南北繚乱

第十一幕 南北繚乱(Ⅰ) ~影の支配者!?

 急速な発展を遂げるディムロス。最も成長目覚ましいのは勿論中核都市たるディムロスの街だが、その好景気の影響は県内にある傘下の村々にも及んでいた。


 イゴール軍との戦を控えている事もあって、兵糧の元となる農作物は作れば作るほど高値で売れる状況だった。買う側も懐が温かいので金に糸目を付けずに食料を買い込む。


 そうなると各農村も潤ってくるのだが、収入が増えるという事は街に払わなければならない税金の額も増えるという事を意味している。


 せっかく自分達の懐に入る金が増えたのに、支払う税金も増えてしまった。そうなると今まで普通に払っていたにも関わらず惜しくなってくるのが人間の性。自分が稼いだ金を自分の懐に入れるのは当然だと、わざと収入を少なく申告して租税を誤魔化そうとする輩も現れるようになりやすい。 


 そして状況に関わらず税金に関して正しく徴収、管理するのは各街の官吏達の仕事であった。ディムロス……否、マリウス軍で言えば、それらの官吏達を統括し最終的な責任を負っているのは内政重臣たるエロイーズであった。



*****



 なだらかに続く街道を比較的ゆったりしたペースで進む一団があった。騎馬に跨った10人程の兵士達と、それに護衛されている一台の馬車という構成だ。馬車の速度に合わせている為にゆったりとしたペースとなっているのだ。精緻な造りの外観といい、どうやらこの馬車にはかなりの貴人が乗っているらしい事を窺わせる。


 護衛の兵士達を率いているのは2人の武将であった。街道の移動に将が2人も護衛につくという事も、馬車の人物の貴人ぶりを物語っている。


 2人の将はどちらもこの中原においては、かなり特徴的な外見をしていた。1人は黒に近い焦げ茶色の肌に、帝国人とは髪質の異なる縮れた黒髪の女性であり、その長身で筋肉質な身体を包むのは、帝国人の女性からすると考えられないような露出度の高い皮鎧だ。


 マリウス軍の将の1人、ジュナイナである。


 そしてもう1人は、やはり帝国では見られないような銀髪紅眼でジュナイナとは対極的な透き通るような白い肌を、これまた彼女とは対照的な厚手の独特の衣装に身を包んでいた。


 同じくマリウス軍の将であるリュドミラだ。


 この2人は南北コンビとして今やマリウス軍でもかなり有名で、それもあってこうして一緒の任務に割り当てられる事が多かった。




「……全く、またあなたと一緒の任務なの? こう毎回同じ顔ばっかだと流石に見飽きるわね」


 リュドミラが隣を進むジュナイナを見ながらうんざりしたように呟く。しかしジュナイナも負けてはいない。


「それはこっちの台詞よ。私だってあなたのその暑苦しい格好を見てるだけで汗が出てくるっていうのに……」


 挑発し返すが、半分本音でもある。ここは帝国内でも最南端であるトランキア州。ジュナイナが元々いた南蛮の湿地帯ほどではないものの、それなりに蒸し暑い気候だ。そんな中で厚手の民族衣装に身を包むリュドミラの姿は、見ているだけで暑くなるのは紛れもない事実だ。


「はん、それはお気の毒さまね。でもあなたの方こそ見てると寒くなってくるんだけど? 大体その格好、恥ずかしくない訳?」


 リュドミラが切り返す。ジュナイナの姿は僅かに要所を覆う皮鎧のみでその黒い肌の大部分を大胆に露出している。実際兵士の中には目のやり場に困っている者もいる。だがジュナイナはどこ吹く風とばかりに鼻を鳴らした。


「あら、自由に開放的になれない民族の女は可哀想ね? そんな暑苦しくて野暮ったい衣装しか着れないんだもの」


「……! あんた……私達の民族衣装を馬鹿にしようって訳?」


 リュドミラが目を細めてその声音が低くなる。だがジュナイナは怯まない。


「先に馬鹿にしたのはそっちでしょう?」


「ふぅん……喧嘩したいんならいつでも受けて立つわよ」


 ジュナイナが謝罪しなかった事でリュドミラの身体から静かに闘気が立ち昇る。


「ふん、望む所よ……!」


 それを受けてジュナイナも闘気を立ち昇らせて身構える。将である2人が一触即発の空気になって、他の兵士達はどうしていいか分からないようにオロオロしてしまう。誰も制止する者がおらずに、2人が殴り合いを始めようとした所に……



「――お黙りなさいっ!!」



「「……っ!?」」


 鋭い一喝に2人の動きが止まった。2人が同時に首だけを動かして、自分達が護衛している対象である馬車の方に目を向ける。


 2人が馬車の護衛そっちのけで喧嘩を始めそうになった為に、僅かに先行した位置で停まった馬車の扉が開いて、そこから中に乗っていた人物が降りてきていて2人の方を睥睨していた。


 高価で質の良い絹服に身を包んだ、たおやかな雰囲気の女性……エロイーズであった。しかし普段は柔和な雰囲気を纏う彼女からは今、極めて厳しくかつ不機嫌なオーラが立ち昇っており、それは歴戦の戦士であるジュナイナとリュドミラの闘気が霞んでしまう程の迫力を醸し出していた。


 2人は勿論、周囲の兵士達も思わず姿勢を正してしまう。


「……今はマリウス様から託された大事な仕事の最中なのですよ? 最近治安は良いとは言え、道中も何があるか分かりません。もう任務は始まっているのです。だというのに、あなた方にはその自覚も緊張感も足らなすぎます!」


「……っ!」

 エロイーズの叱責に2人は衝撃を受けたように目を見開いて身体を震わせた。彼女の迫力もさる事ながら、実際自分達の意識が弛んでおり、これがマリウスから直々に言い渡された任務である事を失念してしまっていたのだ。 

 

 だがそんな彼女達にエロイーズは容赦なく追い打ちを掛ける。


「これというのも、あなた方の直属の上官であるソニアが甘すぎるせいですね。部下の教育及び管理不行き届きで彼女には相応の罰を与えなくてはなりませんね」


「な……!?」

 その言葉にジュナイナもリュドミラもギョッとして目を剥いた。 



「ま、待って……ソニアは関係ないわ!」


 ジュナイナが慌てて申し立てるが、エロイーズは無情にもかぶりを振った。


「……部下の失態に対して責任を負うのが上司の役目です。帰ったら早速――」


「わ、解った! 私達が悪かったわ! 真面目にやるからソニアに迷惑は……!」


 リュドミラも今までのふてぶてしい態度は鳴りを潜めて必死に懇願する。2人にとって自分達の失態でソニアが罰せられるなど、自分達が処罰されるより何倍も耐え難い事であった。


 そんな2人の様子をしばらく厳しい目線で睨み据えていたエロイーズだが……ふっと表情を緩めて悪戯っぽい笑みを浮かべる。



「うふふ……冗談・・ですよ。ビックリしましたか?」



 いきなり砕けたエロイーズの様子に2人は唖然となる。そして事態が飲み込めると同時にジュナイナとリュドミラの目が驚愕に見開かれた。


「え……ええ!? い、今のが冗談!?」


 別の意味で唖然とする2人の反応をよそに、エロイーズはクスクスと笑っている。


「ええ。流石にこの程度でソニアまで処罰する事などありませんわ。そもそも私達創立時の4人は同志であって、皆が対等の立場。ソニアを処罰できる権限があるとしたら、それは君主のマリウス様だけですわ」


「あ……」


 言われて初めてその事に気づいたように2人は目を瞬かせる。そんな事も失念するくらい焦っていたのであった。エロイーズの笑みが暖かな物に変わる。


「うふふ、でも……あなた方は本当にソニアの事を大切に思っているのですね。同じく彼女の友人の1人として嬉しく思いますわ」


「お、お恥ずかしい限りで……」


 ジュナイナが気恥ずかしそうに頭を掻く。ここでエロイーズが真面目な顔に戻る。


「でも任務に真面目に取り組んで下さいというのは本音ですからね?」


「……っ! は、はい! 勿論です!」


 リュドミラが姿勢を正して返事する。エロイーズはそれに満足げな笑みを浮かべて馬車に戻る。



 再び動き始めた馬車を見つめながら2人は、緊張から解放されてホゥ……と詰めていた息を吐いた。リュドミラはジュナイナに顔を寄せて耳打ちする。


『ちょっと……冗談分かりにくすぎじゃない!? ホントに怖かったんだけど……!?』


『ええ……下手な武人なんか比べ物にならない迫力だったわね。……伊達に陰でマリウス軍のフィクサー・・・・・なんて呼ばれてないわね……』


 ジュナイナも神妙な表情で頷く。と、馬車の窓からそのエロイーズがひょこっと頭だけを出してこちらを振り返った。


「2人とも……? 護衛が対象より遅れていては仕事になりませんよ?」


「「……っ! は、はい、只今っ!」」


 にこやかな笑みと共に発せられた促しに、歴戦の武人である2人は反射的に背筋を伸ばして、大慌てで馬車に追随していった……


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