第二十八幕 ヴィオレッタの計略
それからという物、ディムロスの街では謎の義賊集団の噂が市井の間で立ち昇り始めた。
彼等は太守や街の兵士達が解決できない、もしくはしない民の様々な依頼や案件を太守に変わって解決していった。
小さないざこざの解決から、農業や工業などの仕事の手伝い、失せ物探し、依頼の品調達など、どんな仕事も進んで引き受け、ことごとく達成してしまうのだ。
侠客達の情報網を通じて、この街を苦しめていた山賊団を殲滅したのも太守ではなく、この義賊集団であるという話が街中に広まった。
また義賊集団の長は見目麗しい青年で、非常に剣の腕が立つという評判も広まった。同時に彼の元には4人のいずれ劣らぬ美女達が侍り、彼を支えているのだという噂も面白おかしく喧伝された。
街の民が太守の悪政に苦しんでいた事、義賊――勿論マリウス達の事だ――が実際に民の為に様々な依頼を達成してくれた事、そしてマリウス達が見目麗しい美男美女である話題性など、そしてそれらをドニゴール始め侠客達が巧みに広めた事によって、またたく間に街はマリウス達の話題が席巻するようになった。
当然それを快く思わないのは太守のべセリンだ。隣国との戦闘でしばらく街を空けていた間に、どこの馬の骨とも知れない輩が義賊を名乗って、民の名声を勝ち得ていたのである。
べセリンは街を騒がせる賊を探し出して捕らえるよう兵士に命じる。しかし捜索を命じた兵士達は
ヴィオレッタは、こちらの影響力を過小評価したべセリンは絶対に大規模な捜索は行わずに、兵を小出しにしてくるはずだと見越して、マリウスやソニアら腕の立つメンバーが散発的に捜索に来る兵士達を襲って、逆に捕らえてしまっていたのだ。
そして捕らえた兵士達にそれ以上の乱暴はせずに、マリウスやヴィオレッタが個別に面会。自分達がこの街で旗揚げを目指している事、べセリンの悪政による街の現状などを滔々と訴え、自分達に協力して街を暴君から『解放』しようと説得して回った。
要はドニゴールに行った事を兵士達にも行ったのだ。兵士達も殆がこの街の出身であり、内心では街の現状を憂いていたのは、ドニゴール達と同じであった。
勿論中には太守に忠節を尽くす兵士や、よそ者のマリウス達を最後まで信用しない兵士もいた。そういった者達は『事』が済むまでドニゴール達が一箇所に監禁し、自分達に賛同してくれた兵士は全て解放した。
その兵士が本心から賛同しているのか、それとも賛同した振りをして太守に報告しようとしているのかは、主にヴィオレッタとエロイーズがその見極めに活躍してくれた。勿論振りをしていた者達は見破られて、賛同しない組と一緒に監禁された。
しかし結果としては大半の兵士が本心から賛同してくれ、その数は最終的に100人近くに上った。
解放された兵士達は捜索が空振りに終わったと太守に報告するが、怒り狂ったべセリンにより折檻される者もおり、増々太守への不満を募らせる。
その兵士達は予めマリウス達に指示されていた通り、友人や仲間の兵士で同じように太守や街の現状に不満を持っている者達に声を掛け、マリウス達の元まで連れてきた。
そうして連れてこられた兵士達にも同じように『説得』を行っていく。
****
「さて、そろそろ良さそうね。じゃあ準備が出来次第、『起ち』ましょうか」
そんな事をしばらく繰り返した後のある日、ヴィオレッタがそう言って頷いた。その言葉にソニアとアーデルハイドが勇んで立ち上がる。
「ふぅ、ようやくかい! 待ちくたびれたよ! ちまちました作業ばっかで肩が凝って仕方なかったさね!」
「うむ……必要な事だと解ってはいるが、それが性に合うかどうかは別の話だからな。やはり私には戦場で兵を率いて、実際に敵と戦う仕事が合っているようだ」
分かりやすい反応に、残りのマリウス、ヴィオレッタ、エロイーズが揃って苦笑する。
「ふふ、頼もしい事だね。でも分かってると思うけど、余りやりすぎないようにね?」
今後の事も考えて一応釘を差しておく。2人はそれに生返事を返して隠れ家を飛び出していく。マリウスはその姿に再び苦笑してからエロイーズの方を振り返る。
「さて、それじゃ僕達も行ってくるよ。留守番を頼むね?」
「はい、行ってらっしゃいませ。どうかお気を付けて」
エロイーズに見送られて、マリウスとヴィオレッタも私兵達に合流するべく急いだ。
****
それから数日も経たない日、遂にマリウス一党が打倒べセリンに向けて『挙兵』した。兵は山賊討伐時の私兵300人だ。あの時と同じ装備に身を固めた彼等は立派な軍隊の様相であった。
単に民衆を煽動したりして反乱を起こさせるようなやり方だけでは、ただの民衆反乱扱いで周辺諸侯や帝国から正式に街……即ち県を治める【県令】として認められないのだ。
それだと帝国から県令任命の辞令が降りない。爵位も認められない。それではただ天子に弓引く賊軍扱いだ。
各地の群雄達はあくまで『諸侯』であり、帝国の『臣下』なのだ。ほぼ形骸化しているとは言え、帝国の権威は重要だ。
帝国から正式に認められ県令に就任するには、あくまで『軍事力』を以って元の太守を打ち破る必要がある。
また街や民を巻き込む形では、折角これまで築いてきた評判が失墜する恐れもある。それではその後の統治にも差し障りが出てくる。
なので最終的には必ず放浪軍として『挙兵』をした上で、べセリンを打倒する必要があるのだ。だがべセリンは小競り合いの繰り返しで摩耗しているとはいえ、それでも1000以上の兵力を保有しており、単に真っ向からぶつかっただけでは相当に厳しい兵力差だ。
それ故にその戦力差を埋めるべく、今までヴィオレッタが計略を巡らせていたのだ。そしてそれがようやく実を結ぼうとしている。
こちらの戦力はマリウスとアーデルハイド、ソニアがそれぞれ100人ずつの部隊を率いている。
「おのれ……どこの馬の骨とも知れん浪人風情が儂に歯向かう気か。生意気な。完膚なきまでに叩き潰してくれるわ!」
少ないながら陣容の整った放浪軍を見て、無視できなくなったべセリンが一気に殲滅せんと街から出撃してきた。その兵力は約1000。残った兵士は城の守備に当たっている。
「来るぞ! 基本は山賊の時と同じだ! 守勢に徹して奴等の攻撃を耐え凌ぐのだ!」
マリウス軍はアーデルハイドの部隊を先鋒として敵の突撃を受け止める。だが圧倒的な兵力差と正規兵ゆえの練度の前に山賊の時のようにはいかず、流石のアーデルハイドも押され始める。
「く……流石に手強い。この兵力差では如何ともしがたいな……!」
しかしここで下手に退こうとすると、逃げる背中をベセリン軍に襲われ更に被害が拡大してしまう。踏み止まるしか選択肢は無かった。通常ならそのまま兵力差で飲み込まれて敗戦確定だ。
だがここでマリウス軍から
「一体何の騒ぎだ!?」
後方から突然悲鳴や怒号、剣戟の音が聞こえ、まさか背後から奇襲を受けたのかとベセリンが慌てる。だが事態はもっと悪かった。
「た、太守様! 後詰の兵の一部が敵に寝返りました! 我が軍を後ろから攻撃しています!」
「な、何だと!?」
慌てふためいた側近の報告に目を剥くベセリン。
一時的に混乱するべセリン軍だったが、離反した兵は200人に満たない程で、それだけでは大勢を覆せる程ではなかった。
「……よし、頃合いだね。僕達も出るよ! ソニアの部隊に合図を送って! ベセリン軍を挟撃する!」
だがその混乱の隙を突くように、それぞれ側面に回り込んだマリウスの本隊とソニアの部隊がべセリン軍を挟撃。戦場は一転して大混戦となった。
「お前ら、アタシに続きな! 奴等を引っ掻きまわしてやるよ!」
「おぉっ! 姐さんに続けぇぇっ!!」
ソニアは彼女に心酔し始めている一部の荒くれ者の部隊を率いながら、戦場を荒らし回る。敵の圧力が減じた事を悟ったアーデルハイドも、山賊戦の時と同じように攻勢に転じる。
「よし、今だ! 私も前に出るぞ! 突撃開始だっ!」
マリウスは勿論、ソニアもアーデルハイドも戦場を駆け巡りながら当たるを幸い敵を斬り倒したが、敵軍の数は多く中々決定打を与えられなかった。
「おのれ、放浪軍如きがぁっ! 狼狽えるな、馬鹿者ども! 数ではまだ儂らの方が上だ! 分散せずに固まって敵を押し返せ!」
ベセリンの必死の統制によって徐々に混乱から立ち直り始めるベセリン軍。マリウスが舌打ちする。
「ち……流石に山賊ほど甘くはないか……! でも、そろそろのはずだ。頼むよ、ヴィオレッタ!」
このままべセリン軍が数の力で押し切るかと思われた時、城からも火の手が上がった。
「……! おい、見ろ!」
「な、何だ、城が……!?」
「うわぁっ!? な、何でこっちを……」
驚愕するべセリン軍に向けて、味方のはずの城壁から次々と矢が射掛けられる。城壁上に立って弓兵を指揮しているのはベセリンの将ではなく……
「……街の中に『異分子』が潜んでいると知りながら中途半端な取り締まりしかせずに、自身の兵にも民にも背を向けられた時点であなたの敗北は決まっていたのよ、ベセリン太守」
街に残って潜伏していたヴィオレッタが、城に残っていた守備兵の中にも多数紛れ込んでいた離反者に接触。決起した彼等は突然の事態に混乱する残りの守備兵を制圧し、一気に城と城壁を占拠したのであった。
そしてかねてから用意してあったマリウスの性である『ノールズ』の旗を一斉に掲げる。
「し、城の守備兵にも寝返った奴等がいるのか!?」
「ひぃぃ、も、もう終わりだぁ! た、助けてくれ! 俺は降伏する!」
「み、見ろ! あそこが手薄だ! あそこから逃げよう!」
「おい、逃げるな! 待たんか、貴様ら!」
四方からの攻撃に加えて上からも矢を射掛けられ、更に城を占拠されたという動揺やまだ離反者が潜んでいるかも知れないという疑心から、遂にべセリン軍は総崩れとなった。ベセリンがどれだけ声を枯らしても、こうなるともう止めようがない。
「ふぅ……上手く行ったようだね。流石はヴィオレッタだ。さて……それじゃ僕のやるべき事をやらなくちゃね」
マリウスはわざと逃げ道を開け、逃げる兵は追撃しないように命令を下すと、自身はこの戦に決着を付けるべくある一点に向かって突き進んだ。
これはけじめとして自分がやらなくてはならない事だ。
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