第二十九幕 大願成就


「おのれ! おのれぇ! 何故……たかが放浪軍ごときにこの儂がぁぁっ!?」


 潰走と混乱の只中にある軍の中で、ディムロス太守べセリンは未だに目の前の現実が受け入れられずに叫び散らしていた。


 その姿は周囲に自分はここにいると喧伝しているような物であった。事実……



「……むしろ『あなただからこそ』たかが放浪軍に負けたんですよ、べセリン殿」

「っ!?」


 近付いてきたのは立派な青鹿毛に跨った見目麗しい若武者であった。その佇まい、そして街で噂されていたのと一致する容姿……


 べセリンの目が吊り上がる。


「き、貴様……貴様がぁぁぁ……!?」


「ええ、私がマリウスです。ディムロスは私が貰い受けます。あなたの悪政のお陰で僕達に対する市民感情は上々。今後の政治もやりやすい。感謝しますよ、べセリン殿」


「……ッ!」

 べセリンがワナワナと肩を震わせる。マリウスは馬上で剣を構えてべセリンを挑発する。


「さあ、あなたも太守なら最後くらい潔く行きませんか? 因みにもしここで僕を討てればあなたの逆転勝ちですよ?」


「……ぬかすなぁぁっ! 小僧がぁぁぁぁっ!!」


 挑発に乗ったべセリンが馬を駆って、一気にマリウスに突進してくる。マリウスもそれを受けてブラムドを発進させる。


 2人は馬上ですれ違いざまにそれぞれ剣を一閃させる。互いの馬が行き過ぎる。


「…………」


 そしてマリウスの背後でドサッと音を立ててべセリンの身体が馬上より落ちる。その身体には首から上が無くなっていた……




 この日、ディムロスの街で太守が交代した。


 戦で逃亡した兵達も元々仲間だった離反兵達に説得され、ヴィオレッタの思惑通り大半が街の兵士として接収できた。


 街の人々はまだ不安半分ながら、山賊や悪政太守を撃滅し街を守ってくれたマリウスやヴィオレッタ達の手腕に期待半分という所で、何であっても前よりは確実にマシ・・だろうという事で、とりあえず新しい太守の就任を認め祝ってくれた。



****



「遂に……遂に手に入れたんだね……。ここが僕の、僕達の国……」



 ディムロスの宮城に足を踏み入れたマリウスは感慨深げに辺りを見渡した。その後ろにはソニアら4人の同志達も付き従っている。


 遂に念願叶って、旗揚げに成功したのである。人の入れ替わりや、城や街の備品、設備のチェックを始め、街への布告や統治体制の整備など、やる事は山のようにあるが、何にせよこれでようやく第一歩を踏み出したのである。感慨は一入であった。


 今は太守交代と入城の直後という事もあり、城はがらんどうとしてマリウス達以外には誰もいなかった。明日にでもすぐ慌ただしくなるだろうが、少なくとも今日だけは静かに感慨に浸りたいマリウスにとっては好都合だった。



「全く……何だかんだ言ってホントに旗揚げしちまうなんてね。大したモンだよ、アンタは!」


 感慨深いのはマリウスだけでなく、同じ志を持って共に戦ってきた仲間達も同様であった。


 ソニアの言葉にアーデルハイドも頷く。


「うむ、まさしく。だが、マリウス殿のお人柄と実力を持ってすれば当然の結果と言えるな」


「2人共、ありがとう。でも僕だけじゃ到底成し得なかった。皆の力があったればこそさ」


 それは偽らざる本心だった。自分一人では、例えどれだけ剣の腕が立とうが絶対に不可能な難事であった。


「うふふ、ありがとうございます、マリウス様。しかしそんな私達を集め纏めてきたのはマリウス様なのですから、やはりこれはマリウス様の実績ですわ」


 エロイーズが柔和に顔を綻ばせながら立礼する。


「有言実行、お見事でございました」


「エロイーズ……」

 混じり気の無い賛辞にマリウスは不覚にも感動する。



「でも、マリウス。水を差す訳じゃないけど、本当に大変なのはこれからよ? 旗揚げはあくまでその通過点、いえ、出発点に過ぎないんだから」


 ヴィオレッタだ。旗揚げに当たってその軍略、計略で多大な貢献を為した彼女だからこそ、その言葉には重みと真実味がある。これから自分達はより強大な敵、即ち天下に向かって撃って出るのだ。


 それを受けてマリウスは神妙に頷いた。


「ああ、解ってるよ、ヴィオレッタ。勿論気を抜くつもりは無いさ。でも今日だけ……今日だけは、その出発地点にようやく立てた事を皆と一緒に祝いたいんだ」


 そう言うと、ヴィオレッタも苦笑しながら肩を竦めた。


「ふぅ……まあ勿論私だって嬉しいわよ? 何と言ってもようやく自分達の国……つまり地盤を固める事が出来たんだから。それは即ち本格的な『国作り』に着手できるという事。今までは温めるだけだったけど、実はやってみたい政策が色々あるのよ」


「うふふ、それは確かにそうですわね。これまでは戦の心得の無い私は余りお役に立てず忸怩たるものがありましたが、これからは違います。この街を州都モルドバにも負けない大都市へと発展させてみせますわ」


 エロイーズも嬉しそうな様子になる。水を得た魚の如きそれらの様子を見て、武人の2人は表情を厳しくする。



「むむっ! ソニア殿、これは我等もうかうかしてはいられんぞ!?」


「はっ! これから天下に喧嘩売ろうってんだ。そうなりゃ一番マリウスの役に立つのはアタシだってすぐに解るさ!」


「あら……」


 自信満々に胸を張るソニアに、エロイーズがニッコリ笑うが、マリウスには心なしか目だけ笑っていないように見えた。


「うふふ……これは仕事のし甲斐がありそうですわね、ヴィオレッタ様?」


「全くねぇ。脳筋さんに内政や外交の重要性を教えてあげられそうだわぁ」


 武官の2人と文官の2人が火花を散らす構図にマリウスは慌てた。何故いきなりこんな展開になっているのか、彼にはさっぱり解らなかった。


「み、皆、頼もしいね……。これならこの国も安泰という物だね、ははは……」


 引き攣ったような笑顔で冗談めかして場を和ませようとするのが、今のマリウスに出来る精一杯であった。





 しばらくの後、帝都より朝廷からの使者が訪れ、マリウス・シン・ノールズを正式にディムロス県の【県令】として認める旨の辞令を受けた。同時に爵位が与えられ、マリウスはベセリンに替わってディムロス伯の称号を受けた。


 紆余曲折を経て遂に旗揚げを成功させ、自らの国を得たマリウス達。彼等の天下取りへの本当の戦いは今、この時より始まる…………

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