第六幕 黎明の女傑(Ⅵ) ~闇払う曙光

 その時丁度ドラメレクも自分に向かってきた討伐軍の兵士を全て斬り倒した所だった。返り血に塗れた姿で、近付いてきたソニア達3人の方に向き直る。


「ドラメレク! アンタだけは許さない!」


「ふん……仲間と合流した途端に強気だな。雑魚が何匹群れようが俺の敵ではないわ!」


 ドラメレクが凄まじい踏み込みと共に接近、蛮刀を薙ぎ払ってきた。その速度、迫力の前に思わず硬直してしまうソニア。だが……


「させないっ!」


 前に出たジュナイナが槍を翳してその剛撃を受け止めた。


「ぐぅぅ……!?」


 恐ろしい膂力と衝撃の前に体勢を崩しかけるが辛うじて持ち堪えた。しかしそのままでは一方的に攻められてお終いだ。


「ぬりゃあっ!」


 だがジュナイナが受け止めてくれた隙を突いて、ソニアが側面に回り込んで斬り付けた。


「ふん! この程度で……」


 ソニアの斬撃を受け止めたドラメレクだが、彼女の後ろからリュドミラが弓で狙っているのに気付いた。


「ふっ!」


 放たれた矢は狙い過たずドラメレクの眉間に迫る。だが敵もさる者。驚異的な反応速度で蛮刀を掲げて矢を弾く。


 そこにすかさずソニアが追撃で刀を振り下ろす。ドラメレクはそれも躱すと反撃とばかりにソニア目掛けて蛮刀を斬り上げた。だがやはりジュナイナが割り込んでその斬撃を受け止めた。


 ソニアやリュドミラでは防御ごと突き破られて斬り伏せられていた可能性が高いが、ジュナイナは体格の分膂力に優れており、辛うじてではあるがドラメレクの剛撃を受ける事が可能だった。


 しかしそれでもニ撃目にして既に腕が痺れ始めていた。そう長くは持ちそうにない。



「この……!」


 リュドミラが再び矢を放つがやはり斬り払われてしまう。その間隙を突いてソニアの斬撃。しかしそれも受け止められる。


「むん!」


 ドラメレクが気合と共に大上段から蛮刀を振り下ろす。やはりジュナイナが槍を翳してそれを受け止めるが……


「あぐっ!!」


 槍ごと断ち割られるような衝撃にとても立っていられず片膝を着いてしまう。


「ジュナイナ! くそ……!」


 ジュナイナを守るべくソニアとリュドミラが立て続けに攻撃を仕掛けるが、やはり悉く防がれてしまう。



(お、押されてる!? 嘘だろ……!? こっちは3人掛かりだってのに……! マリウスはこんな化けモンをホントに1人で倒したのかい!?)


 自分達が同じ敵に相対する事で、改めてマリウスの規格外の強さを実感する事になった。しかも彼はギュスタヴやタナトゥス、ロルフなど、個人的武勇ではドラメレク以上の強さの敵にも勝利してきているのだ。


 しかしその強さは失われてしまった。それもソニア自身のせいで……


 彼女は歯噛みした。こんな所でこんな奴相手に苦戦している事は彼女には許されないのだ。それは彼女の責務でもあった。いや……彼女達・・・の、だ。


 もう自分は1人ではないのだ。同じ責務を背負ってくれる仲間がいるのだ。



「ジュナイナ! リュドミラ! 合わせろ・・・・!」


「「……!」」


 細かな意思疎通をしている余裕は無い。だが彼女達ならこれだけで通じるはずだという信頼があった。


 このまま普通に連携して戦っているだけだと、信じがたい事にこちらが負ける可能性が高い。ならば2人を信じて賭けに出るしかない。


「うおおぉぉぉぉぉっ!!」


 敢えて大きく気勢を上げながら突っ込む。そして渾身の斬撃を叩き込むが、やはりあえなく受けられてしまう。


「死ねぃっ!」


 ドラメレクが彼女の剥き出しの脇腹目掛けて蛮刀を振るう。直撃すれば即死だ。だが……


「はぁっ!」


 その瞬間、ジュナイナが敢えてソニアを庇わずに自身も攻撃を繰り出す。


「ぬ……!」


 攻撃の瞬間を突かれたドラメレクは、ジュナイナの槍を受ける事には成功したが流石に体勢を崩す。危険な賭けだった。もしジュナイナの攻撃が僅かでも遅れていたら、ソニアの胴体は両断されていただろう。


「しゅっ!」


 そこにリュドミラの放った瞬速の矢が迫る。体勢を崩していたドラメレクは受けきれずに、肩口に矢が突き刺さった。


「ぬぐ!」

 ドラメレクが呻く。初めてこちらの攻撃が通った瞬間であった。勿論この機会を逃す訳にはいかない。


「ぬおおぉっ!!」


 ソニアの刀が一閃。振り下ろされた刀はそのままドラメレクの胴体を袈裟斬りにした!



「かっ……!」


 だが胴体から血を噴き出しながらもドラメレクは死んでいなかった。咄嗟に後方に飛び退る事で致命傷を防いだのだ。驚嘆すべき反射神経と反応速度であった。


「くそ、浅かったか……!」


 ソニアは歯軋りする。だがドラメレクの方もそれなりに深い傷を負った事で動揺したのか、じりじりと後退し始める。



「……こんな襲撃任務で傷を負うのは割に合わんな。小娘共……この借りは戦で返すぞ!」



 憎悪に濁った目でソニア達を睨み付けたドラメレクは踵を返し、部下の山賊達に撤退を合図する。それに合わせてまるで引き潮のように退却していく山賊達。ソニア達にそれを追撃する余裕はなかったが、とりあえずこの撤退は演技ではなさそうだった。


 予想外の辛勝となってしまったが、何とか賊を撃退する事に成功した討伐軍から勝鬨が上がる。ソニア達は【賊王】ドラメレクの軍に勝利したのであった。







「はぁ……はぁ……ふぅ……。か、勝った、のか……?」


 山賊達の退却を確認したソニアが肩で息をしながら呆然と呟いた。自分達がドラメレクを撃退した事が信じられなかった。


「ええ、ソニア! そうよ! 私達は勝ったのよ!」


 ジュナイナが喜色に溢れた様子で肯定する。それでソニアにもようやく実感が伴ってきた。同時に確かな手応えも。今、彼女は自分の目指すべき道が見えた気がした。


「しかしまさかこの3人掛かりでも劣勢になるなんて、とんでもない奴だったわね。あなた達、あんな奴等と戦ってるの!? 命がいくつあっても足りないわよ!」


 リュドミラが半ば呆れたように呟く。自らの弓術に絶対の自信があり部族でも並ぶ者の居なかった彼女にとって、自慢の弓が通じなかったのはそれなりに衝撃だったようだ。しかも軍団同士の戦いでもこちらを翻弄する用兵を見せつけられた。


 するとジュナイナが挑発するように口の端を吊り上げた。


「あら、怖気づいたの? それは残念ね。あなた北の遊牧民にしては根性があると思ってた所なのに」


「はあ!? 誰が怖気づいたって!? 勇敢なる騎馬民族はどんな敵にだって怖れを為したりしないわ!」


 反射的に反論してから、急にそっぽを向いて頬を掻くリュドミラ。


「……ま、まあ、あなたも南の蛮族にしては冷静だし、部隊の指揮も中々だったと思うわよ?」 


 ボソッとした小声での呟きは、しかしジュナイナの耳にはしっかり届いていた。笑みを深くしたジュナイナはリュドミラと正面から向き合う。


「ねえ、リュドミラ? 私から提案があるんだけど聞いてもらえるかしら?」


「提案、ねぇ。まあこの流れだと予想は付くけど……」



「お察しの通りよ。あなたにも是非マリウス軍に加わってもらえないかしら? 私と一緒にソニアの力になって欲しいのよ」



「お、おい、ジュナイナ……!?」


 横で聞いていたソニアが慌てる。だがジュナイナは涼しい顔だ。


「あなただって彼女に仲間になって欲しいでしょ、ソニア?」

「……! そ、そりゃ勿論だよ! でも……」


 即座に肯定する。今の戦いでの連携は彼女の中で非常な手応えを感じるものだった。可能であればリュドミラに仲間になって欲しいと思うのは当然だ。


 だが彼女には彼女の都合があり、しかも自分達はあの恐ろしいガレス軍との戦を控えている身だ。親友であるリュドミラをその戦いに巻き込んでしまう訳には行かなかった。


「別に強制する訳じゃないわ。決めるのはあくまで彼女よ」


「……!」

 ソニアの目もリュドミラに向く。リュドミラは首を傾げた。


「……どういう風の吹き回しかしら? 私とあなた……決して相容れない部分・・・・・・・があるのをあなたも理解してると思ってたけど?」


 問われたジュナイナは肩をすくめた。


「確かに理解してるわ。でもそれとこれとは話が別よ。今の私達には1人でも多くの仲間が必要なの。そしてあなたなら条件的に申し分ない。私の個人的感情・・・・・よりも、戦力強化の方が遥かに大事だわ」


 それはマリウス軍が抱える切実な問題であった。女性が要職に就くマリウス軍に仕官してくれるような男性の将は基本的にまずいない。それはつまり女性の下に付くという事であり、茱教の教えが浸透している帝国内では本来あり得ない事象なのだ。


 それどころか、対等な同僚という立場ですら厭う男性が殆どだろう。しかもより優秀な者ほどその傾向が強くなるのは想像に難くない。


 官吏のような文官ならともかく、軍師や将軍などの武官となると新規の補充は絶望的といって良い状況だ。


 そうなるとマリウス軍が戦力を強化するには、その条件に当てはまらない者……つまり同じ女性の将を起用するしかない。だがこの時代、そんな都合よく男性の武将に引けを取らないような優秀な女性などそうそう見つかるはずもない。


 マリウス軍がそんな状況下にある事はジュナイナも良く承知していた。だからこそこの絶好の機会を……この優良物件・・・・を逃す手はない。自分の感情など後回しだ。



「なるほどねぇ……確かに考えて見れば、この帝国じゃそういう状況になるのも頷けるわね」


 納得したリュドミラは若干面白そうに目を細めた。



「私の方は、そうね……部族の方は別にこのまま帰らなくたっていいし、他に当てがある訳でもなし。それでソニアの力になれるなら、私で良ければ喜んで参加させてもらうわ。勿論ソニアが良ければ、だけど」



「……! ありがとう、リュドミラ。恩に着るわ。ソニアもそれでいいわね?」


 ジュナイナが確認すると、ソニアはまだ信じられないような顔でリュドミラを見上げていたが、次第に実感が湧いてきたのかその顔に抑えきれない喜びが浮かぶ。


「ほ、ホントにいいのかい、リュドミラ……? も、勿論アタシは大歓迎だ! は、はははは! これから宜しく頼むよ、リュドミラ!」


 ジュナイナだけでなく、もう1人の親友であるリュドミラまで仲間に加わってくれるというのだ。ソニアにしてみればこんなに嬉しい事はない。



 彼女は勇んで立ち上がった。


「2人共聞いてくれ。……アタシは弱い。でも『弱い』って事を自覚して、何でも1人で背負い込まないようにする。アンタ達の助けが必要だ。こんな馬鹿で弱いアタシだけど……これからもアタシを支えてくれるかい……?」


 若干自信なさげに上目遣いになって懇願するソニア。勿論彼女にそんな意図はなく無意識の挙動であったが、ソニアにぞっこん・・・・の2人にとってそれは破壊力抜群の仕草であった。


「ソニア……! ええ、勿論よ! 私達『無二の友』なんだから!」


「……っ! ソニア、勿論私は全力であなたを支えてみせるわ。だって私達『莫逆の友』ですもんねぇ?」


 感極まったジュナイナが用いた因縁の単語に、リュドミラも対抗して強調する。ギョッとするソニアを余所に睨み合う2人。


「……リュドミラ? マリウス軍では私が先輩になるんですからね? 分は弁えてもらうわよ?」


「あらぁ? でもソニアとの出会いは私の方が早いんですけど、後輩さん?」


「……ッ!」

 ジュナイナの柳眉が逆立つ。


「お、おい、お前ら! やめろって! こんな時に……」


 思わぬ成り行きに慌てて制止しようとするソニアだが、何故か2人の視線が示し合わせたように彼女の方を向いた。若干気圧されるソニア。


「……ソニア? そもそもあなたがはっきりしないのがいけないのよ? あなたの一番の親友は私よね?」


 ジュナイナがにっこりと微笑んで詰め寄ってくる。その妙な威圧感にソニアは無意識に後ずさった。


「ソニア! この女に言ってやって! 私達の絆にあんたが入り込む余地なんか無いってね!」


「へぇ? そうなの、ソニア?」


 リュドミラの言葉に増々笑みを深くするジュナイナ。ソニアの頬を冷や汗が伝う。


 何とかこの場を切り抜ける方法はないかと頭をフル回転させたソニアは、まるで天啓のように思い出した。そもそも自分達が山賊討伐に乗り出した理由が何であったかを。


「さ、さあ、皆! この先に山賊の根城があるよ! 早く奪われた物を取り返して、あの村を復興させてやらないとね! ああ、忙しい忙しい!」


 ソニアは3人のやり取りをニヤニヤしながら眺めていた周りの兵士達に発破を掛けると、自ら率先してその場から逃げるように賊の根城跡に向かって走り出した。ようにというか明らかに逃げた。


「あ、待ちなさい! まだ話は終わってないわよ!」

「こら! 逃げるな、ソニア!」


 しかし勿論その後を、南北2人の女傑が鬼の形相で追いかけていったのは言うまでもない…… 

 






 こうしてソニアのもう1人の親友リュドミラが仲間に加わった。彼女とジュナイナは互いに反目しながらも訓練では抜群の連携を見せ、ソニアの力になる事を誓い合った。


 約束通り山賊を討伐し奪われた物資を取り戻して村を復興させたソニアに、村人達は大いに感じ入り、特に若く体力のある者達は志願して兵士として軍に参加してくれた。


 ガレス軍との戦に向けてソニアは訓練を強化していくが、領内の治安も決して疎かにする事はなかったという……

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