第六幕 軍人の心得

 ボルハ達に連れていかれた先は、それなりに広い商家のような建物だった。どうやら私兵に金を渡して、その私兵を仲介する事でこの家を購入していたらしい。


 屋敷に着くとリリアーヌだけはそのまま別室に連れていかれ、ミリアムとサラは「リリィちゃんの後で君達もたっぷりと可愛がってあげるよ、ぐふふ」というボルハの言葉と共に、蔵と思しき部屋の中に縛られたまま転がされていた。蔵の壁は分厚く、どれだけ大声で叫んだり物音を立てたりしても外部には漏れない作りになっているらしい。



「……ご、ごめんなさい、ミリアム。私達が無理に遅くまで付き合わせたばっかりに、こんな事になるなんて……」


 縛られて床に転がったままサラが悄然と謝罪してくる。だがミリアムは冷静にかぶりを振った。


「いや……あいつはリリアーヌを狙ってた。むしろ彼女が1人の時じゃなくて良かったよ」


 もしリリアーヌが単身で攫われていたら取り返しのつかない事態になっていただろう。そういう意味では自分が一緒に攫われたのは僥倖とすら言えた。


 サラがその大きな目を丸くする。


「そ、それは確かにそうだけど……私達もこうして一緒に捕まっちゃってるんだから同じ事でしょ?」


「いや、そうでもないよ。……ちょっと待っててね」


 ミリアムは小さく笑うと、床の上でもぞもぞと身体を動かし始めた。そしてその数分後……



「……ふぅ。お待たせ、サラ。今解いてあげるね?」


 自らを縛める拘束を自力で解いたミリアムが涼しい顔で、唖然として自分を見上げるサラの縄を解き始める。


「う、嘘……こんなにきつく縛られてるのにどうやって……?」


「きつく縛られてたからだよ。あいつら素人だ。縄抜けされるのを考慮してなかったみたい」


「な、縄抜け!? そんな事出来るなんて凄いわ、ミリアム!」


 いきなり尊敬の眼差しで自分を見てくるサラに、ミリアムは気恥ずかしくなって目を逸らす。


「い、いや、軍人なら皆覚えることだし。私もお姉様にみっちり訓練されたから……」


「それでも十分凄いよ! 実際こうして役に立ってるんだから。私尊敬しちゃう!」


「ほ、ほら、解けたよ。立てる?」


 本当にそんなに凄い事ではないのだが、無邪気に尊敬の視線を向けてくるサラにいたたまれなくなって話題を逸らす。拘束から解かれたサラは、手首を擦りながらもしっかりした足取りで立ち上がった。



「だ、大丈夫よ。本当にありがとう。……じゃあ次は何とかしてここを抜け出して衛兵に通報しないと……」


 サラは至極真っ当な提案をするが、ミリアムは難しい顔でそれを止めた。


「待って。それは駄目。騒ぎが大きくなれば、追い詰められたと感じたあいつがリリアーヌに何をするか……」


「あ……」


 サラもその可能性に思い至ってハッとなる。そう……捕まっているのが自分達だけなら、このまま脱出して詰所に駆け込むのが正解だ。だが自衛手段を持たないリリアーヌが相手の懐に囚われている状況なのだ。彼女個人の安全を考えるなら衛兵への通報は悪手だ。


「脱出するだけならそんなに難しくないと思う。私はこのまま何とかリリアーヌを助けられないかやってみるから、サラは先に逃げていて」


「……!」

 確かにリスクを考えたらそれが一番いいのかも知れないが、サラには友人達を危険に残して自分だけ安全な場所に逃げる気は一切なかった。彼女は激しくかぶりを振った。


「嫌よ! 私も一緒にリリアーヌを助ける! これでも護身術は習ってるし、足手まといにはならないわ!」


「……っ!」

 激しい反応にミリアムは目を瞠った。そしてすぐにサラの心境に思い至り、ここで自分が何を言っても彼女が1人で逃げる事はないだろうと判断した。その心情は理解できるし、問答の時間も惜しいのでミリアムは即座に頷いた。


「解った。なら一緒にリリアーヌを助けよう」

「……! あ、ありがとう、ミリアム」


 もっと反対されるかと思っていたサラは若干拍子抜けすると共に、ホッとして理解を示してくれたミリアムに礼を言った。




「よし、じゃあまずはこの蔵から脱出しないとね……」


 ミリアムはそう言うと、蔵の扉に歩み寄った。この蔵は密閉性が高く音が殆ど外に漏れない作りになっている。だからサラと大きな声でやり取りをしていても見張りがやってくる事がなかったのだ。


 騒がれても外に聞こえないので人を監禁しておくには都合が良いが、反面中で何が起きていても外から察知できないというデメリットもある。ミリアムはそのデメリットを利用する事にした。


「……今から見張りをおびき寄せる。そこに隠れていて、私が合図したら一気に飛び出すよ。いい?」


「わ、解ったわ」


 サラが緊張した表情で頷いて、大きな木箱の陰に身を隠した。それを見届けてミリアムは蔵の扉を絶妙な力加減で蹴り付けた。あまり大きな音を立てると、見張り以外の私兵の注意も引いてしまいかねない。見張りだけに不審を抱かせる程度の音と振動に抑える。


 それから素早く、サラが隠れたのとは反対側の壁際にある樽の陰に身を隠す。その直後、ギギィっと音を立てて蔵の扉が外から開かれた。そして見張りの私兵が中に入ってきた。


 私兵は蔵の床に転がされていた2人の少女の姿がない事に目を剥いた。そして彼が何か能動的なアクションを起こす前に……


「今だっ!!」

「うん!」


 ミリアムとサラが、一気に潜んでいた物陰から飛び出した! 


「な!? お、お前ら……!?」


 自分を挟み撃ちするように突進してくる2人の姿に、私兵は慌てて剣を抜こうとするが、


「てぇいっ!」

「やあっ!」


 それより前に気合の叫びと共に、ミリアムの手刀が男の首筋に叩きこまれ、サラの蹴りが男の鳩尾に突き刺さった。


「ぐぇっ!?」

 無様な呻き声と共に、男は白目を剥いてその場に昏倒した。起き上がってくる気配はない。完全に伸びているようだ。それを確認してミリアムは息を吐いた。



「ふぅぅ……上手くいったね!」

「し、信じられない。私達、こんな大男を……」


 呆然とした表情で伸びている男を見下ろすサラ。ミリアムはちょっと悪戯っぽい様子で微笑んだ。


「素人だって言ったでしょ? 不意を突いて急所を狙えば私達でも充分倒せる相手だよ」


「ふぇぇぇ……ミリアムってホントに頼もしいわねぇ」


 再び尊敬の眼差しで見つめてくるサラに、ミリアムはまた気恥ずかしくなって話題を変える。


「そ、それ程でも……。サラだって凄くいい蹴りだったよ。武術を習ってるっていうのは本当だったんだね」


「ま、まあね、ふふ。それで、この後はどうしよう? リリアーヌを助けるにしてもこの広い屋敷のどこにいるのか……」


 サラが途方に暮れた様子になるが、ミリアムはその点に関しては心配していなかった。あのボルハという男の性格からして、まず間違いなく一番良い部屋を使っているはずだ。家の構造自体はそれ程複雑ではないので、主室の位置は大体類推できる。


 となると後問題なのは、他にも何人かいるだろう私兵達だが……


「……幸い武器は手に入ったし、リリアーヌを助けた後に襲って来られると厄介だから、私兵達を倒しながら進んでいくよ。向こうは油断してるだろうから1人ずつ不意打ちで倒していこう」


「わ、解ったわ。抜き足差し足って奴ね……」


 倒した私兵の剣を奪ったミリアムの指示に、サラはゴクッと喉を鳴らしながらも神妙に頷いた。

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