷を胴体に負わされたジュナイナも、呻き声と共に片膝を着いてしまう。



「ジュナイナさん! リュドミラさん!?」


 護衛である2人が傷ついて窮地に陥る姿に、エロイーズは悲鳴を上げて駆け寄ろうとする。だがその前に立ち塞がる者が。


「ぬふふ……! お前はこっちじゃ!」

「あ……!?」


 厳つい巨体のゲオルグに腕を掴まれて、柔弱なエロイーズは為す術も無く捕えられてしまう。


「……っ。離しなさい、慮外者っ!!」


 本能的に激しく抵抗するエロイーズ。しかし体格や膂力の絶望的なまでの差が、ただ相手を苛立たせるだけに終えてしまう。


「黙れっ!」

「あぅ……!」


 苛立ったゲオルグがその厳つい手で容赦なくエロイーズを殴りつける。武骨な大男の暴力に、たおやかな女体は一溜まりも無く床に張り倒された。


「エ、エロイーズ様……!」


「ふん……生意気な女め。立てっ! お前は隠れ家に連れて行って、儂自らじっくりと調教してくれるわ」


 その光景を見たジュナイナが思わず悲痛に叫ぶが、ゲオルグは倒れたエロイーズの繊細で流れるような金髪を無遠慮に鷲掴みにすると、強引に引っ張り上げて無理やり立たせる。


「う、うぅ……」


「ぬふふ! ロルフよ、後は任せたぞ?」


 無理やり立たされたエロイーズは容赦ない暴力を振るわれたショックからか、すっかり抵抗する気力を失ってしまったように目に涙を滲ませて震えていた。


 ゲオルグはそんな彼女を見て満足げに笑うと、ロルフに後始末・・・を命じて、エロイーズを引っ立てながら部屋を後にしていった。




「く……エロイーズ様……!」

「ま、待ちなさいよ……!」


 ジュナイナ達が必死に追い縋ろうとするが、その前に無情にも壁が立ちはだかる。


「あの女の心配をする必要はない。お前達はここで死ぬからだ」


「こ、の……」


 苦痛に顔を歪めながらも何とか剣を取って立ち上がったリュドミラは再び斬り掛かろうとうするが、それをジュナイナが制止する。


「待って、リュドミラ。闇雲に掛かっても勝てる相手じゃないわ!」

「でも、このままじゃエロイーズ様が……!」


 焦燥に満ちたリュドミラの声に、ジュナイナは解っているという風に頷く。



「……リュドミラ。ドラメレクと戦った時に私達、ソニアに何て言ったか憶えてる?」


 

「……っ!!」

 リュドミラが目を見開いた。それからすぐに自嘲気味に口の端を吊り上げた。


「ふ、ふふ……ええ、思い出したわ。肝心の私達がこれじゃ、ソニアに偉そうな事言えないわね」 


「ええ、本当にね。……やれるわね、リュドミラ!?」


「勿論よ、ジュナイナ!」


 立ち上がった2人はそれぞれの得物を構えてロルフに闘気をぶつける。そこに先程までの焦燥や絶望は無い。


 ロルフはそんな彼女らの様子にピクッと眉を上げる。


「……別れの挨拶は済んだか? では、そろそろ死ぬがいい!」


 ロルフもまた彼女らを押し返すように強烈な闘気を発散させて剣を構えた。



「う……おぉぉぉぉぉぉっ!!」


 それに怯む事無く、ジュナイナが槍を構えて果敢に突撃する。全力を振り絞った槍撃はしかし……


「ぬん!」

 先程と同じようにロルフの剣によって敢え無く弾かれてしまう。体勢を崩すジュナイナ。そこにロルフの剣が今度こそ彼女を斬り捨てようとして――


「ふっ……!」

「……!」


 ロルフが反撃に転じようとした瞬間を狙って、ジュナイナの陰から飛び出したリュドミラが剣を振るう。攻撃動作の隙を突かれたロルフは躱しきれずに、リュドミラの剣が胴体を袈裟斬りにする。


「ぬぐっ……!」

「……ち! 浅かった!」


 リュドミラの舌打ち。ロルフが驚異的な反射神経で僅かに身を引いた事によって致命傷とはならなかった。


「貴様らぁっ!!」


 寡黙の仮面をかなぐり捨てたロルフが怒りに燃えて剛撃を繰り出してくる。ジュナイナは決死の覚悟で前に出てその一撃を受け止める。


「あぐぅぅっ!!」

「何!?」


 ロルフの凄まじい強撃に、ジュナイナの掲げた槍ごと押し込まれてその身体に刃が到達する。肩口に凶刃がめり込んで血が噴き出す。だが……本来は一刀両断されてもおかしくなかった剛撃を、辛うじて肩に刃がめり込む程度・・に受けきる事に成功した。ロルフの目が驚愕に見開かれる。


「リュドミラァァァァッ!!」


「これで……終わりよっ!」


 ジュナイナが敵の攻撃を受けきって一瞬の硬直が生まれる。そこに、彼女が敵を止めてくれると信じて・・・剣を限界まで引き絞っていたリュドミラが、一気に剣を突き出した。



 その剣の切っ先は狙い過たず……ロルフの喉元に突き刺さった!



「……っ! ……!!?」


 ロルフの喉や口から大量の血があふれ出す。彼の目が限界まで見開かれ……そのままヨロヨロと何歩か後ずさってから、ゆっくりと仰向けに倒れ伏した。そして二度と動き出す事はなかった。





「ふぅぅ! ふぅぅ!! はぁ……! はぁ……! な、何とか……勝てた、わね……!」


 緊張が解けた反動と疲労と苦痛から、リュドミラはその場に片膝を着いて激しく喘ぐ。


「え、ええ……そう、ね。ぐ……」

「ジュナイナ!?」


 苦し気に呻くジュナイナの姿に、リュドミラは自らの負傷や疲労も忘れて駆け寄る。ジュナイナは彼女以上に傷ついていた。最初に胴体を斜めに斬り上げられた傷と、最後に肩口に剣がめり込んだ傷は、決して浅くない物だ。


 だがジュナイナは負傷に呻きながらも槍を杖代わりに立ち上がった。


「でも、まだよ! エロイーズ様を救出しなければ……!」


 このまま連れ去られれば彼女を救うチャンスはなくなる。今しかないのだ。


「む、無茶よ! こんな怪我してるのに! 私が行くからあなたはここで休んで――」


「駄目よ。怪我してるのはあなただって同じでしょ。ゲオルグは今の私達が1人で勝てる相手じゃない」


「……っ。で、でも……」


「こうしてる問答の時間も惜しいわ。ゲオルグを見失う前に追いかけるわよ」


 ジュナイナの固い意志に結局リュドミラが折れて、2人は怪我を押してエロイーズ救出の為に動き出した。

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