第二十六幕 ギエル侵攻戦(Ⅱ) ~確かな一歩


「ええい! どけ、馬鹿どもが!」


 不甲斐ない部下達の様子に痺れを切らしたペータルが直接進み出てきた。手にはその巨体に見合った長槍が握られていた。


「マリウス伯! その御首、頂戴する!」


 槍を構えて突撃してくるその様相に、マリウスも相手が敵軍の将である事を確信。同じく槍を構えて迎撃に移行する。


 ペータルが馬上から突進の勢いも加味した一閃突きを放つ。マリウスが槍の柄でそれを受けると、そのまま連続突きが襲ってくる。どれも最初の一撃と遜色ない剛撃で、受ける度に物凄い衝撃が槍を伝う。


(なるほど、大したパワーだね! でもスピードは……)


 兵士相手なら充分すぎる攻撃速度だが、マリウスなら十分対応可能な速さであった。まともに受けると腕が痺れる威力なので、槍の柄を上手く使って受け流すような形でその剛撃をいなす。


「ぬ……!」


 ペータルの体勢が崩れる。その隙を逃さず喉元の急所を狙って槍を突き出す。


「ちっ!!」


 ペータルは舌打ちして身体を逸らせる。槍の穂先は急所を逸れて、ペータルの肩口を抉った。中々の反応速度だ。だがそれは寿命が僅かに伸びたに過ぎない。


「貴様ぁっ!!」


 怒り狂ったペータルが槍を薙ぎ払ってくる。しかしマリウスは馬上で器用に身を屈めてそれを躱すと、身体ごと飛び出すような勢いで再度の一閃突き。薙ぎ払いを躱された直後であったペータルは受けが間に合わずに、今度こそマリウスの槍がその喉元を貫いた!


 

「敵将、討ち取ったぁっ!!」



 マリウスが血にまみれた槍を掲げると、味方からは歓声が上がり、敵からは悲鳴が上がった。


「ひぃ!? た、隊長が討たれた!?」

「ほ、本物の化け物だ! 逃げろぉ!」


 これによって残っていた騎兵部隊は完全に瓦解した。手綱を翻し我先にと駆け逃げていく。その頃にはディムロス軍は態勢を整えており、しかも自軍の総大将が敵将を討ち取った事で士気も高揚していた。



 一方ギエル軍の本隊はようやく丘を駆け下り、敵陣に突入しようかという所だったが、先鋒部隊である騎兵が算を乱して逃走しているのを見て、奇襲の失敗を悟り動揺。加えて随一の猛将であったペータルが討ち死にしたという報告がそれに拍車をかける。


 そこに態勢を整えたディムロス軍の弓兵が隊列を組んで弓を構えた。


「撃てぇっ!!」


 マリウスの号令の元、斉射を開始する。降り注ぐ矢の雨。湧き上がる悲鳴。


「おのれぇぇ……! あの小僧めぇ! 狼狽えるな、馬鹿者ども! 数ではまだこちらの方が上だ! 歩兵部隊はそのまま前進! 弓兵部隊は、こちらも斉射を開始しろ!」


 ここで下手に退いたりすれば被害が大きくなるだけだ。それよりはこのまま強引に押し切ってしまった方が良い。マクシムが声を枯らさんばかりに絶叫して、軍を統制。その甲斐あってか辛うじて瓦解する事なく、その指示に従って反撃を開始した


 ギエル軍の本隊は歩兵が約1000、弓兵が約800という所だ。800もの弓兵から放たれる斉射は弾幕といってもいいレベルで、マリウスは斬り払う事が出来たが兵士達はそうも行かない。あちこちで悲鳴が上がる。こちらも負けじと斉射を繰り返すが、相手側のほうが数が多い。そこにギエル軍の歩兵部隊1000が押し寄せる。


 マリウスは最前線で獅子奮迅の活躍で敵を斬り倒し味方を鼓舞するが、如何せん数の差が著しい。それに加えて後方から800の弓兵による援護射撃が降り注ぐのだ。さしものマリウスも危機的状況に唸る。


「く……流石にキツいね、これは! そろそろ・・・・のはずなんだけど……!」 


 と、丁度その時……敵の援護射撃が止んだ・・・。同時に敵軍の後方から悲鳴や怒号、剣戟の音が轟く。マリウスにはすぐにその原因・・が解った。


「はは! 流石はソニア達だ! いいタイミングだよ!」



****



「ふははは! 終わりだ、小僧! 一気に押しつぶせ!」


 数の差で押し切れそうな戦局にマクシムが嗤う。そして一息に止めを刺そうと号令しようとした瞬間――


 後方、つまり弓兵部隊に悲鳴が轟いた。同時に斉射が止まってしまう。混乱はすぐに中央のマクシムの元まで波及する。


「一体何事だ!?」


「も、申し上げます! 我が軍の後方から敵の別働隊・・・が出現! 右後方、左後方よりの挟撃です! 弓兵は大混乱ですっ!」


「な、何だとぉぉっ!?」


 息せき切った伝令の報告に、マクシムは目の玉が飛び出んばかりに驚愕した。  



****



「やっと出番だ! お前達! 存分に暴れてやりなぁ!」


 陣地にいるマリウスの本隊に掛かり切りになって、無防備にその背中を晒すギエル軍の弓兵部隊の右後方よりソニア率いる別働隊が襲いかかる! その数は約250。


「突撃! ソニアの部隊とタイミングを合わせるのよ!」


 反対側の左後方からも別働隊が襲いかかっているのが見えた。あちらはジュナイナが率いているもう一つの別働隊で、数は同じく250。つまり合計で500の歩兵部隊に挟撃された形になった敵の弓兵は、斉射どころではなく大混乱に陥る。


 ヴィオレッタの指示で、彼女らが極力詳細に調べた地形から、兵を伏せて敵軍の後方に回り込めそうな迂回路を通って、敵の弓兵が完全に行軍を止めて斉射を始めるまで待機。敵が斉射に入り、周囲への警戒が極端に疎かになったのを見計らって、ジュナイナとほぼ同じタイミングで突入を開始したのであった。


 ソニアとジュナイナはそれぞれ最前線で武器を振るって、敵軍を縦横無尽に引っ掻き回す。双剣鬼ギュスタヴには遅れを取った2人だが、雑兵相手であれば充分すぎる程の武力の持ち主だ。


 ましてや奇襲されて混乱状態の相手である。まるで雑草を刈り取るが如きの勢いで、当たるを幸い敵を斬り伏せていく。


 援護射撃が途絶えた上に、後ろから敵に攻撃されている状態のギエル軍の歩兵部隊にも徐々に動揺が広まる。



「よし! 敵からの圧力が減じた! 僕達も押し返すんだ!」


 数の差で押されていたマリウスの本隊も敵の動揺を感じ取って攻撃に転じる。マリウスの本隊は約800・・・。それを更に歩兵500と弓兵300に分けていたのである。この寡兵で騎馬部隊の奇襲、そして倍以上もの敵軍の猛攻を耐えきったのだ。それはひとえにマリウスの卓越した武勇と統率能力の賜物であった。


 彼等は大量の旗や天幕を立てたり、竈の数を増やしたりする事で、別働隊が抜けて数が減っている事を悟られないようにしていた。その甲斐あって、敵は見事に全軍で突撃してきてくれた。これを総大将のマリウスが自ら囮となって引き付け、迂回した別働隊が後方より挟撃を仕掛け、弓兵部隊を殲滅。後は混乱した敵を各個撃破していく。これがヴィオレッタの立てた作戦の大まかな流れであった。


 流石に敵の攻撃を一手に引き受けていただけあって、マリウスの本隊も損耗が激しく、死傷兵を除いた実質戦力は半分程度にまで減っていたが、見事に計略が嵌り逆転の予兆に一種の興奮状態になっており、士気は非常に高かった。


 また少数とは言え弓兵の援護があるのとないのとでは、戦いやすさに雲泥の差がある。それに士気の差も加わって、マリウスの本隊は怒涛の勢いで敵の歩兵部隊を押し始めた。勿論その間にもソニアとジュナイナの別働隊がどんどん後方から食い込んでくる。


 三方からの圧力に耐えきれなくなったギエル軍の歩兵部隊が遂に瓦解を始めた。包囲の穴から散り散りに逃げ始める敵兵。一旦戦線が崩壊すると、もう歯止めが効かなくなる。いくらマクシムが統制を取り戻そうとしても無駄であった。戦線の維持を諦めたマクシム自身も逃走に移る。


「散って逃げた兵は追わなくても良い! マクシムを逃がすな!」


 マリウスの号令にディムロス軍は即座に追撃に移るのだった。



****



「あり得ん! あり得ん! これは何かの間違いだ! こんな事がぁっ!」


 ディムロス軍の追撃から逃れて必死で走るマクシムが現実を認められずに怒鳴り散らす。散り散りになった兵は殆ど回収不可能で、マクシムは100程度の僅かな兵と共に、必死でギエルの街まで遁走していた。


 とりあえず街まで逃げ込んで籠城し、徹底抗戦の構えを取るのだ。街に残してきた守備兵と合わせても300程度だが、ギリギリ籠城戦の維持は可能だ。戦が長引けばハルファルの動向もある為、いつまでもギエルを攻撃し続けている訳にも行かないだろう。それまで耐え抜くのだ。


「小僧め、覚えておれよ!? 儂はこんな所では終わらんぞ! しばらくはギエルから出られんが、必ずや兵力を回復させて復讐してやる!」


 ディムロス軍も追走してきているが敵には騎馬隊がいないようなので、このままひたすら逃げ続ければ追いつかれる事なくギエルに駆け込めるはずだ。


 それを確信してようやく人心地付いたマクシムは復讐の炎を燃やす。絶対にこのままでは終わらない。そう決意してひたすらに駆けていたが……


「……っ!!」


 その足が止まった。周りの兵士達も同様だ。彼等の前、街道の先に立ち塞がる騎馬隊・・・の一団があったのだ。先に遁走したギエル軍の騎馬隊ではない。何故なら……


「な……ば、馬鹿な……何故……」



 マクシムが呻いた。その騎馬隊は……ディムロス軍の旗を立てていたのだ。そしてその先頭には馬に跨った妖艶なる女軍師・・・・・・・の姿が。



「野戦で討ち取れれば良し。逃した場合は必ず最短ルートでギエルに逃げ帰ると思っていたわ。というより後ろから追手が迫っている以上、先にギエルに入られない為にはそうするしか無いのだけど」


「……!」


 ヴィオレッタであった。当然いつもの扇情的な服装ではなく、軽装だが鎧姿となっている。彼女の後ろに控えるのは無傷の騎馬隊200。今回の敵を引き込む作戦では騎馬隊は運用できないので、こうしてその機動力を活かしてマクシムの逃走ルートを封じる役割を担ったのだ。指揮はヴィオレッタ自身が取った。


「マクシム・ブラン・ジュドー。最後通告よ。今すぐ武器を捨てて投降しなさい。この戦、あなたの負けよ」


「……っ! お、お、お……おのれ、小娘ぇ……! これは全て貴様の仕業であったかぁ! 許さん! 許さぁぁん!! 儂をコケにしおってぇぇ!!」


 怒りの余り冷静な判断ができなくなったマクシムは、剣を抜いてヴィオレッタに突撃する。周囲の兵士達もそれに続く。ここまでマクシムの側を離れなかった者達だ。恐らくこの連中も降伏する事はないだろう。


 ヴィオレッタは溜息を吐いた。


「それが返事なら仕方ないわね。……一人残らず殲滅しなさい」


 ヴィオレッタの指示を受けた騎馬隊が突撃を開始した。ボロボロになって敗残していた歩兵100と、無傷の騎馬隊200では最初からまともな戦いにすらならなかった。


 ソニア達が追いついてきた時には、マクシムを含めて敗残兵全員が血溜まりの中に沈んでいた。



 ここに勝敗は決した。太守のマクシムが討ち取られた事で、ギエルに残っていた守備隊も戦わずして降伏した。マリウス軍がディムロスに続いて第二の都市ギエルを手に入れた瞬間であった……

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