第三十一幕 凶星(Ⅳ) ~永遠の喪失


「ふっ!」


 先に動いたのはマリウスだった。呼気と共にまるで消えたかと錯覚する程の踏み込みで、一瞬にしてガレスとの距離を詰める。そのまま流れるように剣を薙ぎ払うが、何とガレスはあの巨大な剣でマリウスの斬撃を受ける事に成功していた。恐るべき膂力と技術、そして反射神経だ。


「ぬぇいっ!」


 ガレスの反撃。まるで空間ごと両断するような斬撃が唸りを上げて振るわれる。当然まともに受ければ剣や鎧ごと斬断されるだろう。マリウスは巧みな体捌きでガルスの攻撃を躱す。


 マリウスが裂帛の気合で剣を突き出す。ガレスは大きく飛び退ってそれを躱して距離を取る。そじて自分の身体ごと回転させるような動きで大剣を薙ぎ払う。


 マリウスは驚異的な反応でそれを掻い潜ると、ガレスの懐に潜り込んで高速で斬撃を繰り出す。そうはさせじとガレスは距離を取りつつ、優位な間合いから大剣を振るう。


 互いに一進一退の攻防が繰り返される。超一流の剣士同士の戦いだ。一撃でもまともに当たればその時点で勝敗が決する。互いが相手の致命傷を狙っての斬撃の応酬は、俯瞰した位置で見守っているはずのソニアとアーデルハイドの目にも殆ど捉えきれない程の速さとなっていた。


「あ……こ、こんな……嘘だろ……。アタシらとは、次元が……」


「マ、マリウス殿は勿論だが、あの男も……。最初から私達など相手にならぬ訳だ……」


 2人は超常の戦いをただ呆然と見つめる事しか出来ない。



 その時一際大きな金属音が鳴り響いた。両者の剣が接触し、弾かれたように距離をとって仕切り直しの状態となった。一時的なインターバルだ。


「く、ふふ……なるほど。良い腕だ。だが、まだだ! 貴様はまだ全てを出し切ってはおるまい!」


「そういうあなたもね……」


 熱を帯びたガレスの視線と言葉に、マリウスは苦虫を噛み潰すような表情となる。あの大剣をまるで棒きれのように軽々と振り回す馬鹿げた膂力。しかしただ力任せに振るうのではない。その動きは確かな技術に裏打ちされたものだった。


 間違いなく正規の剣術も収めている。それも恐らく……


(……カラドボルグ流剛剣術かな)


 主に両手持ちの大剣を扱う流派で、相応の身体能力が要求されるので使い手はかなり限定されるマイナーな流派の1つだ。しかしそれだけにその膂力に恵まれた者が一度習得すれば、戦場では向かう所に敵なしの恐ろしい無双の戦士が出来上がる。


 このガレスはそんなカラドボルグ流の免許皆伝は勿論、流派全体を通しても並ぶもののない天才と言えるだろう。


「ぬぅんっ!」


 今度はガレスから斬りかかってきた。一撃で相手を両断する確殺の刃が、死の暴風となって荒れ狂う。ほんの僅かな判断や体捌きのミスが即死に繋がるその連撃を躱しつつ、マリウスは的確に自身も反撃の刃を振るう。


 だがガレスもさる物。急所を狙うマリウスの致命の一撃を凄まじいまでの身のこなしで回避する。正規の剣術による技術は勿論、戦いに関する天性の勘のような物があるらしく、通常なら明らかに回避不能な状況でも、まるで攻撃を先読みするかの如く強引に隙を殺して飛び退る。


「かあぁぁぁっ!!」


 ガレスの連撃が増々その速度を上げる。これだけの重量の大剣をこの勢いで振り続けていればもうそれだけで疲労困憊になっていてもおかしくないが、ガレスは一体どのような馬鹿げた体力なのか戦闘開始直後からその剣勢は全く衰えていない。


 冗談抜きに、このまま日が暮れるまで大剣を振り回し続けられそうな様子だ。


(筋力だけじゃなく持久力も化け物級のようだね……! 信じがたいけど長期戦になるとこっちが不利になるかな!?)


 ガレスは武器からして長期戦には向いていないので、受けに回って相手のスタミナ切れを待つ作戦も同時に進行させていたが、この分だとマリウスの方が早くスタミナが無くなる可能性が高い。


 双方の使用武器と運動量の差を考えると、本来あり得ない現象である。そして長期戦が不利ならば短期決戦を挑む他ない。だが死の暴風とも言えるガレス相手にそれは極めて大きなリスクを伴う。


(覚悟を決めるしかないか……)


 マリウスが決意した時、ガレスが一旦距離をとって再び仕切り直しとなった。が……



「くふふ、いいぞ! それでこそだ! お前は俺が戦ってきた中で最も強き者かも知れん!」



 その表情にも声にも喜色が溢れる。ヴィオレッタによると今まで碌に相手になる者もおらずに孤独を感じ、『敵』を求めていたというガレス。彼にとっては今このマリウスとの極限のせめぎ合いは、この上ない喜びと充実感をもたらしている事だろう。


(付き合わされるこっちは堪った物じゃないけどね……!)

「……満足してくれたならこの辺で手打ちにして、彼女達を解放――」


「――だが最後に勝つのは俺だっ!!」


 双眸を狂的に光らせたガレスが地面が抉れる程の強烈な踏み込みと共に、恐ろしい速さで突進してきた。


「――ちぃっ!!」


 機先を制された形になったマリウスは舌打ちしながらも、自身も剣を一閃させる。ほぼ同時にガレスが大剣を薙ぎ払う。そして……



 ――ザシュッ!!



 ……剣が肉に食い込む音。そして何か・・が宙を舞った。 

 


 くるくると縦に回転しながら血しぶき・・・・・を撒き散らして地面に落ちたそれは……


「あ、あぁ……ああぁぁぁっ!?」

「マ、マリウス殿……そ、そんな……嘘だっ!!」


 ソニアの絶叫。アーデルハイドが現実を受け入れられずに顔を青ざめさせる。


「うぐぅぅぅぅぁぁぁぁ……!」


 彼女らの視線の先には、苦悶に表情を歪めてうずくまるマリウスの姿。その口からも抑えきれない苦鳴が漏れ出る。彼は左手で右腕を押さえるような姿勢でうずくまっていた。押さえている左手の部分より下……本来あるべき物が無かった。



 ――右腕の上腕より下が、消失・・、していた。



 マリウスの右腕は……剣を握ったまま、本体・・から切り離されて、地面に転がっていた。右腕を、切り落とされたのだ。


「あああぁぁぁっ!! マリウス! マリウスゥゥゥゥッ!!!」

「く……なんと……なんという、ことだ」


 ソニアが磔のまま半狂乱になって暴れる。だが無常にもその拘束が緩む事はない。同じく磔のアーデルハイドは痛ましげに目を逸らす。


 腕を切り落とされた激痛とショック、そして出血により、さしものマリウスも青白い顔のまま立ち上がる事ができない。



 そしてその右腕を切り落とした張本人、ガレスの方は……


「お……おぉ……貴様」


 何故か顔の左半分を押さえていた。だがその押さえている手の隙間から血がボタボタと零れ落ちる。ガレスがその手を外すと、下には左目ごと頬をざっくりと斬られた顔があった。顔の左半分は流れ出る血で真っ赤に染まっている。


 かなり深い傷のようで、出血の他にも左目は完全に断ち割られ喪失していた。マリウスの乾坤一擲の一撃の結果であった。



「ぐ……貴様は右腕を、俺は左目を失ったか……。ふ、ふふ……肉を斬らせて骨を断つ、か。ギュスタヴより聞いていた貴様の戦法……まさか俺が使う羽目になるとはな」



「……!」


「見事だ……。俺をここまで追い込んだ貴様の奮闘に敬意を表し、この場は退いてやろう。貴様とこんな所で決着を着けるには余りにも惜しい。貴様とはより大きな舞台・・・・・・・で再び雌雄を決する事になるだろう」


「何……」

 マリウスは思わず、その血の気の失せた顔を上げた。ガレスは左目のない血まみれの顔で不敵に笑った。


「ふふ……ミハエルの奴が面白い事を企んでいてな。すぐに貴様にも解る事だ。……それまで俺以外のつまらん奴等にやられたりするなよ?」


「…………」

 ガレスの言っている事は気になるが、正直ここで問答続ける気力は既になかった。色々な意味で限界が近い。向こうが退いてくれるというなら引き留める理由は一切ない。


 どの道ガレスもそれ以上の詳細を話す気はないらしく、私兵達に合図を出すと、顔の負傷や出血など全く感じさせないような力強さを保ったまま、整然と何処かへ撤収していった。



 後には右腕を失って片膝を着くマリウスと、磔台に拘束されたままのソニアとアーデルハイドの3人のみが残されていた。

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